第五話 趙旭、妖怪を伏す
「美桜、符に法印を!」
「はい、師父!」
私は道壇に並べた道具から符用の紙と法印を取り、霊力を込めながら符篆を押していきます。あらかじめ必要な符篆を法印にしてあるのです。
符篆を押した符は、ふわりと浮かんで趙旭様の手元へと飛んでいきます。
趙旭様が朱筆で署名を入れると、法印の霊力に趙旭様の霊力が相乗されます。
『出ていけ! 出ていかぬというならば!』
妖魔たちがそれぞれに咆哮をあげて、威嚇します。
が、趙旭様はもちろんのこと、その弟子として私もこの程度でたじろいだりはしません。
『その道壇を食い破ってやろう!』
鰐の妖魔が大きな口を広げて襲いかかってきます!
「はぁっ!」
趙旭様は一声、気合いを発すると天高く飛び上がります。
符の一枚を空中に投げると霊気の足場を作り出し、それを蹴った反動で鰐の口吻を上から蹴りおろします!
ズズン……
鰐の牙は道壇に届くことなく、その手前で強引に口を閉められてしまいました。
霊力で鰐の口吻を押さえつけ、趙旭様は悠然と符への署名を続けます。
周囲に浮かぶ符の数がどんどん増え続けています。
『ワニ殿ぉぉ!』
『道壇に頼る程度の道士がどうしてこんなに強いの?!』
江豚と鬼魚の妖魔たちが動揺しています。
「それは心得違いです。熟練の修仙者が道壇を使えば、城に籠もった百万の軍勢の如しです」
私は妖魔たちの誤解を指摘してやります。
「もうやめるなら、これで許してやるが?」
趙旭様は符に署名を続けながら、江豚と鬼魚に挑発的に微笑みます。
『くっ! めっちゃイケメンなんだけど!』
『イトウ殿、それどころではござらぬ! ワニ殿を助けて、ずらかりますぞ』
趙旭様の微笑みを見て、鬼魚が口走った言葉から、妖魔たちの正体に確信が持てました。
彼らは妖魔ではありません。
「仲間を見捨てない友情には敬意を表そう」
趙旭様の降伏勧告を無視して、勇敢にも、そして無謀にも二匹は鰐を助けようと襲いかかってきます。
しかし、必要な符の最後の一枚に署名した趙旭様は悠然と宣言します。
「だが、逃がさん」
趙旭様が桃剣を振り上げると、無数の符が霊気を発しながら周囲を天蓋のように覆っていきます。
「はぁ!」
趙旭様は符の足場も利用し、目にも留まらない速さで、江豚と鬼魚の周囲を跳び回ります。
『速い! ぐはっ!』
『え? え? え? キャウン!』
江豚と鬼魚はその動きに翻弄され、ほとんど無防備に桃剣に叩き伏せられました。
邪悪だけを斬る桃剣ですが、邪悪でなくても殴られると普通に痛いのですけれどね。
『イルカさん! イトウさん! よくも二人を!』
「はっ!」
『ぐへっ!』
鰐が再び起き上がって趙旭様に襲いかかりますが、これも桃剣で叩き伏せられます。
「化けの皮を剥ぐが、少々手荒く行くぞ。よく反省せよ」
趙旭様は道壇に戻ってくると、令旗を取り上げて禹歩を踏みます。
「是の時、天霊、我が威を佐け、雷車を叱咤して、飆輪を走らす。妖魅、顕形せよ——急急如律令!」
趙旭様が令旗を掲げて正体を顕すように命じると、妖魔たちを取り囲む符から一斉に雷が放たれて、三匹の化けの皮を焼いていきます。
雷が止んだ時、池には元の姿に戻された鰐、江豚、鬼魚が痺れて浮いていました。
あのおどろおどろしい妖魔の巨体は擬態で、趙旭様の雷はその擬態だけを焼き尽くしたのです。
「趙二哥が、仙人様がやったぞ!」
「すげえ! あのバケモンを成敗しちまった!」
「おお……おお……修仙の秘技を、かように目の当たりにすることができるとは……」
八卦陣の中にいた徐大人たちが歓声をあげました。
趙旭様は道服の埃を払いながら、私に近づいてきます。
「気付いているとは思うが、あれらは妖魔ではなかった」
「はい、人の魂と妖精の魄を持った妖精人です」
「そうだ。だから、あれらは美桜に任せる」
「三匹、いえ、三人の処遇の落とし所はどういたしましょう?」
「雷で焼いたから霊力の何割かを失ったはずだ。それが良民を脅して池を独占しようとした罪への罰になるだろう。再び地道に善行を積ませるといい」
「かしこまりました」
「私は鎮土の儀式の続きを行ってくる」
私は拱手して趙旭様を見送ります。
私は道壇から令旗を手にとると、痺れて浮かんでいる三人の妖精人にむけて突きつけます。
「鰐、江豚、鬼魚に令する。宙に浮かび、我に続け!」
三人が水面から浮かび上がり、私の後についてきます。
令旗は命令を伝える旗です。弱っている格下の相手なら命令そのものを押し通せます。通常は術に号令をかけて効力を底上げする道具です。
「朝雲 南北を指し 夕霧 西東を正す。疾く! 八卦陣」
旗を振って先導し、八卦陣を牢獄に変えて三人を閉じ込めます。
「さて、まずは自己紹介いたしましょう。私は浄輪仙姑より狐の妖精人に封ぜられし姫美桜です」
水生生物の顔色を見分けるのは難しいですが、三匹、いえ三人の雰囲気が変わったのは伝わってきました。
「そう、皆さんと同じく日本から転生して妖精人――異世界転生者です」




