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11-4 浮遊防衛都市ソラリス

 境界の歪みを突破した古代の魔導船が、黄金の雲海を突き抜ける。


 視界が開けたその先に、それは君臨していた。


 中州という言葉では到底言い表せないほど巨大な、空中に浮く白亜の要塞。


 幾層にも重なるリング状の構造体が、微かな羽音のような駆動音を響かせながら、ゆっくりと反転を繰り返している。


「あれが、空中都市ソラリスか……」


 俺が操作パネルを見つめながら呟くと、後方から覗き込んでいたメギストス師父が眉を上げた。


「ルシよ、何故ゆえにその都市の名を知っておるのじゃ?

 王国の記録にも残っておらぬ失われた名のはずだが」


「……この魔導船の制御パネルに、着陸許可を求める対象として名前が表示されています。 座標もソラリス・メインドックで固定されている」


「ほう、古代の機械に直接尋ねたというわけか。 他に有益な情報は引き出せんのかの?」


「そうですね、広域走査スキャンの結果では……生命反応は『零』。

 完全に無人ですね。

 かつてここにいた人間たちは、逃げ出したのか、あるいは……」


「主なき空の城、というわけか。 皮肉なものよのう。

 これほどの技術を誇りながら、残されたのは機械の唸り声だけとは」


 魔導船は誘導信号に従い、巨大な円形ドックへと滑らかに着陸した。


 ハッチが開くと、千年の時を経てもなお磨き上げられたように輝く、無機質な大理石の床が広がっていた。


 だが、一行が船を降りた瞬間、ドックの四隅に設置された格納庫が音を立てて開き、中から無数の銀色の影が飛び出してきた。


 それは、鳥のような翼と鋭い鉤爪を持つ、自律型の警備人形たちだった。


 彼らの眼球を模したレンズが、侵入者を検知して不気味な真紅に発光する。


 バナード師匠が即座に腰の剣に手をかけ、ネロが全身の魔力を高めて戦闘態勢に入った。


 しかし、その緊張を切り裂いたのはエルフィの声だった。


「待って、戦わないで!」


 エルフィは俺たちの制止を聞かずに、銀色の人形たちの群れへと駆け出していった。


「エルフィ! 戻れ!」


 俺の叫びも届かず、彼女は警備人形の一体の前に立ち止まると、小さな両手を広げ、朗々とした、それでいて聞き慣れない響きの言語で語りかけた。


 それは、かつて隣国で使われていた、歌うような抑揚を持つ古代語。


 エルフィの中に眠る“十二人の集合知”――その一人が、エルフィの唇を借りて都市のシステムに直接語りかけていた。


 一触即発だった空気は、数秒の静寂ののち、霧散した。


 真紅だった人形たちのレンズが穏やかな青へと戻り、彼らは深々と一礼するように翼を畳むと、何事もなかったかのように持ち場へと散っていった。


「ルシ兄さま、もう大丈夫ですよ。 彼ら、ここを守るのがお仕事だっただけみたい」


 とことこと戻ってきたエルフィに、俺は安堵の溜息を吐くと同時に、膝をついて彼女の目線に合わせた。


「エルフィちゃん、無事だったから良かったけど……心臓に悪いよ。

 次からは勝手に行かずに、必ず俺たちの許可を取るか、誰かを同行させてくれ。

 約束だぞ」


「……ルシ兄さま、ごめんなさい。 早く安心させたくて。 次からは気をつけます」


「ああ、分かればいいんだ」


 俺は彼女の小さな頭を優しくなでた。


 その柔らかい髪の感触に、ようやく自分の心拍数も落ち着いてくるのを感じた。


「さて、まずは何処から調べるべきかな。 これだけ広いと迷子になりそうだ」


 俺が広大な回廊を見渡すと、メギストス師父が杖を前方の通路へ向けた。


「それなら、まずは中央司令塔を目指すべきじゃろうな」


「師父……まさか、ここに来たことがあるのですか?」


「いや、初めてじゃ。 じゃが、あそこの看板に『中央司令塔は前方。 立ち入り制限区域につき、認証なき者は排除する』と丁寧にも書いておるからのう」


 俺は思わず唖然とした。


「……もう、隣国の言葉をマスターしたのですか?」


「無論じゃ。 旅の途中で予習しておいたからの。

 年甲斐もなく、未知の知識を前にすると、脳が若返るような心地がして、つい張り切ってしもうたわい」


 ガハハと笑う老魔導師のバイタリティには、脱帽するしかない。


 すると、エルフィが控えめに手を挙げた。


「ルシ兄さま、私も読めますよ。 さっきの警備員さんたちにお願いしたのも私です」


「えっ、エルフィちゃんも?」


「うん。 十二人の中の一人に、この近くの村から連れ去られた子がいて……その子が協力してくれたの。

 だから、この街の言葉も、隠し通路の場所も、少しだけなら分かります」


 俺は自分の不明を恥じ、もう一度彼女の目を見た。


「そうだったのか……。 エルフィちゃんが頑張ってくれたのに、頭ごなしに叱ってごめんね」


「ううん、いいの。 それだけ私のことを心配してくれたんでしょう? 嬉しいよ」


 エルフィの純粋な笑顔に、胸が熱くなる。


 俺は立ち上がり、パーティを再編した。


「よし、頼もしいガイドが二人もいるな。

 ……ネロ、エルフィちゃんの護衛を任せていいか?」


「うん。 ルシ兄さん。 僕にできることなら、何でもするよ」


「頼む。 ……では、メギストス師父とエルフィちゃん、ネロが先頭を。

 俺とリーフがその後を固めて、周囲の魔力変動を監視する。

 バナード師匠とアイリスは、背後を。

 しんがりをお願いします」


「うむ、任せておくがいい」


「ええ、後ろの方はネズミ一匹通しませんわ!」


 二人の頼もしい返事を確認し、俺たちは空に浮かぶ静寂の都市、その心臓部を目指して歩み始めた。


 石造りの床を叩く俺たちの足音だけが、永遠に続くかのような長い回廊に響き渡っていた。

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