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第2話 バズの代償と、名もなき違和感


 朝、目が覚めた瞬間から嫌な予感はしていた。


 理由は簡単だ。端末が震え続けている。


「……何だこれ」


 通知が止まらない。未読の数が桁違いに増えている。画面を開いた瞬間、視界が情報で埋まった。


 見慣れないアカウントからのメッセージ。知らない名前のフォロー。タグ付きの投稿。


 そして、例の動画。


 昨夜、深層で遭遇した配信。その切り抜きが、あちこちで拡散されている。


 タイトルは様々だが、共通しているのは一つ。


 帰還勇者じゃないのに強すぎる男。


「……最悪だ」


 口ではそう言うが、完全に否定しきれない感情が胸の奥に残る。


 動画を再生する。


 自分の動きが、第三者の視点で流れる。無駄のない動き。躊躇のない判断。客観的に見ても、異質だ。


(……やっぱり、変だよな)


 コメント欄が高速で流れる。


 正体は何だ。新種か。隠し勇者か。嘘だろ。いや本物だ。


 否定と肯定が入り混じる中で、ひとつだけ引っかかる言葉があった。


 勇者級。


「級、か」


 その曖昧さが妙に現実的で、逆に刺さる。


(帰還勇者じゃない。でも、同等かそれ以上)


 中途半端な立ち位置。


 それが一番、面倒だ。


 端末を伏せる。


「……行くか」


 考えても答えは出ない。体を動かした方が早い。


 ギルドの扉を開けた瞬間、空気が変わった。


 視線。


 昨日までとは明らかに質が違う。


 好奇、警戒、評価。


 全部が混ざっている。


「来たぞ」「あいつだ」「例の」


 囁きは隠す気がない。


 受付へ向かう足取りを止めることなく、その中を抜ける。


「おはようございます」


 七瀬あずみの声は、いつも通りだった。


 だが、その目の奥にほんの少しだけ違う色がある。


「随分と騒がしいですね」


「自覚はある」


「でしょうね。昨夜の配信、見ましたよ」


「……やっぱりか」


 苦笑が漏れる。


 あずみは端末を軽く叩き、画面をこちらに向けた。


 再生数が、あり得ない数字を叩き出している。


「ギルドとしても無視できません。というか、できると思います?」


「無理だな」


「無理ですね」


 即答だった。


 少しだけ、空気が緩む。


「それで」


 あずみが少し声を落とす。


「帰還勇者、なんですか?」


 真正面からの問い。


 逃げ場はない。


「違う」


 短く答える。


 自分でも驚くくらい、迷いはなかった。


「……そうですか」


 あずみは頷いた。


 責めるでも、疑うでもなく、ただ受け止める。


「じゃあ、何ですか?」


「分からない」


 それも、本音だった。


 沈黙。


 数秒の間が流れる。


 その間に、周囲の視線がさらに集まる。


「分かりました」


 あずみは軽く息を吐いた。


「じゃあ、とりあえず今まで通りでいきましょう」


「いいのか?」


「現状、危険行動をしているわけではありませんし、実力は証明されてます」


 一拍置いて、少しだけ笑う。


「ただし、“帰還勇者”って名乗るのは、そろそろやめた方がいいかもしれませんね」


「……善処する」


 完全にやめるとは言わない。


 そのあたりが、自分でも面倒だと思う。


 受付を離れる。


 背中に刺さる視線が、さっきより重い。


「おい」


 低い声がかかった。


 振り向くと、長身の男が立っている。


 鋭い目つき。だが、どこか柔らかさもある。


「面白ぇことやってるな」


「……誰だ?」


「東郷陸翔。Sランクだ」


「ああ」


 名前は聞いたことがある。


「動画、見た。あれは確かに強い」


 あっさりと認める。


 その上で、口角を上げる。


「だがな、“帰還勇者じゃない”ってのがいい」


「いい?」


「肩書きに頼ってないってことだろ」


 少しだけ、意外な言葉だった。


「で、どうだ」


 東郷が一歩近づく。


「一回、組んでみるか?」


 周囲がざわつく。


 Sランクからの誘い。


 普通なら、迷う理由はない。


 だが。


「今はいい」


「ほう?」


「一人で確認したいことがある」


 本音だった。


 今の自分がどこまで行けるのか。


 それを測りたい。


 東郷は数秒こちらを見て、ふっと笑った。


「いいね。そういうの、嫌いじゃねぇ」


 肩をすくめる。


「気が向いたら声かけろ」


「分かった」


 あっさりと去っていく。


 その背中を見送りながら、少しだけ息を吐く。


(やりにくいな)


 評価されるのは、悪くない。


 だが、それに伴う期待と視線は、確実に重い。


 ギルドを出る。


 外の空気は、少しだけ軽い。


 だが、頭の中は逆に重くなる。


(俺は何なんだ)


 昨日も思った問いが、また浮かぶ。


 帰還勇者ではない。


 それは確定した。


 じゃあ、それ以外の何かか。


(……分からない)


 答えは出ない。


 ただ一つ、確かなのは。


 あの“感覚”は、本物だということ。


 そして、それがどこから来ているのか。


 まだ、はっきりしていないということ。


 足を止める。


 空を見上げる。


 青い。普通の空だ。


 なのに。


 一瞬だけ、重なる。


 燃える空。崩れる光。叫び。


 知らないはずの光景。


「……なんだ、今の」


 額に手を当てる。


 鼓動が少しだけ速い。


 消えかけた記憶の断片が、引っかかる。


(俺は……どこで、何を見た)


 問いは、深くなるばかりだ。


 そのとき、端末が震えた。


 新しい通知。


 差出人の名前を見て、眉をひそめる。


 松浦かな。


 メッセージは短い。


 今、話せますか? すごいことが分かりました


「……また面倒なことか」


 ため息が漏れる。


 だが、無視はできない。


 あの配信の中心にいたのは、間違いなく自分だ。


「……いいだろ」


 端末を操作する。


 通話ボタンを押す直前、もう一度だけ空を見る。


 さっきの光景は、もうない。


 ただの青空。


 なのに、胸の奥に残る違和感だけが、消えなかった。


(何かが、ズレてる)


 小さな違和感。


 だが、それは確実に。


 これから大きくなる予感がした。




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