第二十七話 美桜、趙旭に繋がる
少し押され気味の膠着状況。
薛貴妃に取り憑いていた時の化け猫よりも、間違いなく手強くなっています。
胴薙ぎを狙った刀が鉤爪に遮られ、私の首を狙った鉤爪を反り返ってかわし、反り返る反動で脚を蹴り上げて打撃を狙う。
蹴りが化け猫の顎を捉えますが、有効打にはならず、衝撃を受け流すように距離をとられます。
『ンナアアアアアオオオオッッ!!』
「疾く! 霊刃よ、覆え!」
鳴き声とともに中距離からの霊力波の一撃が飛んでくるのを、靡干の刀身に霊力を被せて斬り飛ばします。
趙旭様に仕込まれた刀術と体術、道術を織り交ぜながら戦いますが、お互いに決め手がありません。
『しぶとい小娘がっ!』
「あなたこそ、しぶとい化け猫ですよ」
私は化け猫を逃さないため、間合いを詰め続けます。
幾合も刃と爪を交わしながら、都の甍の波を二人で駆け巡っていきます。
「あっ!?」
それは不意の出来事でした。足場にした瓦がずるっとズレたのです。
姿勢が崩れます。
姿勢を立て直すよりも、化け猫の鉤爪のほうが早いです。
『死ねえッ!!』
迫り来る鉤爪にせめて急所を外そうと体を捻るも、私は恐怖に目をつむってしまいました。
………………。
…………。
……。
「……趙旭様?」
鉤爪はいつまでも私に刺さることはなく、逆に逞しくも優しく、そしてよく知っている温もりが私を抱きしめていました。
「待たせたな、美桜」
どうやら趙旭様に助けられ、抱きしめられたまま距離を取ったようです。
ああ、趙旭様が来てくださったのなら、もう後はお任せして解決です。
色々と大変でしたけれど、これでめでたし、めでたしです。
『くそっ! また、邪魔が入るか!』
化け猫が地団駄を踏んでいます。
そんな化け猫に注意を向けつつも、趙旭様は私の耳元に囁きます。
「美桜よ。頭上の巨猫を牽制してもらう為、桃剣を渡して桃剣陣の制御を姚師姪と甥の括常に預けてきた」
「はい」
言われて頭上を見上げると桃剣陣はまだ、化け猫の巨体を牽制し続けています。
あちらを抑えておかないと、毛針による無差別攻撃が降り注ぎかねません。
「渡したのは制御だけで、桃剣陣の霊力は今も私が担っている。今、私がこちらで使える霊力は少ない」
「はい」
「つまり化け猫退治の主役は、お前だ」
「はいぃ!?」
趙旭様の最後の言葉に、私の「はい」はイントネーションが変わってしまいます。
唇が触れそうになるほど趙旭様の美しい顔が近づいてきます。
「むろん、私も手伝う。呼吸をあわせよ。……すぅ……はぁ……」
「……はぁ……すぅ……」
触れそうなほどに近づいた二人の唇。
趙旭様が吸うと、私が吐き。
私が吸うと、趙旭様が吐き。
二人で呼吸を繰り返すうちに、互いの呼吸のリズムがしっかりと噛み合っていきます。
道術ではありません。ただ、呼吸の間隔をあわせただけです。
趙旭様が抱き上げていた私を降ろします。
「ゆくぞ! 美桜!」
「美桜です!」
趙旭様と私は化け猫に向かって跳躍します。
呼吸をあわせたことで、二人の攻撃リズムは互い違いに噛み合います。
趙旭様の体術、蹴りや拳が繰り出され、それの間隙を埋めるように私の靡干が振るわれます。
『お、おおおおっ!!』
二人になったことで、趙旭様と私の二人がかりになったことで、化け猫は息つく間もなく防御に手一杯になります。
呼吸をあわせたことで、私にも趙旭様の動きがわかります。
そんな私の理解も含めて、私がどのように動くかまでリードしてくれているのでしょう。
『はっ、はっ、ふはぁっ!』
化け猫の息があがっていきます。修仙者、ひいては霊力を用いて戦闘に供する存在全般にとって呼吸は重要な要素です。
今、二人の連携攻撃で息つく間を与えないことで呼吸を乱し、呼吸は乱れるほどに技の冴えを曇らせていきます。
