第3話 記憶の底で、誰かが呼ぶ
通話ボタンを押すと、ほとんど間を置かずに繋がった。
『出ましたね! よかった、無視されるかと思いました!』
松浦かなの声は、画面越しでも分かるくらいに弾んでいた。
「無視する理由はない。ただ、面倒な話なら切る」
『ひどい! でもまあ、半分くらいは面倒です!』
「半分で済むならいい方だな」
軽口を返しながら、足を動かす。ギルド前に立ち尽くしているのも目立つ。少し離れた通りに出る。
『昨日の件なんですけど、データ照合しました』
「該当なし、だろ」
『それだけじゃないんです』
声のトーンが、少しだけ落ちる。
『深層に単独侵入できる人間のログ、過去五年分。全部洗いました』
「ご苦労なことだ」
『普通なら無理ですから。で、結果なんですけど……帰還勇者二人以外、例外はゼロでした』
予想通りだ。
だが、かなは続ける。
『でも、あなたは入って、出てきた』
「それがどうした」
『どうした、じゃないです。異常です』
断言。
少しだけ、胸の奥がざわつく。
「異常かどうかは、まだ分からないだろ」
『分かりますよ。少なくとも、今の常識には収まってない』
言葉に力がある。
昨日の軽さとは違う。配信者としての顔じゃない、別の一面。
「で、“すごいこと”ってのはそれか?」
『それもですけど、もう一つ』
わずかな間。
『戦闘データ、フレーム単位で見ました』
「……は?」
『配信って遅延あるじゃないですか。でも録画は別なんで。で、あなたの動き、全部追ったんです』
嫌な予感がする。
『結論から言うと、あなた、“見てから動いてない”ですよね』
足が止まった。
「……どういう意味だ」
『普通、人って敵の動きを見てから反応しますよね。でもあなた、違うんです』
かなの声が、少しだけ低くなる。
『攻撃が来る“前”に、もう回避行動に入ってる。しかも全部、最適解』
沈黙。
図星だった。
『予測とか反射とか、そういうレベルじゃない。もっと……根本的に違う何か』
「……」
『これ、説明つきます?』
答えられるはずがない。
だから、いつも誤魔化してきた。
でも。
「……分からない」
自然と口から出たのは、それだった。
通話の向こうで、かなが息を吸う音がした。
『ですよね』
否定も驚きもない。
ただ、納得したような声音。
『じゃあ、一つ仮説いいですか』
「聞くだけならな」
『あなた、“経験してる”んじゃないですか?』
「経験?」
『初めてじゃない動きなんですよ。あれ』
言葉が、妙に重い。
『まるで、何回も同じ戦いを繰り返してきたみたいな』
その瞬間。
視界が揺れた。
石の通路が、燃える街に重なる。
剣を振る腕が、別の誰かのものになる。
血の匂い。熱。叫び。
「……っ」
『ちょっと、大丈夫ですか!?』
かなの声が遠い。
耳鳴りがする。
(違う。これは、俺の記憶じゃない)
なのに、知っている。
動きも、感覚も、全部。
地面に手をつく。
呼吸が乱れる。
「……はぁ、はぁ……」
『無理しないでください! 一回切りますか!?』
「いや……いい」
無理やり息を整える。
視界が、現実に戻る。
通り。人の気配。青空。
さっきまでの光景は、もうない。
「……今のは、何だ」
自分でも分からない問いが漏れる。
『やっぱり、何かありますね』
かなの声は、どこか確信に近い。
『あの、直接会って話しません?』
「会う?」
『通話だと限界あります。あと、見たいものもあるんで』
「見たいもの?」
『あなたの動き。近くで』
少しだけ、間。
断る理由はある。面倒だ。
だが。
(逃げても、変わらない)
むしろ、確かめるべきだ。
「……分かった」
『本当ですか!?』
「ただし、人の少ない場所だ」
『了解です! 場所送ります!』
すぐに通知が飛んでくる。
指定されたのは、ダンジョン近くの小規模な訓練区画。
「ここならいい」
『じゃあ、一時間後で!』
通話が切れる。
静寂。
さっきの感覚が、まだ残っている。
手を見る。
震えは、もうない。
だが。
(俺は……本当に、初めて戦ってるのか?)
疑問が、形を変える。
これまでは「何者か」だった。
今は違う。
(俺は、何を“覚えている”?)
記憶の底に、何かがある。
それが、少しずつ浮かび上がっている。
ダンジョンへ向かう足が、自然と速くなる。
確かめたい。
あの感覚の正体を。
自分自身の正体を。
答えは、きっと――
あの中にある。




