第七話 美桜、来客を饗す
徐大人の依頼を解決してから、もう半年。
あの一件で桃剣観の評判は跳ねあがり、「困りごとはまず桃剣観へ」と言われるまでになりました。
とはいえ、占いも妖魔退治も毎日の必需品ではありません。仕事が途切れない程度には忙しく、それでも合間にはのんびりできる時間もあります。
そういう時は趙旭様と二人で、経典を読んだり、瞑想をしたり、武術の型を繰り返したり、お茶を飲んだり、おしゃべりをして過ごしています。
そんなある日のこと。
「師父、お茶を入れました。董師伯からいただいた包子と一緒に食べましょう」
「ああ。すまんが、もう三人分を用意できるか? 来客が来たようだ」
お茶を淹れた私に、趙旭様が来客をもてなす準備をするように伝えました。
趙旭様の探索範囲に三名の来客が引っかかったようです。
私が追加のお茶を準備していると、私の探索範囲にも強い霊気がはいってきました。この時間差が趙旭様との実力差の一端ですね。
ほどなく桃剣観に一人の男性と二人の女性、いずれも人品卑しからぬ風格の三人がやってきました。
「趙道長、美桜娘娘、先般は大変お世話になりました。近況をお伝えしようと訪ねてまいりました」
生真面目な好青年といった男性がまず拱手で口上を述べました。
しかし、三人の顔に見覚えはありません。
「ええと、どちらさまでしたでしょうか?」
「ほら、姿が変わっているんですから、名乗らないとわからないでしょう」
私が少し困った様子を見せると、清楚なご令嬢という雰囲気のお嬢さんが男性を窘めるようにいいました。
「ああ、失礼いたしました。浄輪仙姑より鰐の妖精人に封ぜられし渡谷仁志です。徐大人の園林でお世話になりました。こうして無事に人間の姿になることができました」
なんと、男性は鰐の渡谷さんですか!
「ということは……女性のお一人は鬼魚の伊藤さんですね」
「はい。私が浄輪仙姑より鬼魚の妖精人に封ぜられし伊藤遥です」
「無事に人の姿になれるようになったようで何よりです」
「まだ、ずっと人の姿というわけにはいきません。でも、守護者としてできることも増え、こうして隣町にくる余裕もできました」
女性のうち、年長に見える明るい桃色髪の女性が伊藤さん、あらため伊藤遥さんでした。
「霊気あふれる豊かな池の守護者に任命してもらえて、立派な廟を建ててもらったおかげです。美桜娘娘の差配には感謝してもしきれないです」
「感謝や崇敬がなければ、霊池であっても、これほど早いことはありません。徐大人や隣町の人達のためにしっかりと働いているのですね」
さて、あの依頼の時にいたもうお一人は江豚の清堅さんです。
あのコテコテオタクキャラで行くなら、ふくよかな男性か、逆にスリムでほっそりした男性になっていることでしょう。
なら、ここに来たもう一人のお嬢さんはどなたでしょう?
「江豚の清堅さんはお留守番でしょうか? すると……そちらの女性は、どなたです?」
「ふふふ、わかりませんよね?」
私は首をひねってお嬢さんを見つめると、お嬢さんは悪戯を成功させた子供のように笑っています。
「未熟だぞ、美桜。目で見るよりも感じよ」
「えっ!?」
奥にいた趙旭様から一声かかります。
慌てて霊気にフォーカスしてみると、お嬢さんの霊気から感じるのは強い水と抑揚のある風の気配でした。
水の中に住みながら、風、空気とも縁が深いのは水棲哺乳類の特徴ですから、まさか……?
