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11-6 インフラの決壊と世界の渇き

 中央司令塔のアーカイブから引き出された情報は、戦時下の狂気を孕んでいた。


 かつての王国軍は、対岸の見えない大河オーロ・グランデの魔力の絶縁体という性質に苛立っていた。


 そこで彼らが強行したのが、河の水を強引に魔力へと置換し、世界樹の根へと送り込むための巨大インフラ――『加圧ポンプ』の建造だった。


 俺は、司令塔の窓から広大な水面を見下ろした。


 体の九割が世界樹の端末と化した俺や、世界樹の娘であるリーフ、リーフを模して再構築した自律型魔導式であるエルフィ。


 本来なら、俺たちは世界中のどこにいても世界樹のバックボーンに直結し、無限の演算リソースを享受できる。


 だが、このソラリスに足を踏み入れてから、その繋がりが完全に断たれている。


 オーロ・グランデの絶縁特性が、世界樹の根からの信号を物理的に遮断しているのだ。


 ここは、世界の管理権限すら届かない、完全なる圏外。


 ふと、嫌な予感が脳裏をかすめた。


 俺は先ほど魔導船を借りた、あの王国側の前線基地。


 去り際にシステムを自動出撃モードへ移行させたが、もしあそこに加圧ポンプの制御系が連結されていたとしたら。


「……ソラリスの観測鏡を、前線基地の座標に固定。 投影開始」


 スクリーンの青い光が、俺たちの不安を映し出す。


 映し出されたのは、俺たちが飛び立ったばかりの川辺の景色だった。


 だが、そこにはもはや緑はなかった。


 基地の通気口や排水口から、目に見えない強欲な力が噴き出しているかのように、周囲の土地が白く乾き、砂となって崩れ落ちていた。


「砂漠化……!? まさか、俺が自動稼働に切り替えたせいで……」


 解析眼が、冷酷な答えを弾き出す。


 千年の経年劣化。


 磨耗し、ひび割れた魔法回路。


 本来なら水から魔力を抽出するはずのポンプは、今や最も効率よく魔力を吸い取れる場所――すなわち、周囲の肥沃な大地から直接エネルギーを強奪し、世界樹の根へと叩き込む暴走機械と化していた。


「……不具合だ。 千年前の設計思想そのものが、もはや今の世界の許容量を超えている。 このままでは、東部全域が『死の砂漠』に変わるぞ」


 俺の言葉に、ネロが眉をひそめた。


 彼にとって、あの基地は愛着のある場所などではない。


 自分を兵器として弄び、最終的には役立たずと切り捨て、暗い封印へと追いやった、忌まわしき呪縛の象徴だ。


「……あの場所が、また世界を壊そうとしているんだね」


 ネロの瞳には、冷徹なまでの怒りが宿っていた。


 今の俺たちに残された手段は二つ。


 一つは、魔導船で戻り、物理的なメンテナンス……あるいは強行停止を試みること。


 だが、この距離を戻っていては、砂漠化の波が全てを飲み込むのが先だ。


 そして、もう一つ。


「この空中都市ソラリスに搭載されている主砲――『防衛用魔導砲』で、あの前線基地を座標ごと消滅させる」


「消滅……。 あんな、おぞましい場所、跡形もなく消えてしまえばいい」


 ネロが低く、だが確かな殺意を込めて呟いた。


 彼にとっては、己を縛る過去の残滓を物理的に消し飛ばす絶好の機会ですらある。


 だが、メギストス師父が険しい顔で首を振った。


「待て、ルシよ。 破壊は容易じゃ。

 じゃが、あの基地を破壊すれば、そこにある加圧システムのエネルギーが暴走し、大河の絶縁障壁と干渉して、この地域一帯の魔力バランスが完全に崩壊する危険がある。

 ……それは砂漠化以上の災厄を招きかねん」


 破壊すれば爆発的な魔力汚染が起き、放置すれば世界が干渉され、乾き果てる。


 時間は、あと数分。


「……ええ。 最悪の問題には、力技ではなく、精密な修正が必要だ」


 俺は操作盤に指を叩きつけた。


 世界樹との接続が断たれた圏外で、俺自身の内部魔力だけを燃料に、俺はかつてない規模の術式を編み上げ始める。


「ネロ、エルフィちゃん。 ……そして、みんな。 力を貸してくれ。

 俺たちの手で、あの忌まわしき過去を、今度こそ『正しい形』で終わらせるぞ」


 空中都市ソラリスの主砲が、静かに、だが重々しく、眼下の前線基地へとその照準を合わせ始めた。

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