第一章:空白の重心
御霊神社への参道は、地図上では点線ですらない、獣道のような細い石段だった。
立ち込める霧が音を吸い込み、佐藤が吐く息の白さだけが、自分の生存を証明しているかのように感じられる。
ようやく辿り着いた境内は、奇妙なほどに整っていた。
築100年は下らないであろう社殿は、風雨に晒されながらも、その木肌は鈍い光を放っている。誰かが毎日、気の遠くなるような時間をかけて磨き上げているかのようだ。
「……ここが、中心か」
佐藤はポケットからタブレットを取り出し、GPSの座標を確認した。
小学校、山道で見つかった靴、そして崖に引っかかっていたリュック。その三点を結んだとき、図形が示す重心はこの拝殿の真下に位置する。
ふと、拝殿の脇に置かれた一脚の古い椅子が目に留まった。
そこには、使い古された「水筒」が置かれている。少年のものだろうか。佐藤が手を伸ばそうとしたとき、背後から柔らかな声が投げかけられた。
「神様がお休みになっていますから、あまり音を立てないでいただけますか」
心臓が跳ねた。
振り返ると、そこには摩季がいた。
町役場の作業着ではなく、落ち着いた紺色の着物の上に羽織をかけ、手には一輪の白い花を携えている。
「摩季さん……。どうしてここに?」
「お掃除に。ここは寂しい場所ですから、放っておくとすぐに山に飲み込まれてしまうんです」
彼女は佐藤の横を通り過ぎると、慣れた手つきで水筒を脇へ避け、持ってきた花を供えた。その動作には一分の無駄もなく、まるで行儀作法の模範を見せられているような、非の打ち所のない美しさがあった。
「刑事さん。あなたは、この町をどう思われますか?」
「……。皆、驚くほど協力的で、親切だ。あの子を本気で探している」
「ええ。私たちは、この町を愛しています。100年前に一度、地図から消えかけた場所ですから。皆、守りたいのですよ。この平穏を、この形を」
彼女の言う「形」という言葉に、佐藤の指先がわずかに震えた。
「摩季さん。三つの遺留品が、この神社を囲むように見つかったのは……ただの偶然だと思いますか」
問いかける佐藤を、摩季はじっと見つめた。
その瞳は、怒りも、驚きも、あるいは焦りも映し出していない。ただ、底の見えない深い淵のように、佐藤の視線を飲み込んでいく。
「大和の土地はね、線でできているんですよ。……刑事さん、あなたはまだ、外から来た『点』に過ぎない。けれど、いつか気づくはずです。私たちが何を繋ごうとしているのかを」
彼女はそれ以上何も語らず、ただ静かに微笑んで一礼した。
その足元、彼女が立っていた場所のすぐそば。
枯葉に半分埋もれるようにして、古びた真鍮の鋲が地面に打ち込まれているのを、佐藤は見逃さなかった。
霧が、より一層深くなっていく。
彼女が立ち去ったあとの境内には、ただ冷たい静寂だけが残り、佐藤は自分が巨大なクモの巣の中央に、一人で立たされているような錯覚に陥った。