「さすがは大恩ある趙道長です。簡単に見抜かれてしまいましたね」
お嬢さんが感服しましたといった様子で趙旭様に頭を下げました。
「あらためまして、ご挨拶申し上げます。浄輪仙姑より江豚の妖精人に封ぜられし清堅と申します」
「えっ!?」
「拙者が江南の萌え豚でござるよ、美桜殿。でゅふふ」
「ええええええっ!?」
容姿とのギャップが激しい、わざとらしいオタク口調で笑ってみせるのでした。
「美桜、騒いでいないで、客人をお通ししろ」
「まさか、清堅さんは女性だったなんて」
「オンラインゲームの時の癖で、最初に仁志さんと出会った時に男の振りをしちゃったんですよ。背後が女性ってわかると面倒なことも多いですから」
五人で茶卓を囲み、包子とお茶でお茶会がはじまりました。
三人は趙旭様の前で恐縮気味でしたが、私がひさしぶりの同郷人の会話に盛り上がると、それに引きずられるようにおしゃべりに興じられるようになりました。
特に清堅さんとは話しやすく感じられました。
「あのままオタクキャラの男性修仙者になって、憧れの修仙BL! それを同性席でじっくりと見られるのもいいなぁって思っていたんですけれどね」
「どうして、そうしなかったのですか?」
「それは……女であることに未練が生まれたから……ですかね」
そう言って清堅さんの視線がチラリと一瞬向いた先は……渡谷さんでしょうか?
「ところで美桜さん……ちょっと大きな声では聞けない話なんですけれど……」
「なんですか?」
そんな中で清堅さんがそっと耳元に近づいてきたので、私も自分の身体を傾けます。
「この世界の修仙者でも男色双修は流行っているのでござるか?」
清堅さんは、ふんす、と普通は見えない鼻穴を見せるほど鼻息を荒くしています。
「どうして、私に聞こうと思ったのですか?」
「あの超絶イケメンな趙道長と一緒に暮らしながら、かように冷静でいられるのは尋常な婦女子ではござらぬ。遥殿を見るでござる。趙道長を見つめながら、ぽわ~っとしているではござらぬか」
清堅さんとのヒソヒソ話から、伊藤さんに目を向けてみると、確かにうっとりとしている様子がわかります。
油売りをしていた時のお客さんたちと同じです。
確かに私はああいう態度からは一歩離れています。
「なれば、拙者のように観察対象として心理的距離を置いているのでござろう? ささ、なにかよき話を!」
オタク口調になって、ぐいぐいと顔を近づけてくる清堅さん。
この方に、私の前世が男だと打ち明けたらBL判定になるのでしょうか?
BLは専門外ですが、SNSでの受動接種から推定される喜ばれそうなカップリングというと……。
「男色双修ではありませんが……董師伯、この町の名士である董員外と師父が義兄弟の契りを交わしているのはご存じですか? それは師父がまだ瑤彩宮に修行にでる前のことで……」
「ほほう。興味深いですぞ、美桜殿」
二人で話が盛り上がり始めたところで、趙旭様が一声かけてきました。
「何を話しているんだ、美桜」
「はいっ! 清堅さんが修仙修行に興味があるそうです!」
少なくとも修仙BLには興味を持っています。
「私たちには守護者の使命があります。まだ、大っぴらに話すのは早いと思いましたので、こっそりと」
清堅さんもうまいこと、話を合わせてくれます。
「十年間、あの池の守護者を務めるという誓いを違えぬなら、その後の話をするくらい問題はない。美桜、ヒソヒソと話していないで渡谷たちにも説明してやるとよい」
「かしこまりました」
趙旭様はしばし怪訝そうな様子で私たちを見ていましたが、私に仕事を申しつけるのでした。
「では、修仙界について簡単にお話しますね。ここにいる皆さんにわかりやすく説明すれば、中華風ファンタジーの仙人能力バトルマンガ世界です」
「また、よくわからん言い回しをしている」
趙旭様には呆れられてしまいますが、妖精人がこの世界の全体像をざっくり把握するのにちょうどいい語彙なのです。
その後は門派や修行の段階について一通り説明を足していきます。
