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挫折した天才道士は俗世の加減がわからない ~趙旭傳 江湖逍遥録~  作者: 恋思川幹


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第六話 転生の妖精人

 「浄輪仙姑より妖精人に封(ほう)ぜられた」というのは、浄輪仙姑から授けられた私たち異世界転生者の共通の名乗りです。

 封ぜられる、すなわち妖精人という地位に叙任されたということです。

 ですから、彼らには私が同郷の人間であることが、名乗りだけで伝わります。


「美桜(みお)さん、あなたも転生者なのですか?」


 先程までもっとも重々しげな口調であった鰐(ワニ)が、打って変わって丁寧な口調で語りかけてきます。

 徐大人たちを脅かそうと必死に演技をしていただけで、こちらが本来の性格なのでしょう。


「はい、そのとおりです。そう問い返せるということは、やはりあなた方もそうなのですね」

『申し遅れました。自分は浄輪仙姑より鰐の妖精人に封ぜられた渡谷(わたや)仁志(ひとし)と申します』


 鰐の口からサラリーマンの挨拶みたいな口上がなんともユーモラスです。

 ワタヤ ヒトシ……ひさしぶりにコテコテの日本人名を聞けて懐かしさがこみ上げます。

 私は他の二人にも視線を送り、自己紹介を促します。


『拙者は浄輪仙姑より江豚(イルカ)の妖精人に封ぜられた江南の萌豚(もえぶた)・清堅(せいけん)と名乗っているでござるよ』

「自称・萌豚って……拙者に、ゴザル口調のコテコテのオタク、前世でも見たことがありません」

『でゅふふ、せっかく異世界に来たのですから、キャラを立てなくてはもったいない故』


 かわいいイルカの姿をしてるのに、コテコテのオタクのカリカチュアを演じている清堅氏。

 すでに前世の日本人名を名乗っていないところを見ても、異世界転生を満喫している様子です。


『えと……浄輪仙姑より鬼魚(イトウ)の妖精人に封ぜられた伊藤って言います。……あ、あの……』

「なんでしょうか?」

『に、人間の姿になれるには……どれくらいかかるんですか!?』

「ふむ……そうですね、およそ二年といったところです」

『ようやく半分なんですね』


 鬼魚の伊藤さんは前世の苗字だけを名乗りました。

 人間の姿になれる日を焦がれているようです。


「浄輪仙姑に封ぜられた妖精人がなぜ、今回のような騒ぎを起こしたのですか? 仙姑は善行に努めれば自ずと栄達は保証されている、それが転生特典とおっしゃっていたでしょう」


 私は自分が転生した時に出会った仙女様の顔を思い出しながら問いかけます。

 私たち妖精人が持っている妖精の霊力は、修仙界でもそれなりの実力者、人界においては土地神と祀られるだけの力があります。

 鰐の渡谷さんが顔をあげて、私のほうを見つめます。


『はい、おっしゃるとおりです。自分たちの体はここよりはるか南の大河で妖精になった動物と魚です。浄輪仙姑により、この肉体に魂を入れられた私たちは漁師や渡し船を助けたり、河賊の邪魔をしたりと善行を積む中で知り合い、協力しあってきました』


 私も浄輪仙姑によって異世界転生させられた頃、同じように善行を積もうと奔走していたことを思い出し、懐かしくなります。

 浄輪仙姑は、主に日本人を異世界転生させてまわっている仙女です。


 力を得た獣の妖精が、飢え・縄張り・恐れのままに動けば人間には理不尽に映り、妖魔として討たれます。

 それは獣の魂が悪いというわけではありません。獣は獣の理で生きており、人は人の理で生きているだけ。

 けれど、その対立が生む犠牲はあまりに多い――討つ側も討たれる側も、どちらも救われません。

 それを哀れに思った仙姑は獣の魂は輪廻へ返し、残った妖精の器は日本人の魂を代わりに入れて「人の理」を持たせます。それが私たちのような妖精人です。


『善行を積んできた甲斐もあり、先頃、飛行の術を会得しました。せっかくの異世界です。河の中や河畔の暮らしばかりでなく、もっと色々な場所、人々を見て回ろうと旅をはじめました』

