第二話 修仙の商法
趙旭様が奥方の婉児様に休書を突きつけられました。
突然の出来事ではありますが、とうとう切り出されてしまったか、という感想でもあります。
婉児様はそのまま、待たせていた籠に乗り込もうとします。
「待て待て、婉児よ。藪から棒にどうしたのだ?」
趙旭様が困惑気味に婉児様を引き留めます。
それを見た婉児様はやれやれとばかりに深い溜息をつきました。
「藪から棒ではございません。あなた様にはつくづく愛想が尽き果てたのでございます」
婉児様は趙旭様が担いでいる天秤棒の油壺を指さします。
「今日も油がまったく売れなかったことは、召使いに様子を見に行かせて、わかっているのですよ!」
「うむ、それは……」
趙旭様は困ったように私を見ます。いえ、私を見られても困りますが……ここは泥を被りましょう。
拱手をして頭を下げたまま、会話に割り込んでみます。
「師母。油は毎日使い切るものではありません。最初についた客が油を使い切る頃には……」
「小娘はおだまり! 旦那様の周りにいた別の油売りの油は大層売れていたそうですわね?」
とっさに新しい言い訳も思い浮かばないまま口を出してみましたが、召使いに偵察までされていたのでは、私が提案していた嘘……もとい、方便は通じません。
趙旭様は少しばかり恨めしそうな視線を私に向けてきます。
「だから、嘘はよくないのだ。やはり通じなかったではないか」
「偵察までされては誤魔化しきれませんよ」
趙旭様が小声で抗議してきますが、そこまで私に責任は持てません。
「聞いておりますのっ?! これまでの商売もずっと失敗続き。代書屋も、茶館も、磨刀人もです。あなたには何も務まりませんでしたわ!」
婉児様はこれまでの趙旭様の失敗を並べ立てていきます。
どれも趙旭様らしい失敗がありました。
その一。代書屋。
「修仙界で修行されていたのでしたら、教養はおありでしょう? 代書屋などをされてはいかがですか?」
婉児様のすすめで代書屋を始めた趙旭様でしたが、その教養を使ったことが顧客のニーズからズレていました。
「おい、兄ちゃん! 魚売りの旦那はこんな文字読めねえって言ってたぞ! デタラメ書きやがったなぁ!」
この中華ファンタジー異世界、前世の日本のように真名に加えて、平仮名、片仮名も使われているのですが、代書屋の依頼人は文字が読めない人たちです。
そして、その代筆の手紙を受け取るのは仮名なら読めるという人たちが多かったのです。
結果、読めない偽字を書く詐欺師との誹りを受けるのでした。
その二。薬膳の店。
「詐欺師扱いなんて、なんたる恥晒しでしょう! 代書屋はやめて、修仙者の薬膳を商ってはいかがですか? お義兄様の董員外が舗を貸してくださると申し出てくださいました」
婉児様の根回しと提案をうけた趙旭様は思案した後、薬膳茶の茶館を開くことになりました。
熱々の薬膳茶でも持ちやすいようにと道術で断熱構造にした茶碗。これのせいで「中身がぬるい!」と誤解されてクレームになったのは、まだマシなほうです。
「ほう、飲みやすいように温く淹れてあるのか……ほわちゃあああぁぁぁっ!!」
知った風な様子で熱々の薬膳茶を喉に流し込んだ里正さんが喉を火傷する惨事を招いてしまうのでした。
その三。磨刀人。
「里正さんに謝罪するのに、董員外にまで迷惑をかけましたのよ! 腰に剣を佩いているのですから刃物研ぎでもされてはいかがですか」
磨刀人は包丁やハサミなどの日用刃物を研ぐ仕事です。
趙旭様の佩剣は実は金属ではないのですが、器用な天才肌ですから問題はありません。
むしろ天才すぎるのが問題であって、道術で刃を補強しながら研いだものですから人界のまな板が耐えられません。
「師父。ここは人界です。まな板や物差しに霊樹を使っていたりはしないのですよ!」
包丁やハサミで家財が壊れたというクレームが押し寄せるはめになりました。
そして、話は現在に戻ります。
「立派な宗門で修行してきた道士様だと聞いて、そんなお方であればわたくしも福徳に預かれるものと嫁いで参りましたのに、こんな惨めなのはもう耐えかねますわ!」
婉児様は襦の袖で目元を覆って嘆きます。
こうも失敗続きですから、嘆きたくなる気持ちもわかります。
しかし、婉児様にも原因の一端くらいはあります。
趙旭様がおっとりしているなら、婉児様はせっかちすぎるきらいがあります。
趙旭様の商売はもう一捻りすれば、成功するポテンシャルはありますのに、失敗するとすぐに次の商売を押し付けてきたのは他ならぬ婉児様でした。
「衣食住には困らせていないと思うのだがなぁ」
「ええ! ええ! 衣食住に困ってはおりませんわ! 董員外のおかげ、だけですけれどね!」
趙旭様が困ったように言いますが、婉児様は目を吊り上げてすかさず反論します。
今の趙旭様は董員外の食客で、有り体にいえば居候であり、それが婉児様のプライドを刺激しているようです。
金丹の修仙者が自分の義弟として食客になっているのは、董家の格をあげていると董員外は満足されています。
「これは志の問題なのですわ! わたくしの夫たる者、いざとなればご自身で身を立てられる才覚をお持ちだと。ただそれだけでも示してくだされば、と考えておりましただけですのに……」
婉児様は婉児様なりに夫に求めている理想像があり、それがすれ違ってしまったことで夫婦の仲がこじれてしまったようです。