「なかなかに奥深い世界ですね。ただ強くなるだけでなく、文字通りの神様、仙人に至る道が開かれているのですか。とても険しいようですが」
「もしも、修仙を目指すのであれば、どんな門派を選べばいいの?」
私の長い説明を聞いた渡谷さんと伊藤さんは感想を述べたり、質問をしてきます。修仙BLに詳しい清堅さんは確認するように頷いていました。
「修仙の門派は多くあります。例えば、近場には玉露観とその分派である凌雲山があります。自分の特技や適性、興味にあわせた門派を選ぶという手もあります。例えば、渡谷さんは前世ではどのようなご職業で?」
「自分は不動産の営業マンをやっておりました」
「でしたら、風水と建築の知識はありませんか? それらを深く極めようという門派もあります。例えば……」
渡谷さんの前世のご職業を聞いて、私は関連のありそうな門派の名前を挙げます。
「なら、同人誌を書いてた私は、絵から式神を呼び出したりとか、絵に妖魔を閉じ込めたりとか、そういう門派がいいかしら?」
清堅さんは同人誌作家、芸術に道を見いだす門派との相性はいいはずです。
「私はデパートの美容部員をやっていたけれど……この世界では役に立たないキャリアでしょう」
「化粧品コーナーの店員さんですか? お化粧と呪術は意外と相性がいいですから、そういう門派もありますよ」
私が化粧のスキルを活かせそうな門派を思い浮かべていると、伊藤さんは浮かない顔をしています。
「でも、こっちの世界の人たちって二次元でしょう? 私の知ってるメイク術は使えないわ」
「奥行きはもちろんありますが、この世界はアニメのようですからね。前世のお化粧をそのまま持ち込むと破綻しやすいのは、むしろ顔を飾る法則が被っているからですよ」
私は伊藤さんにぐいっと近づいて、自分の目のアイラインを指し示します。
「例えば、私の綺麗な弧を描いているアイラインは、前世の人間の目元よりもはっきりとした線になっています。それは生まれながらにアイシャドウがあるようなものなのです。そういう意味で法則は共通する部分も多いはずです」
「アイシャドウ……?」
私の言葉に、じっと私を見つめながら考え込む伊藤さんでしたが、やがて口を開きます。
「美桜さんは前世ではお化粧苦手だったのかしら? そういう解釈をするなら、シャドウじゃなくてライナーのほうがいいと思うわ」
「そうなのですか?」
前世が男性だった粗に、現世でもお化粧経験がないことがバレてしまいました。
「でも、いい助言をもらえました。自分なりにできることがあるかもしれません」
伊藤さんはまた一つ、この世界での不安や鬱屈を払拭できたように見えました。
いずれにせよ、この三人が修仙界にいけるのは九年と少し後のことです。
「お茶とお菓子をすっかりご馳走になってしまいました。もし、隣町にお立ち寄りの際には自分達の家にお立ち寄りください」
「人間の姿になれたので、徐大人の屋敷の近くに居を構えました。人の姿で池暮らしとはいきませんので」
「ささやかだけど、おもてなししますね」
日が傾きだした頃、三人は暇を告げました。
「渡谷、清堅、伊藤。皆、守護者としての誓いに励むといい。修仙の道を行くにせよ、人界で生きていくにせよ、それは先々の下地となるだろう」
三人を見送る趙旭様の訓辞のような言葉。
今度こそ聞き間違えではありません。
「師父! どうして渡谷さんのことは日本語読みなのですか!?」
三人の姿が見えなくなった頃、私は趙旭様に問いただします。
「……今日はわからない話が多すぎて疲れた」
「師父、誤魔化さないでくださいませ」
「だが、もう一組、来客があるようだ。美桜よ、茶はださずともよいぞ」
「っ!?」
趙旭様に指摘された直後、私も近づいてくる攻撃的な霊力に気付きました。
私が空を見上げると、御剣飛行の修仙者が十人ほどで桃剣観を取り囲んでいました。
「我らは凌雲山の修仙士だ。ここで不遜な商売をしている下山道士がいると聞いて、問いただしにやってまいった!」
文字通りの上から目線で修仙者のひとりが威圧的に叫ぶのでした。




