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重心の社  作者: 十五夜
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第三章:埋字の百年

翌日、佐藤は五條市内の古い図書館にいた。狭霧町の住民たちが向ける「過剰な親切」から逃れ、客観的な記録の中に答えを求めたのだ。


埃っぽい郷土資料室の片隅で、彼は一冊の退色した報告書を見つけ出す。

タイトルは『大和における自治体の変遷と土着信仰』。そこには、100年前に地図から消えた「旧・神隠村」に関する、断片的な記述があった。


「……明治末期、ダム計画による集団移転を拒んだ村。その後、疫病と飢饉が重なり、記録上は全戸離散――か」


だが、佐藤の目を引いたのは、その後に続く一文だった。

『彼らは土地を捨てることを拒み、戸籍を抹消することで、国家の管理を逃れる「見えない村」として存続を選択したとの噂あり』


戸籍を消してまで、この地に留まろうとした執念。

それは現在の「狭霧町」の異様なまでの結束力と、地続きになっているように思えた。


「刑事さん、そんな古い紙屑に何が書いてあるんです?」


聞き覚えのある声に、佐藤の背筋に冷たいものが走った。

振り返ると、受付のカウンターに摩季が立っていた。なぜ彼女がここにいるのか。図書館の職員さえ気づかぬうちに、彼女は背後に立っていた。


「摩季さん。……仕事はどうしたんですか」


「今日は非番です。買い出しのついでに、刑事さんが熱心にお調べものをしていると伺ったので。差し入れをと思いまして」


彼女はそう言って、地元の和菓子店の手提げ袋を机に置いた。

佐藤が読んでいた資料を一瞥し、彼女はわずかに目を細める。


「100年前、私たちは一度『死んだ』ことになっているんです。でも、死んだからこそ、私たちは誰にも邪魔されずに、この土地を愛し続けることができた。刑事さんは、愛のために何かを捨てたことはありますか?」


「……俺の仕事は、過去の物語を掘り返すことじゃない。今、生きている少年を救い出すことだ」


「生かされている、という言葉もあります」


摩季は静かに、しかし断固とした口調で言った。

「あの子は、この町にとっての『希望』なんです。私たちが100年守ってきた沈黙を、次の100年に繋ぐための。……刑事さん、あなたは正義感が強すぎる。それは時に、残酷なことですよ」


彼女はそれだけ言い残すと、足音もなく去っていった。

佐藤が手元に視線を戻すと、開いていた報告書の余白に、見覚えのない小さな「点」が打たれていることに気づく。


それは、指先で突いたような、小さな、しかし深い窪み。

地図上の位置を照らし合わせると、そこは三角形の最後の一辺――まだ何も見つかっていない、北の険しい山中を指し示していた。


佐藤は震える手で資料を閉じた。

摩季は教えてくれたのではない。いざなっているのだ。

最後の一辺が閉じ、完璧な三角形が完成する場所へ。


その夜、佐藤の携帯に捜索本部から連絡が入った。

『佐藤刑事、至急戻ってくれ。北の「双子滝」付近で……少年のものと思われる「上履き」が発見された。これで、三つ目だ』


受話器の向こう側の同僚の声は、震えていた。

それが悲しみによる震えなのか、あるいは、完成を間近に控えた歓喜によるものなのか、佐藤には判別がつかなかった。

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