『その途中で、この池を見つけたのでござる。拙者たちが身体を休められる池もあり、気の流れのよさが一目瞭然でござった』

『この池に住んでいれば、早く人間の姿になれると思って』


 妖精人が初期に力を得る方法はいくつかありますが、大きく分けて二つです。

 一つは人々の崇敬を集めることです。

 正統派は善行を積んで、地道に感謝を集めることです。廟の一つも建ててもらって拝んでもらえれば、さらに加速します。

 一つは霊力の豊かな地で、その恩恵に浴すること。

 邪道な方法には、暴虐を行い畏怖によって崇敬を集める方法がありますが、今回はそうではありませんでした。

 三人が欲したのは、霊力の豊かな地での恩恵であるようです。


「それで工事を邪魔して、霊力を独占しようとしたのですか?」

『いえ、独占などそんな! ただ、この池を埋め立てられては逗留しづらくなります。それで……少しばかり脅せば工事を中止してくれないかと……』

『そうそう、だから庭の他の部分には手をつけてないしっ』


 鰐の渡谷さんと鬼魚の伊藤さんが弁明します。

 建てるのは水上建築である水榭ですから、少なくとも完全に埋め立てるというのは誤解です。

 被害も出していないという点で抑制は効いていますから、十分に情状酌量の余地はあるでしょう。


『いや、ワニ殿、イトウ殿。拙者らは知らず知らずに力に溺れていたやもしれませぬ。少し脅して心変わりをしてほしいなど、前世で考えたことはありましょうや?』


 そこに江豚の清堅氏が異議を唱えました。

 私はさっさと情状酌量を出そうとしていたのに、一段と深い反省を示しています。


『確かに、清堅さんの言うとおりですね。私たちはよくないやり方をしてしまいました』

『うん……ごめんなさい』

『深く反省いたします』

『拙者のこのとおりでござる』


 この様子なら、再び過ちを犯すことはないでしょう。

 同郷の転生者が酷い目に遭う作品は地雷でしたし、彼らに恨みがあろうはずもありません。


 徐大人と彼らの双方が損をしない案はもう閃いています。

 まず、趙旭様から了承していただくことにします。


「仁者 山を楽しぶるは何の寄する所ぞ 国家の襟帯(きんたい) 西東(せいとう)に在り」


 儀式の場に戻ってくると鎮土の儀式はクライマックスでした。

 霊気の奔流の中、趙旭様の美しい剣舞が土地にまつわる神々への祈りとなります。

 もしも、この光景を永遠(とわ)に留めおけるなら、世界で一番美しい園林はここになるでしょう。


「急急如律令!」


 趙旭様が最後に桃剣の切っ先を大地に突き立て、口訣を唱え終わると霊気は見えなくなりました。

 けれども、園林の清浄な気の流れはしっかりと感じられ、鎮土以前よりも清々しいほどです。

 

「以上で鎮土の儀式を終える。これで水榭を建てても気は乱れない」


 趙旭様は儀式の終了を宣言しました。

 鎮土の儀式がどのような効果を持つのかを丁寧に説明しています。

 徐大人はしばらく神妙に聞いていましたが、やがて感激のあまり、上位の礼である叩頭(こうとう)を始めます。


「趙道長、本当にありがとうございます! 趙道長の如き真の仙人様に鎮土を執り行っていただけたのは望外の福徳でございます」

「いや、私は仙人ではなく……」

「大仙人、趙二哥(アルコー)!」

「仙人様っ! ありがたや」


 木匠や人足たちまで徐大人に倣って歓声をあげ、空気は完全に「仙人様」です。

 ちょっと邪魔しにくい盛り上がりですが、仕事のために割り込みます。


「師父、聞き取りは終わりました」

「そうか。美桜(ビオウ)はあのジツホン(日本)人をどう裁く?」


 趙旭様は徐大人から少し離れ、私に話を聞いてきます。


「美桜(みお)です。それにジツホンではなく、ニホン、もしくはニッポンです」

「日本(ジツホン)国の発音は、慣れんのでな」


 文字も含めて、ほぼほぼ日本語を使っている異世界なのに、たまに微妙な言語の差が面倒ですね。

 頑なに「みお」と呼んでくれません。


「あの三人の名は渡谷さん、清堅さん、伊藤さんと言います。浄輪仙姑に封ぜられた妖精人で、この池で霊力を蓄えて早く人間になりたかったようです。人間への害意は感じられません」

「そうであろうな。あやつら、最後まで殺気がなく、虚勢を張っているだけだった。いや、仲間を殴られた後の鰐だけは本気の怒気を放ったか」


 趙旭様は囚われの身となっている三人に視線を向けて微笑みました。

 仲間想いの渡谷さんによいものを見せてもらったという様子です。


「その目論見は師父の雷に打たれたことで崩れました。本人たちも理非を弁え、此度のやり過ぎに深く反省しています。厳罰よりも寛大な処罰で善行を積ませ直させるとよいでしょう」

「では、その処罰とは?」


 趙旭様は私に問いかけます。

 そこまで任せてもらえる信頼が嬉しくなります。


「この池の守護者として、最低十年は働いていただきましょう。代わりに徐大人には彼らを祀る廟を建てていただき、早く人間となれるように取り図ります」

「妖精人が土地の守護者となるのは徐大人にも悪い話ではないな。徐大人を納得させれば、その処罰でよい」

「ありがとうございます、師父」


 私は拱手して頭を下げ、次は徐大人のもとに向かうのでした。


妖怪退治の初仕事、その結末はお仲間でした。

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