11-3 境界の先へ、残された地図
大河オーロ・グランデの中央付近に達しようとした、その時だった。
穏やかだった空気が一変し、前方の空間がまるで磨りガラスを叩き割ったかのように歪んだ。
現実世界から完全に隔離された、物理法則すら曖昧な空白地帯が出現したのだ。
視界はたちまち灰色に染まり、暴風と荒れ狂う魔力の乱気流が古代の魔導船を翻弄する。
「くっ……! 舵が、吸い取られるみたいに重い……っ!」
リーフが必死に操縦桿を握り直し、船体を水平に維持しようと奮闘する。
ギシギシと悲鳴を上げる船体に、バナード師匠とアイリスはますます顔を青くし、座席にしがみついて言葉を失っていた。
ネロはといえば、隣でエルフィが絶え間なくその背をなで続けていたおかげか、かつての恐怖から脱し、戦士の目つきを取り戻しつつあった。
だが、安堵する暇は与えられない。
「……ルシ兄さん、来るよ!」
ネロの鋭い警告と同時に、魔導スクリーンの端に無数の輝点が浮かび上がった。
この嵐の中でも自在に空を舞う、翼を持った数十匹の魔獣。
この境界を守るために配置されたのか、あるいは迷い込んで変異したのか、彼らは獲物を見つけた飢えた獣のようにこちらへと殺到してきた。
「総員、座席横のハッチを開けろ! 備え付けられた銃座につくんだ!」
俺の指示を受け、五人がそれぞれ船内の銃座へと飛び込む。
俺も助手席のパネルを叩き、目の前に出現した前方攻撃用のトリガーを握り締めた。
右舷にはバナード師匠とアイリス。
左舷にはネロとエルフィ。
そして後方の守備はメギストス師父が受け持つ。
「ぬんッ!」
バナード師匠は持ち前の野性の勘で、機銃の照準を合わせた。
引き金を引くたびに、圧縮された魔力の弾丸が空を切り、魔獣を粉砕していく。
「来るな、来るな、もう来るんじゃありませんわよ……っ!」
一方でアイリスは、半ばパニックになりながらトリガーを連射していたが、皮肉にもその数打てば当たる乱射が、接近を許さない弾幕となって右舷を守り抜いている。
後方のメギストス師父は、戦いの中でさえ学究心を忘れていなかった。
「なるほど、トリガーの押し込みに反応して術式を展開、魔弾として射出する仕組みか!
実に合理的、かつ洗練された魔導回路じゃ!」
感嘆の声を上げながら、背後から迫る魔獣を冷静沈着な狙撃で次々と仕留めていく。
左舷のネロとエルフィの連携は、もはや一つの生命体のようだった。
エルフィが魔力の流れを読み取って進路を指示し、ネロが寸分違わぬ精度で撃ち落とす。
二人の間には、同じシリーズとしての共鳴があるのだろう。
だが、倒しても倒しても、霧の向こうから新たな魔獣が湧き出してくる。
俺は手元の操作パネルに表示される魔力反応を解析した。
この空白地帯において、魔力源は俺たちの乗る魔導船と、魔獣の個体反応しかない。
(……分かった。
こいつら、魔導船が発する熱量の高い魔力に寄ってきているんだ。
この嵐の中では、船そのものが輝く標的になっている)
このままではジリ貧だ。
機銃の魔力残量にも限りがある。
「リーフ、少しの間だけ船体を固定してくれ。 強引に『道』を作る!」
「わかったわ、お願い!」
俺は解析眼の出力を最大まで上げ、この空白地帯を定義している世界の境界線の術式構造を視界に展開した。
約千八百京もの術式を並列稼働させ、境界のわずかな綻び――仕様上の空白を見つけ出す。
「理、上書き(オーバーライド)……! 物理障壁、座標反転!」
俺が虚空に指を走らせると、魔導船の正面に眩い光の亀裂が走った。
強固に閉ざされていた世界の壁が、俺の介入によって無理やりこじ開けられていく。
咆哮する乱気流を突き抜け、俺たちは光の裂け目へと飛び込んだ。
――次の瞬間、視界を覆っていた不気味な灰色が嘘のように晴れた。
境界線を突き抜けた先、そこには黄金色の夕日に照らされた青の世界が広がっていた。
そして眼下には、大河の中央に鎮座する、直径数キロメートルにも及ぶ巨大な中州。
いや、それは大地ですらなかった。
吸い取った魔力を噴射し、重力をあざ笑うかのように天空へと鎮座する、壮麗かつ威圧的な空中浮遊都市――古代隣国の防衛要塞ソラリスが、その全貌を俺たちの前に現したのだ。
俺はすぐさま境界の裂け目を閉じ、しつこく追いすがってきていた数匹の魔獣を、皆が機銃の一掃で完全に殲滅した。
静寂が戻った船内で、全員が窓の外に広がる光景に息を呑んだ。
手元の水晶球が、激しく光り輝く。立体地図上の目的地と、眼前に浮かぶ都市の座標が完全に一致した。
「……目的地は、もう目前だ」
俺の言葉に、ネロが拳を固く握り締める。
そこは、彼がかつて墜落し、心を殺された場所。
今度は木偶の棒としてではなく、この世界の不具合を直す管理者の一員として。
――俺たちはその扉へと挑むのだった。
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