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重心の社  作者: 十五夜
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第二章:親切な包囲網

「佐藤さん、顔色が良くないですよ。お昼、まだでしょう?」


捜索本部が置かれた町役場の支所に帰ると、昨夜の摩季と同じように、婦人会の女性たちが湯気の立つおにぎりと漬物の皿を運んできた。

彼女たちの動きは、まるで訓練された軍隊のように無駄がない。佐藤が座るタイミング、喉が渇くタイミングを予見しているかのように、絶妙な間隔で茶が差し出される。


「……ありがとうございます。皆さんこそ、交代で休んでください。もう一週間ですよ」


佐藤がそう言うと、女性の一人が、慈愛に満ちた笑みを浮かべて首を振った。


「いいえぇ。あの子が見つかるまでは、私たちはこの町の一部として動くだけですから。お気になさらず」


町の一部。

その言葉が、佐藤の耳に刺さった。普通なら「町のため」と言うはずだ。


佐藤は箸を置き、署から持参した古い地籍図を広げた。

そこには、現在の「狭霧町」の境界線とは異なる、100年前の「村」の境界がうっすらと残っている。

現在の地図で三角形の頂点となっている「小学校」「靴の発見現場」「リュックの発見現場」。その三点を結ぶ線は、驚くべきことに、100年前に廃村となった当時の村界むらざかいと、ほぼ完璧に一致していた。


「……刑事さん、何を見ておられるの?」


背後から覗き込んできたのは、捜索を手伝っている地元の古老、辰三だった。

彼は佐藤の広げた古い図面を見ると、懐かしむように目を細めた。


「ああ、それは古い呼び名で『結いゆいすじ』と呼ばれていた境界ですな。この土地では、山と里を分ける線は神様の指先だと教わります」


「神様の指先……。辰三さん、この三角形の中心にある御霊神社のことですが、あそこでは何か特別な行事が行われていたんですか?」


佐藤が探るように尋ねると、辰三の顔からふっと表情が消えた。

いや、消えたのではない。まるで「用意されていた仮面」を付け替えたかのような、極めて平坦な顔になったのだ。


「行事、ですか。いえ、ただの氏神様ですよ。……ただ、あそこは『上がる』場所だとは聞いておりますが」


「上がる?」


「山に消えたものが、天へ。あるいは、ただの石が、神様に。……刑事さん、あまり古いことに関わらん方がよろしい。今はあの子を見つけるのが先決でしょう?」


辰三はそう言うと、佐藤の肩をポンと叩いた。その手の平は驚くほど冷たく、まるで血が通っていない石のようだった。


夕刻。

捜索隊が山から下りてくる。

どの顔も疲弊しているはずなのに、彼らの瞳には不思議な輝きがあった。それは、愛する者を探す者の悲痛な眼差しではなく、何か大切な「儀式」を一段ずつ、確実にこなしている者だけが持つ、静かな達成感。


佐藤は、自分がこの町に歓迎されているようでいて、実は一歩も中に入れてもらえていないことに気づく。

「親切」という名の、透明で強固な壁。


ふと窓の外を見ると、支所の門の前に摩季が立っていた。

彼女は、夕闇に沈む山並みを見上げ、何かを待つように佇んでいる。

その視線の先にあるのは、三点目の遺留品が見つかるはずの、まだ「空白」の地点だった。


「……あと、一つだ」


佐藤は無意識にそう呟いていた。

三角形の最後の一辺が閉じるとき、この「親切な町」の仮面が剥がれ落ちる予感がして、彼は拳を強く握りしめた。

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