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12-0 飛空艇の旅と、再訪の予感

 空中都市ソラリスの港。


 そこには、朝日を浴びて白銀に輝く一隻の飛空艇が浮遊していた。


 流線型の優美な船体は、これまでの旅で目にしてきた無骨な軍用船とは一線を画す、芸術品のような気品を湛えている。


 俺たちはアバターに見送られ、その清浄な空気の満ちた船内へと足を踏み入れた。


 驚いたことに、操縦席に真っ先に座ったのは、一番小柄なエルフィだった。


「エルフィちゃん……操縦は、大丈夫なのか?」


 思わず声をかける。


 ソラリスの高度な魔導制御が必要なこの翼を、あんなに小さな体で操れるのだろうか。


 そんな俺の懸念を察したのか、彼女はふわりと微笑んで振り返った。


「エルフィ、で良いですよ、ルシ兄さま。

 ……はい、大丈夫です。

 私の中に眠るあの子たちが、この飛空艇に刻まれた古い文字を読み解いて、私に教えてくれるんです。

 それに……」


 彼女は計器にそっと触れた。


 その指先から、紺碧の魔力が細い糸のように船体へと溶け込んでいく。


「私もリーフ姉さまと同じ、世界樹の娘になったのですから。

 このことわりで動く翼なら、同じように操ることができますわ」


 その言葉には、かつての儚い実験体としての面影はなく、自身の存在を受け入れた者特有の静かな自信が宿っていた。


 俺は隣に立つリーフに視線を送った。


「……頼むよ、エルフィ。 リーフ、万が一のために補助を頼めるか?」


 俺の言葉に、リーフは苦笑しながら肩をすくめた。


「心配性ね、ルシ。 私たち、世界樹の娘という存在には、太古の神の乗り物から現代の軍用船に至るまで、あらゆる『動かし方の理』が最初から魂に刷り込まれているの。

 だから、エルフィに任せて大丈夫よ。 ね、エルフィ?」


「はい、リーフ姉さま!」


 姉妹のような絆を見せる二人の姿に、俺はようやく肩の力を抜いた。


「そうか、君たちがそこまで言うのなら。

 ……俺は今回も、助手席で三次元地図を広げていればいいかな?」


「お願いします、ルシ兄さま。

 お兄さまが道を指し示してくれれば、私はどこへだって飛んでいけます!」


 力強い宣言と共に、飛空艇の魔導エンジンが重厚な唸りを上げた。


 ソラリスの港から切り離された白銀の翼は、重力を無視して一気に高度を上げ、白い雲海を突き抜けた。


「よし、行こう! 目指すは極北、あの凍てつく山脈だ!」


 眼下には、かつての激戦地が広がっていた。


 オーロ・グランデの巨大な流れを越え、北へと進むにつれて、緑は次第に影を潜め、灰色の大地と険しい岩肌が顔を出し始める。


 俺は助手席で展開した水晶球の地図を見つめながら、思考の海に潜っていた。


(……あの古代神殿。

 前回、シグルドを追って踏み込んだ時は、解析眼で全てを暴いたつもりだった。

 だが、今の俺たちなら分かる。

 あの時感じた、奇妙な『空間の空白』……あれは単なる構造上の隙間ではなく、理によって隠された欠落だったんだ)


 ルシは、三次元地図上の特定の座標を指先でなぞった。


 かつての探索では、物理的なトラップや魔導障壁を解体することで進んできた。


 だが、ソラリスのアバターが言った権限の奥深く――そこには、どれほど優れた解析眼を持ってしても、論理だけでは辿り着けない領域がある。


 ふと視線を転じると、客席の窓際に座るネロが、遠ざかる空をじっと見つめていた。


 彼の表情には、故郷に近い場所へ戻ることへの期待よりも、拭い去れない重い影が落ちている。


「ネロ、大丈夫か?」


「……ああ。ごめんなさい、少し考え事をしていたんだ」


 ネロは無理に作ったような笑みを浮かべたが、その指先は膝の上で固く握りしめられていた。


「僕の……『兵器』としての権限が、あの神殿の扉を開く。

 それはつまり、僕がかつて誰かを殺すために作られた存在であることを、もう一度あの場所で証明することにならないかなって」


 一抹の不安。


 自分が世界を救う鍵になるということは、同時に自分自身の忌まわしい出生を肯定することにも繋がるのではないか。


 ネロの抱える葛藤は、ソラリスで得た救いだけでは、まだ完全には癒えていなかった。


 そんなネロの様子を、操縦桿を握るエルフィがミラー越しにそっと見守っている。


 飛空艇は冷たい北風を切り裂き、白いヴェールを被った北の山脈へと、その舳先を向けた。


 再訪の時は、すぐそこまで迫っている。


 あの凍てつく静寂の奥底で、かつての俺たちが決して見つけることのできなかった心の鍵が、主の訪れを待っているはずだ。


「……まもなく、極北の神殿の上空です。 準備はいいですか、皆さん!」


 エルフィの凛とした声が、船内に響き渡った。

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