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挫折した天才道士は俗世の加減がわからない ~趙旭傳 江湖逍遥録~  作者: 恋思川幹


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第三話 美桜、卦を立てる

破邪顕正(はじゃけんせい)

鎮宅辟邪(ちんたくへきじゃ) 降妖除魔(こうようじょま)


                 桃剣観(とうけんかん)


 趙旭様の達筆でしたためられた扁額が、舗(みせ)の入り口に掛けられました。

 扁額は修仙時代に手に入れた霊樹を使っており、実に威風堂々としています。


ヨウマ タイジ

ヤリマス


 真名で書いた扁額の隣には、小さな幟に仮名で分かりやすく仕事内容を掲げています。

 看板と幟を掲げたのは、茶館で使わせてもらっていた舗です。

 この妖魔退治屋、桃剣観が開業に至る事情には、少し過去の話が必要です。


 王婉児様に離婚を突きつけられてしまった趙旭様がまずやったのは、仲人で義兄である董員外、舅である王県令の顔を潰してしまったと平謝りすることでした。

 董員外はむしろ気の毒そうに、婉児様に逃げられた趙旭様を慰めました。


「いや、むしろ賢弟に相応しい鳳(おおとり)を見つけてこられなかった、この愚兄の不徳だ。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、という。趙(ちょう)仲明(ちゅうめい)が鴻鵠であることを、ワシはよう知っている」

「大哥(ターコー)……かたじけない」

「何をいう! ワシが員外(金持ち)と呼ばれるほどの富貴を得たのは仲明がいたからだ。この恩を生きているうちに返さなければ死んでも死にきれんぞ」


 董員外は、趙旭様の祖父ほどに歳が離れて見える御老体ですが、実年齢では一歳年長の幼馴染です。

 趙旭様は修仙に昇る前から霊力に優れ、見鬼の術や腕っ節でたびたび董員外を助けたのだそうです。

 一方で趙旭様も浮世離れしたところを董員外に助けられており、そうして信頼と敬愛を積み重ねた二人は義兄弟の契りを交わすに至ったのです。

 王婉児様との婚姻も、董員外が趙旭様に幸せになってほしいという気持ちから取り持ったでした。


「ところで大哥(ターコー)、茶館に使った舗をもう一度貸してくれないだろうか?」

「また、商売をする気かい? 食客としてどんと構えて、ワシや息子、孫たちが困った時に知恵の一つも貸してくれればよいのだぞ?」


 董員外は趙旭様の商売下手を案じているのか、燕雀にあわせてあくせく働く必要はないと引き留めます。


「婉児との婚姻を決して粗略にしてはいなかったことをはっきりと示さなければ、私が大哥(ターコー)や王県令に顔向けができない。離縁はしたが婉児の望みに応えられる男だというところは見せたいのだ」

「そこまで言われては無理に止めることもできまい。今度は何の商いをするつもりなのだ?」


 董員外の言葉に私はハっとしました。

 今から新しい商売に手を出すよりも、これまで失敗した商売のポテンシャルと反省を活かしたほうが成功に近いはずです。


「恐れながら……」

「妖魔退治ならば修仙の術を活かして商売ができる。私はそう婉児に豪語した。ならば、妖魔退治で活計(たつき)を立ててみせなければ、婉児に嘘を付いてしまったことになる」