『くそぉ!』
堪らずに化け猫が跳びすさります。
趙旭様はそれを追いかけて化け猫に跳び蹴りを放ちます。
『その程度でっ!』
趙旭様の跳び蹴りは動きが直線的で避けられます。
「はぁっ!」
が、空中で身を翻した趙旭様の旋風脚、化け猫はそれを腕で受け止めるしかありません。
『このぉ!』
「やっ!」
『ひっ!』
その隙をついて私が靡干で化け猫を袈裟懸けに斬りつけるのを化け猫が大きく飛び退いて逃れます。
「読めていたぞ!」
『ナオオオッ!!』
化け猫と一緒に跳んでいた趙旭様が、化け猫の右前肢を掴んで鉤爪を封じ、後肢を払って着地点、屋根の瓦に胴体を叩きつけます。
一呼吸の後、私も跳躍して化け猫を追い撃ちます。
『ぐああああああああああああっっっ!!』
私の突き下ろしは化け猫の左前肢に深々と突き刺さりました。
「しぶといですっ!」
鉤爪であれば、その隙間を狙うことができるタイミングでした。左前肢を犠牲にした化け猫の決断力が決着を先延ばしました。
『おのれ、おのれぇっ! このままではすまさぬ! 針の豪雨の中に沈めぇ!』
上空の妖気が揺らぎます。
見れば上空の化け猫の巨体が体を丸めて、背中を地上に、私たちのほうへと向けています。
「あちらから直接!?」
「気にかけるな、目前の敵に集中せよ」
私が上空に意識を取られたことを、趙旭様が叱責します。
「ですが……」
問答する間もなく、毛羽だった毛並みが針となって、その背から無数に発射されました!
「「桃剣陣! 地軸、回れ!」」
無数の桃剣が私たちの上空で飛び交い、剣穂が大きな一枚布となって重なり合い、天を覆いました。
「姚師姐、謖!」
姚凌霜様と謖の師弟コンビが、趙旭様に託された桃剣陣を使って攻撃を防いだのです。
降ってくる毛針は一本もありません。
趙旭様が慌てる様子を見せなかったのは、お二人を信じていたからですね。
『馬鹿なっ……馬鹿なぁっ!』
渾身の反撃を防がれてしまった化け猫が叫び暴れると、趙旭様はあえて手を離して化け猫を自由にします。私も靡干を手放して引きます。
化け猫が立ち上がった瞬間、趙旭様は再び化け猫の右前肢を捻りあげます。
『ガアアアアアッッ!!』
左前肢は靡干が貫いており、がら空きになった胴に宝珠の怪しい光が輝いています。
靡干の代わりに、術を乗せた拳で叩き込むことを決めます!
「之に一木の錐を授く 云はく是の石を穿つべしと」
私は口訣を唱え、印を結び、禹歩を踏みます。
左手に霊力が集まり、霊気で掌が輝き出します。
「木錐穿石! 穿孔掌!」
『ウオオオオオオオオオ!!』
化け猫は必死で暴れますが、趙旭様が軽くあしらい、弱点はがら空きのまま!
私の輝く掌底が化け猫の胸部を撃ち抜きます!
一瞬の後、化け猫の背中から粉々になった金華猫の宝珠が飛び出しました。
「……終わったか」
趙旭様がそう言うと、化け猫は黒煙を上げながら、どんどん萎れていきます。
先程まで薄暗かった都に日が射します。
上空の巨大化け猫も消え去っていきました。
残ったのは、干からびた老猫の亡骸だけ。
私はその亡骸に向けて、拱手一揖します。
「都の地下を治めし城隍神に、金丹五品の修仙者、浄輪仙姑より狐の妖精人に封ぜられし姫美桜が報告いたします。この化け猫……いえ、金華猫は魯国の宮中を騒がし、人を喰らい殺したる罪はあれど、本性は獣であれば人の世の罪を知るところにあらず。金丹の道士四人を相手取った類い稀なる霊験を持つ魂が賓として扱われんことを乞い願う」
これは妖魔を退治した妖精人の礼儀です。
「……はああああああっっ! 疲れ、ましたぁぁぁっ!」
私はばたりとその場に倒れ伏しました。
「よくやった。美桜」
「美桜ですってば」
こうして魯国の都の金華猫退治は幕を閉じたのでした。




