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11-1 沈黙の大河、オーロ・グランデ

 数日の旅の末、俺たちの目の前に現れたのは、もはや川と呼ぶにはあまりに広大すぎる水の壁――大河オーロ・グランデだった。


 対岸は霞の彼方に消え、水平線すら錯覚させるその水面は、鏡のように静まり返っている。


 驚くべきは、これほどの水量がありながら、魚の跳ねる音も、鳥の羽ばたきすらも聞こえないことだ。


 そこには生命の脈動が一切存在しない、不気味なほどの沈黙が支配していた。


 俺は解析眼を起動し、その広大な水面を視界に収める。


「……なるほど、これは酷いな」


 視界に映し出されたのは、自然界ではあり得ない魔力の空白だった。


 オーロ・グランデそのものが巨大な『魔力の絶縁体』として機能している。


 水分子の一つひとつに、魔導の伝達を徹底的に阻害する特殊な術式が染み付いているのだ。


 通常の魔導船であれば、水面に触れた瞬間に動力源である魔石との接続を断たれ、ただの鉄の塊と化して沈むだろう。


 かつての隣国は、この大河を天然の、いや人造の要塞として作り変えることで、物理的・魔法的な往来を完全に遮断していたのだ。


 手元の水晶球に映し出された立体地図は、無慈悲にもこの絶縁の海の先を示して点滅している。


「さて、困ったな。 ここから先は、既存の魔導船は一切使い物にならない」


 俺の言葉に、仲間たちの顔に緊張が走る。


「最も、たとえ絶縁体(水面)を克服したとしても、その先に待つ空中都市に魔導力をごっそり持っていかれるのが関の山だ。 進むどころか、こちらが燃料にされる。

 ……かといって、浮遊魔法レビテーションで行こうなんて考えない方がいい。

 対岸に辿り着く前に魔力が枯渇して、墜落するのがオチだ」


 リーフが、広大な川面を絶望的な表情で見つめる。


「……つまり、打つ手なしってこと?」


「いや、周辺を捜索してみよう。

 いくら高度な浮遊都市とは言え、その巨大なインフラを維持するには限界があるはずだ。

 エネルギーの供給、物資の搬入、あるいは視察。

 何らかの『専用の往来方法』が、この川辺のどこかに残されているはずだ」


 俺の推測に、メギストス師父が「ふむ、理に適っておる」と深く頷いた。


 師父もまた、この異常な空間を前に、古代魔導師たちの執念を感じ取っているようだった。


 一方で、ネロは落ち着かない様子で、周囲の風景を何度も見回していた。


 その視線は何かを探すというより、記憶の断片を繋ぎ合わせようとしているように見える。


 エルフィがそっと彼の服の袖を引いた。


「……どうしたの、ネロ?」


「いや……思い出していたんだ。 エルフィ。

 古代の大戦時、敵も味方も、今の僕たちが使っているような船には乗っていなかった。

 もっと違う……空飛ぶ船のようなものに乗って、あの浮かぶ街へ向かっていたはずなんだ」


「それが、今も残っている可能性があると?」


 俺の問いに、ネロは確信を込めて頷いた。


「うん。 当時、王国軍もあの都市を攻略するために拠点を築いていたはずなんだ。

 発着場のような、頑丈な建物の跡がどこかにあるはずだよ」


「よし、手分けして探そう」


 俺は、先ほど展開した精霊魔法による多重障壁の出力を上げた。


「俺を中心に、半径五百メートルまで障壁の範囲を広げた。

 この中なら魔力を吸い取られる心配はないが、それ以上離れると保証できない。

 各自、離れすぎないように注意して捜索してくれ」


 ◆


 それから一時間後。


 雑草と泥に埋もれた岩場をアイリスが発見し、その奥に隠されていた巨大な石造りの入り口を見つけ出した。


「……これ、遺跡じゃありませんこと。 軍の施設のよう」


 ネロが、風化したエンブレムを指でなぞる。


「この遺跡は王国側のものだね。 敵の要塞都市を落とすために作られた前線基地だ。

 隣国の施設だったら僕の権限では入れないけど……ここなら、もし内部の回路が生きているなら、使えるかもしれない」


 俺は、古びた扉の横にある、魔力を感知するためのパネルを見つめた。


「ネロ、頼めるか?」


「うん。 ……確か、ここだったはずだ」


 ネロは迷いのない足取りで、平べったい板状の操作盤に己の右手を押し当てた。


 数秒の沈黙の後、遺跡の内部から重低音が響き渡る。


『個体識別……照合完了。 生体ID、ネロ。 ……第一級戦術兵器と判断。

 ゲートのロックを開錠します。 お帰りなさい、兵士諸君』


 埃を巻き上げながら、巨大な石門が左右に分かれていく。


 扉の奥から漏れてきたのは、千年以上も閉じ込められていた、冷たく、鉄の匂いが混じった古い空気だった。


 俺たちは、未だ自身の存在を兵器として認識している遺跡の音声に複雑な表情を浮かべながら、ネロを先頭にして、暗い闇の奥へと足を踏み入れていった。

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