 私が口出しをしようとするも、それよりも早く趙旭様が所信表明をしてしまいました。

 董員外は感銘を受けたように相貌を崩して微笑みます。


「もちろん、舗は貸そう。いや、妖魔退治を行うというのなら舗ではなく道観(寺院)にするべきだな。万事、ワシに任せるといい」


 趙旭様のためにできることがあるとわかって、このご老人は急に生き生きとしはじめました。

 趙旭様は案外、同性をも惑わせるところがあるのかもしれません。


 かくして、立派な扁額と小さな幟がかけられた桃剣観が開かれたのです。



 開業から三日、新しい道観の出現に様子を見にくる者はいましたが、お客さんがくる様子はありません。


「美桜(ビオウ)よ、客がこないな」

「美桜(みお)です。そうそう妖魔が出没していたら町の生活は成り立ちません。お客が多くないのは当然です。ましてや信頼もありません」


 婉児様がいたならば、この頃合いで商売替えが必要になったことでしょう。

 ですが、趙旭様はもちろん、董員外もお客がいなくてものんびりと構えています。

 なので、私は桃剣観を繁盛させる方法を実行する余裕が得られました。


「師父(スーフ)。私に策があります。どうか実行の許可をくださいませ」


 まず、桃剣観がどういった由緒を持つ場所なのかを知らしめる必要があります。


「董師伯(スーボ)、町に僕人(使用人)を遣わした際には、桃剣観に立ち寄るよう伝えていただけますか? お茶の一杯も振る舞いたいかと存じます」


 師の義兄、私にとっては師伯である董員外にそうお願いすると快諾をいただきました。

 董家荘の経営はもちろん、町でも飯店を複数経営している名士です。


 董家の関係者が頻繁に出入りしてるとなれば、「あの道観は何なんだ?」という話になるわけです。

 董家の僕人に直接聞く者があれば、僕人は知っていることを話します。


「聞いたか、あの道観、董員外の義弟さんが道士をしてるらしい」

「それって昔から董員外が世話になったって公言してたやつだろ? 実在してたのか」

「董員外が財を成したのは、道士からもらった霊讖のおかげらしい」

「だが、あの桃剣観ってのは先日まで茶館だったところだよな?」

「出来たばかりなのは、董員外がかつての霊讖の恩を返すために仕立てたからだ」

「桃剣観の観主は有名な瑤彩宮の修仙者で、衆生を助けるために先頃、下山してきたそうだ」


 近隣で有名であった董員外の立志伝の秘密を皆、興味津々に噂して、話は雪だるま式に膨らんでいきます。


「美桜(ビオウ)よ。近頃、大哥(ターコー)のところの僕人がよくやってくるな」

「美桜(みお)です。董員外にはお世話になっておりますから、お使いにいらした僕人の方々に一服していただいております」


 これまで婉児様に商いの失敗を叱られてばかりいた趙旭様を少し侮っていた董家の僕人たちが、道観の奥で悠然と経巻を読んでいる様子を見て、認識をあらためたのも噂を後押ししています。



 開業十日目、私は満を持して桃剣観に新たな幟を掲げました。


ウラナイ 百モン


 人々が日常的に道観や廟に訪れる理由はやはり現世利益です。

 占いを通じて、福徳を確実とし、禍害を避けたいという需要は確実にあります。


 百文は一般家庭の三日ほどの食費に相当します。

 占いにはいいお値段ですが、もともと繁華街で小金持ちの商人が多い地域で開業したので、董員外にあやかろうというお客がわっと押し寄せるのでした。

 占うのは弟子である私です。金丹一品の修仙者の占いはもっと高い金額を取ることができるからです。

 私も趙旭様の元で修行をしているので金丹五品の実力があります。

 実は百文では価格破壊です。


「陰気の蓄積が見られます。邪気ではなく、小さくて、弱い力ですが、時間をかけて積もったようです。それが近頃の不調の原因でしょう」

「娘々(ニャンニャン)、どうすればよろしいですか?」

「あなたの陰気からは水を求めている気配を感じます。使っていない食器や壺に、由緒あるものや誰かが大切に使っていたものがありませんか?」

「そういえば、亡くなった父が大事にしていた花瓶……模様替えの際に蔵に放り込んでしまいました」

「大事にされてきた道具には道具としての矜持があるので仕舞い込んでいるといじけて陰気を発することがあります。大切に使ってあげれば陰気を陽気に転じてくれるでしょう。ご自分で使うのが難しければ、どなたか使ってくださる方にお譲りになるとよいでしょう」


 修仙者の占いは、見鬼の力で霊気を診断して悪いところを摘み取り、よいところを育てる作業です。

 その理論化された体系は「霊力」という観察可能で、再現性のある現象に基づいている点で科学的な営為なのです。


「桃剣観の占いは弟子でもよくあてる」


 中堅層の商人たちが私の占いの効用を実感すると、上と下にも評判が波及していきました。

 上流階級は金を積むから、趙旭様に直接占ってほしいと懇願してきます。

 下流層には少し高すぎる高嶺の花と見られています。


 クジ 五文


 新たな幟は、求籤(きゅうせん)、いわゆるおみくじの提供を知らせるものとなりました。

 ちょっとした食事一人前のお値段で、簡単な指針を書いた籤詩(せんし)を提供します。

 おみくじを引く人の霊力状態を簡易計測して、適した籤詩に辿り着くように、道具一式に道術を工夫しました。

 対面での占いよりは粒度は粗いですが、こちらも評判になります。


 一方の大本命は、趙旭様自身による占いです。


瑤彩宮金丹道士趙先生、自ら卦を立つ

求占の者は寸志を奉るべし


 新たに看板を用意して、掲げた文句がこちらです。

 私の「ウラナイ 百モン」の幟と並べるように配置しました。


「寸志、といってもなぁ」

「お弟子さんの百文よりも少ない訳にもいくまい」

「じゃあ、いくら出せば失礼ではないだろうか?」


 看板の漢字を読めるのは、もっぱら富裕層です。

 寸志と聞いて、素直に少ない金額とはなりません。

 結果、桃剣観には銀錠や金元宝と呼ばれる銀貨、金貨が積みあがっていきました。


「美桜(ビオウ)よ、そなたにはかくも商才があったのだな」

「美桜(みお)です。師父がズレているだけで、私など薄才もいいところです」

「そういうものか?」

「ですが、資本がある状態での商売というのは楽しいですね。異世界知識チートっぽいこと、初めてできて満足です」

「美桜(ビオウ)はたまにわからないことをいう」

「美桜(みお)です、師父」


 董員外に保護されているので生活の心配はいらないうえに、社会的信用もお借りすることができました。

 趙旭様も私も人界においては過剰なくらいのスキルを持っています。

 資本主義では持っている人ほど稼ぎやすいというのは、このことだと実感できました。


 さて、そんなこんなでひと月、ふた月と時は流れます。


「妖魔退治ができるというのは、こちらの道観でよろしいか?」


 ついに妖魔退治の依頼が舞い込んできたのです。


趙旭と美桜の師弟バディによる中華ファンタジーの開幕です!

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