第八話 真実はあざなえる嘘の如し
凌雲山の修仙者の一人がゆっくりと門の高さまで降りてきて、掛けてある占いの看板を佩剣の鞘の鐺でコツコツと叩きます。
「瑤彩宮金丹道士? 修行から尻尾を巻いて逃げ出した下山道士風情が、ずいぶんと大きくでたじゃないか」
その修仙者、顔立ちは整っていますが、顔に大きく「驕り」と書かれたような表情を見せています。
「己の非才を噛みしめて下山したのは事実だ。しかし、書いてあるのは事実でしかないぞ」
趙旭様は挑発に乗ることもなく、淡々と落ち着いた様子で返します。
「戯けたことを言うな! 恐れ多くも瑤彩宮は我ら凌雲山の祖庭であるぞ!」
「瑤彩宮の太上祖師様は、何百年も前から直弟子などとってはおらぬ!」
そんな趙旭様の様子を、馬鹿にされたと受け止めたのか、別の修仙者が怒りを顕わに声を荒げます。
「衆生を謀るために有名な名前を出したのだろうが、もっとマシな嘘を考えるべきだったな! 勉強不足の下山道士風情が」
看板を侮辱してきた修仙者は怒りよりも嘲りを見せ、扁額に近づきます。
「偽りに塗れた扁額は、この趙謖様が打ち砕いてやろう!」
趙謖と名乗った修仙者は鞘の鐺を扁額に打ちつけました。
カラン
乾いた音が鳴って地面に鞘が落ちました。
「うっ……な、なんだ!?」
扁額も占いの看板も、趙旭様が修仙時代に手に入れた霊木が材です。
趙謖は扁額を打ち砕くどころか、打ちつけた手のほうを痺れさせて、鞘を取り落とす始末でした。
趙旭様と同姓なのが紛らわしいので、謖と呼び捨ててやりましょう。
「どうした? 桃剣観の扁額を打ち壊すのではなかったのか?」
趙旭様は鞘を蹴り上げて手にとると、謖に投げ返します。
謖は急に投げ返された鞘を不格好に受け取り、顔を真っ赤にしながら怒鳴ります。
「ええい、おおかた下山する時の餞別によい材をもらったのだろう! いずれにせよ、妖魔退治は我ら修仙士が修行を積むための大切な機会だ! それを賤しい金儲けで邪魔しようと不届き千万である!」
「ふむ。妖魔退治が修行となるのは確かにそうだな。……美桜よ、妖魔退治がなくても桃剣観は立ち行くだろうか?」
「えっ!?」
いつ襲いかかられてもいいようにと身構えていた私は、急に話を振られて呆気にとられてしまいます。
「ええと……売り上げの主体は占いに依っていますから、妖魔退治がなくても立ち行かないということはないはずです」
「そうか。では、こうしよう。桃剣観にきた依頼は凌雲山に便りを送るので、おぬしらで対処するがよい」
「……なんだと?」
「私たちはおぬしらでは手に余るような妖魔退治だけを引き受けることにしよう」
「なっ?! き、貴様……貴様……ぁ……」
趙旭様っ!? それ、わかりやすく喧嘩売っていますか?!
謖が怒りでこめかみに血管を浮き立たせて、言葉もでないといった様子で口をパクパクさせています。
「痛い目を見せてやる! 皆、こやつらを懲らしめるぞ!」
「おうっ!」
怒り狂った修仙者たちが一斉に降りてきます!
