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11-8 狙撃の結果とネロの再定義

 すべての準備は整った。


 俺の視界には、約千八百京の術式が火花を散らす演算結果と、仲間たちが繋いだ魔力の奔流、そしてソラリスの意志が示した答えが重なっている。


 俺は、熱を帯びた物理トリガーを、迷いなく指先に力を込めて引き抜いた。


 ――刹那、空中都市ソラリスが激しく震動した。


 船底の主砲から放たれたのは、眩い白銀の魔導弾。


 それはただの破壊の塊ではない。


 空中の歪みを予測し、大河オーロ・グランデの絶縁層による光学的・魔術的屈折を、俺の演算によってあらかじめ逆算して放たれた、精密な光の矢だ。


 魔導弾は天空を切り裂き、絶縁の壁を力業で貫通して、対岸の王国側前線基地へと吸い込まれていく。


 ……数秒の、永遠にも感じられる静寂。


 やがて、遠く地平線の彼方で、音のない閃光が弾けた。


 それは基地全体を吹き飛ばす爆発ではなく、特定の機能だけを麻痺させる、鋭く正確な修正の輝きだった。


 指令室に、再び緊張が走る。


「……リーフ、状況を報告してくれ!」


 俺の声に、リーフが震える手でコンソールを叩いた。


「……加圧ポンプ、完全停止! 魔力の強制吸引、終了したわ!

 砂漠化の進行……止まった! 止まったわよ、ルシ!!」


 その報告を聞いた瞬間、メギストス師父が「ふう……」と深く長い溜息を吐き、椅子の背もたれに深く体を預けた。


 バナード師匠もアイリスも、張り詰めていた糸が切れたように、その場に膝をついたり、コンソールに突っ伏したりして脱力している。


 極限の集中と、世界を砂漠化させるかもしれないという恐怖。


 その重圧から、ようやく解放されたのだ。


 スクリーンに映るソラリスのアバターが、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


『お見事です、旅人たちよ。 ……困難な課題を、貴方たちは成し遂げました。

 爆発的な魔力汚染も、大地の死も、貴方たちの一撃によって未然に防がれました』


「いや……俺たちだけでは無理だった。

 ソラリス、君が力を貸してくれたおかげだ」


 俺が率直な謝辞を述べると、彼女はいたずらっぽく小首を傾げた。


『それを言うなら、貴方が私の扉を開かなければ、私は孤独な影のまま朽ち果てていたでしょう。 堂々巡りになりますから、謙遜はここまで。

 ……それより、貴方たちを世界の守護者として認め、ある物を託したいと思います』


「託すもの?」


 俺の問いに呼応するように、指令室の中央から一本のクリスタル製の円柱がせり上がってきた。


 その先端には、物理的な実体を持たない、純粋な光の術式が結晶化したような破片が浮遊している。


『これは、かつてこの地で捕虜となった王国魔導師が、命を賭して守り抜いたものです。

 彼はこれを――世界樹の再構築の断片。 第一鍵(器の鍵)と呼んでいました』


 アバターの言葉に、俺は息を呑んだ。


『その魔導師の言葉によれば、世界樹の再構築に必要な鍵は、あと二つある、と。 

 ……解析眼を持つ貴方なら、これが何を意味するか、理解できるはずです』


 俺は促されるまま、その光の断片に解析眼を向けた。


 ――視界に流れ込んでくるのは、これまで世界樹ユグドラシルの内部からも読み取れなかった、この世界の根源的な脆弱性の全貌だった。


 衝撃が走る。


 今のままでは、世界樹ユグドラシルはそう遠くない未来、溜まり続けたシステム負荷によって自壊する運命にある。


 それを防ぐには、大陸各地に散らばったこの鍵をすべて集め、世界樹のシステムそのものを根本から再構成リビルドしなければならないのだ。


 俺たちは、ただの旅をしていたのではない。


 気づかぬうちに、世界の終わりを回避するための修復作業へと足を踏み入れていた。


 沈黙の中、ソラリスのアバターは最後にもう一度、ネロの方を向いた。


『……ネロ。 先ほどの魔導師が、貴方の記録の終端に、暗号化して残していた言葉があります』


 ネロが、震える肩を抱えながら顔を上げる。


『――「兵器として壊れるのではなく、愛を知る者として生きろ」……それが、貴方の不具合を仕組んだ設計者の、最期の願いだったようです』


 その言葉が、ネロの心の最深部にあった最後の防波堤を崩した。


「……ああ……っ、あああああ……っ!!」


 ネロの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


 それは、千年の孤独と、自分を呪い続けた役立たずという汚名、そして本当は愛されていたという救いが混じり合った、熱い涙だった。


 エルフィが何も言わず、ネロを力強く、優しく抱きしめた。


 指令室に、少年の激しい嗚咽が響き渡る。


 それは、兵器としてのネロ・シリーズが終わりを告げ、ひとりの少年ネロが産声を上げた瞬間でもあった。


 俺は、光り輝く第一断片を手に取った。


 掌に伝わるかすかな熱は、これから始まる「世界を繋ぎ直す旅」の過酷さと、それを乗り越えるための希望のようだった。

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