「師母! 差し出口を挟むことをお許しください! どうか、もう一度師父に機会を与えてください!」
私は弟子として側にずっと寄り添って、婉児様の願いに応えようと奮闘してきた趙旭様を見てきました。趙旭様には報われていただきたいと素直に思います。
「師父はわずかな修行で金丹一品に至った立派な修仙者です。今しばし人界の流儀に慣れたなら、きっと成功するお方です! 私も微力を尽くして師父をお助けいたします!」
私には勝算があります。
趙旭様の失敗は顧客ニーズと品質のズレが大きいのですが、適切な相手に適切な形で売り出せば、きっとヒット商品になるはずなのです。
婉児様の怒りを背景に、何かとこだわりの強い趙旭様に私の意見が通しやすくなれば、前世知識を活かして何とかしてみせましょう。
「小娘が知った風な口をきく! では、旦那様? 旦那様のような修仙者がその才気を活かした商いとは一体なにがございますの?」
「ふむ。修仙の術をもって稼ぐ、か」
あ、婉児様から趙旭様にボールが投げられてしまいました。
身分的にこの場での発言権はないと婉児様の圧がかかりますが、私がフォローしないと趙旭様はまた失敗しかねません。
ここは慣れない新しい商売を考えるよりも、既存の商売の失敗から学ぶほうが堅実です。
「あの、師父……」
「妖魔退治などはいかがであろうか?」
私が止めるよりも先に趙旭様はアイデアを出してしまわれたのでした。
「妖魔退治? 商い一つできない旦那様がそのようなことをできまして?」
「できるとも。修仙に励んでいた頃には数多の妖魔を召し捕ってきたのだ」
訝しむ婉児様に趙旭様は自信ありげに答えます。
嘘ではありません。趙旭様は数多の妖魔を召し捕り、懲らしめてきた実力者です。
ですが、それが人界で商売として成立するかは別の問題です。
「証のないことを言われても信用に足りませぬ。その信用を失ったのは、今までの失敗ゆえと心得てくださいませ」
「待て、そう急くことはないだろう。証ならば、こやつがそうだ」
趙旭様がポンと私の頭に手を置きました。
「美桜は狐の妖精人だ。30年ほど昔、少しばかり悪さをしていたので懲らしめた。弟子にしたのはその時のことだ」
「狐? その小娘が?」
婉児様が訝しげに私を見てきます。
私の場合は別に妖精人であることを隠す理由はありませんが、目立つ理由もないので完全な人型で過ごしていました。
話の流れとして、正体を見せたほうがいいでしょうか。
「疾く、変化半妖」
「まぁっ!?」
「浄輪仙姑より狐の妖精人に封ぜられた姫美桜でございます」
私は半妖形態として狐耳、狐尻尾を顕わにして妖精人としての型通りの挨拶をすると、婉児様は驚きの声をあげました。
「妖精人と妖魔は違うものであるが、私が人ならざる者を懲らしめられる証となろう?」
「むゆ……」
趙旭様は私の狐耳をモフモフと撫でながら、婉児様に告げました。
「ええ、よくわかりましたとも。妖魔退治とやらにかこつけて、さらに妾を増やそうというイヤらしい魂胆が!」
「いや、妾とはどういうことだ?」
婉児様の衝撃発言に、私は「あちゃぁ」と天を仰ぎますが、趙旭様はわかっていません。
「バレていないとでも思っていたのですか? その小娘、いいえ、女狐と双修の修行と称して破廉恥な真似をしていたことを!」
「いや、双修は双修であろう? それが何故、妾の話となる?」
趙旭様ぁ、本気でポカンとしないでください!
婉児様が目、口、鼻から三昧真火を噴き出しそうな勢いでお顔を真っ赤にされております。
「もう、あなた様にはついてはいけませぬ! 出してちょうだい! ごきげんよう、仲明様」
籠に乗り込んだ婉児様は駕籠かきに命じて出立してしまうのでした。
最後は旦那様ではなく、「仲明様」と趙旭様の字で呼んで去っていきました。
「女人とはやはりわからぬ者だ。なにが悪かったのであろうか」
「はぁ……師父は女泣かせですね」
困惑した様子で婉児様を見送る趙旭様に、さすがに呆れてしまいます。
修仙界では泰然とした大人の風格と思っていた部分が、人界に降りてくると浮世離れした天然ボケに化けたようです。
鴻鵠は、人家の軒下に巣を作るのは不得手なのです。
「師父。世間的には私が弟子兼妾なのは、董員外もそのようにご承知されております。人界での双修とはそのようなものです」
それなりの身分のある男性であれば、妾くらい当たり前の社会です。
師母と立てて、分をわきまえていれば摩擦は少ないはずと私も期待していたのですが、女心はやはりそれほど単純ではありませんでした。
「惚れた腫れたで夫婦になったわけでない。仲人をしてくださった義兄の顔をつぶさぬように努めていれば、自然と夫婦の情愛も生まれると思っていたのだがな」
「その美しい顔で、惚れた腫れたが無関係というのは難しいですねぇ」
色々と口上はありましたけれど、婉児様が市井の生業にこだわったのは、私という修仙界側の存在を趙旭様から引き剥がしたかったということなのかもしれません。
華燭の典の時、恋する乙女となって趙旭様の美貌にときめいていた婉児様はとても可愛らしかったのです。
「美桜だけだな。私とずっと一緒にいてくれる女子は」
趙旭様が寂しそうに言いながら、私を抱き寄せました。
いや、なんですか、この距離感は。
「美桜ではなく、美桜です」
私は前世が男だったので、いくらか冷静ですけれどね。