「美桜よ、修行だ。築基の五人くらいは一人で捌いてみよ」
「煽ったのは師父ですよね!?」
私は斬りかかってくる修仙者の刃を潜りぬけ、剣を持つ腕を掴み、足を払って転倒させます。
足を払った勢いで、そのまま後ろ回し蹴り! 背後から振り下ろされる剣の平を蹴り飛ばします。
「こいつ、手強いぞ」
「下山道士の弟子風情のくせして!」
「修仙士のなり損ないめ!」
私を取り囲む修仙者たちは剣を油断なく構えなおしました。
私も拳法の構えでそれに対峙します。
「かかってきなさい」
そこからはお互いに決定打をだせないまま、武術の応酬が続きます。
相手は五人がかりでも私を捉えることはできませんし、私は私で相手に怪我をさせずに無力化するには実力差が足りていません。
「いい加減に諦めたらどうですか? 五人がかりで私を捉えられていませんよ」
「うるさい! 小娘に舐められたまま終われるか!」
「まったくもう!」
派手に動き回らせて、相手を消耗させようともしていますが、さすがは築基でも修仙者、呼吸を簡単には乱しません。
「美桜、二人を引き取るから、さっさと決着をつけろ」
「師父っ?」
趙旭様の声が響くと、五人のうち二人の気配が消え去ります。
「このぉっ!」
斬りかかってくる三人に意識を向けます。
左右から一人ずつ、その後ろに一人。
左からの斬撃をいなして、その刃で右からの斬撃を防ぐ。
攻撃をいなされて体勢を崩した修仙者の無防備な首筋に一撃をいれて昏倒させる。
「ひとつっ!」
倒れゆく修仙者の影から後方の一人に向けて駆ける。
私を見失った相手の懐にすばやく飛び込み、掌底で鳩尾を打ち抜く。
「ふたつっ!」
意識を失い、私にむかって倒れてくる身体を受け止め、そのまま反対方向へ放り投げる。
右から迫ってきていた相手が振り向いて私に向かってきますが、投げ飛ばされた仲間の身体が刃を引かせる。
私は跳躍、二人の頭上を飛び越えて、着地際に足を払って転倒させる。
「みっつ! もう、動かないでください」
「うぐぐ……」
転倒させた修仙者の首に足を置き、制圧を完了します。
終わってみれば、趙旭様が七人を昏倒させていました。
一番実力がありそうだった謖もひっくり返っていました。
「しかし、よい提案をしたつもりであったのだが、何をあのように憤っていたのだろうな」
皆、気を失っているだけですが、趙旭様は思いがけず戦いになってしまったことに困った様子を見せています。
「師父……彼らは師父の実力を見抜けずに、ただの下山道士だと侮っていました。そんな格下から『雑魚は譲ってやる』なんて挑発されたら激昂の一つもするでしょう」
「私が下山道士なのは事実だろう?」
趙旭様はきょとんとした様子で首をひねります。
本当にこういうところは無邪気というか、なんというか……かわいらしくもあり、泰然としてかっこよくもあるのです。
フォローするのは大変ですけれど。
「私も師父の弟子ですから詳しくはありません。ですが、彼らの言を聞くに、普通は修仙を諦めて下山した道士というのは、落伍者であり、修仙の成果も乏しいと思われているのでしょう」
「どこで落伍するかは人それぞれであろう?」
「金丹一品に至りながら、元嬰に至る道を得ず、なんて落伍の仕方は普通ではないのでしょう」
「なるほど。私の師兄たちは歳も離れて、皆、独立していた。弟弟子もいなかったゆえに、そうした物の見方は身についていないところも多いかもしれん」
趙旭様は特別な師匠のもとで修仙に励んでいたので、人界でも修仙界でも、どこか人間社会から浮世離れしたところがあるのが玉に瑕です。
「神気、新たなり——疾く! 美桜、後は頼んだぞ」
趙旭様は気付けの術を使うと、奥に引っ込んでしまいました。
わずかに遅れて、気絶している修仙者たちが目を覚まし始めます。
「というわけで、今回は不幸な事態になってしまいましたが、師父は無用に事を荒立てるつもりはございません。後日、あらためて協議をしていただきたく、今日のところはお引き取りくださいませ」
私は足で首を押さえつけていた修仙者を助け起こします。
気絶していた者たちには、この人から説明してもらいましょう。
「……あ、ああ、わかった………」
青褪めた顔の修仙者が頷くのを見て、私も桃剣観に戻り、扉を閉めるのでした。
その日の深夜。
「美桜。また来客がくる」
趙旭様の声で目を覚ましました。
「んぅ……また、ですか?」
「出迎えの準備をしなさい。私も支度をして行く」
「はい、わかりました。疾く」
私は目を擦りながら寝台から抜け出すと、普通に着替えるのも面倒なので変化術で服を化けさせます。
私が入り口に近づいたところで、扉が外から叩かれました。
「このような夜分に何用でございますか?」
「夜分に押しかけたこと、まことにあいすまぬ。されど、一刻でも早く馳せ参じなければならぬと押して参った次第である」
外から返ってきた返事は、美しい女性の声でした。
「妾は凌雲山掌門、姚凌霜と申す者である」




