第二十六話 紙上を出づ
「桃剣陣! 天前衝、前へ!」
桃剣陣の一角が化け猫に殺到していきます。
王都に巨大な影を落とす化け猫の巨体、趙旭様の指揮で空を覆う無数の桃剣が陣を動かす。
両者の激突する様は蒼天を舞台にした大怪獣決戦の様相です。
その圧倒的な巨大さの前には、私も姚凌霜様もちっぽけな存在に思えてきます。
ですが、化け猫の巨体の一部がどれほど削られようとも、その巨体がゆえにか化け猫はまだまだ動き続けます。
「やはり、化け猫と宝珠の結合部を切り離さないと……ですが、どこにあるんですか?」
私は預かった桃剣陣の一部を足場にして、化け猫の体表近くを駆け抜けながら、それらしきところを探します。
趙旭様の桃剣陣の攻撃で抉られた部分も観察しますが、視覚的にはもちろん、霊力的な異変を感知することもできません。
「んなああおおおおおぉぉっ!」
じっくりと観察したいところですが、今も三体の化け猫の眷属が私に向かってきます。
「邪魔をしないでください!」
桃剣を並べた道から跳び上がり、一体目の眷属を唐竹に切り払います。
続いて迫る二体目の頭を踏み台にして、さらに跳び上がると呼び寄せておいた桃剣を蹴って三体目の眷属に向かって加速します!
「やあああっ!」
三体目の眷属を切り捨てると、そのまま桃剣の道に戻って駆け抜けていきます。二体目を捨て置くのは私のほうが速いからです!
眷属は先程から間欠的に沸いて出てきます。
一度に全力投入しないのは、姚凌霜様に一網打尽にできる殲滅力があることを警戒しているからでしょうか?
戦力の逐次投入は愚策と言われますが、使い捨てにしている戦力で私たちの作業を邪魔するだけなら効率的です。
「本当に意地の悪い化け猫です」
愚痴りながら駆けていると、前方に反対回りで飛んでくる姚凌霜様が目に入ります。
姚凌霜様は散発的に襲ってくる眷属を小さな雷で一体ずつ打ち落としています。
「師姐! お手伝いします! 」
私は再び跳躍して眷属を切り捨て、桃剣の足場を蹴って次の眷属に向けて跳躍して切り捨て、それを繰り返して姚凌霜様の近くにまとわりついていた眷属を殲滅します。
「師妹、助かる! 発雷!」
代わりに姚凌霜様が少し距離のある眷属を雷撃で撃ち落としていきます。
「師姐、結合部は見つかりましたか?」
「いや、見つからぬ! やつめ、巧妙に隠しておるな」
「これだけ見つからないのは、結合部ってのはあの巨体の一番奥にでもあるんですか?」
「いや、それはあるまい。それでは気の巡りが削がれて、腐り果てる。必ずや気穴は体外に通じ、その奥に妖魔と宝珠の結合部があるはずぞ」
私は姚凌霜様と情報を共有しますが、互いに成果はありません。
「単純な深蔵でないなら、他の可能性は? 擬態はそもそもそれらしきものが見えません。上手く隠蔽しているにしては霊気の流れも感じられません。あるいは細い気穴をたくさん作っているとか?」
「ふむ、気穴の分散か。師妹、その線で探るならば、少し丹念に探らねばならぬ」
「はいっ! 師姐を護衛します!」
姚凌霜様を追いかけるように桃剣の道を作り、後を追いかけていきます。
「桃剣陣! 地前衝、前へ!」
趙旭様が次の桃剣陣を動かし、化け猫がそれを振り払おうと暴れます!
桃剣は巧みな操作によって化け猫の四肢を潜り抜けて、的確に化け猫の体を削っていきます。
しかし、それだけではやはり決定打を与えられないようです。
桃剣陣を構成する桃剣の組は、天衡、地軸、天前衝、天後衝、地前衝、地後衝、風、雲、遊軍の九組からなると聞いたことがあります。
すでに攻撃や防御を交えながら、天前衝、天衡、風、天後衝、地前衝、遊軍を投入し、残るのは三組だけです。
私たちはあらためて集中し、なんとか状況打破の道筋を探ります。
姚凌霜様に襲いかかってくる眷属を切り払っていきます。
『ええい、鬱陶しい蚊蜻蛉どもが! 消え去れ!』
桃剣や私たちにまとわりつかれるのに苛立った化け猫の毛皮が波打ち始めました。
二、三度、波打った後、毛皮は針金のような毛が逆立った状態になっています。
巨体全体としては猫のまま、しかし、その毛皮はまるで針鼠のようです。
「まずいっ! 桃剣陣! 雲よ、囲め!」
その時、何かに気付いた趙旭様が導引を結んで、雲の一群を動かします。
たちまち剣穂の旗が巨大化していき、化け猫を広く薄く取り囲んでいきます。
『そのような薄い防御でぇッ!』
次の瞬間、化け猫の逆立った毛が放たれた矢のように撃ち放たれました!
趙旭様が必死に桃剣陣を操って針を絡め取っていきますが、完全には防ぎきれません。
「まずい! 都に落ちる! 雲蒸して 壑浅きに似たり 雷渡りて 空地の如し! 霹靂天網勢!」
「桃剣陣、遊軍! 針を撃ち落とせ!」
姚凌霜様が眼下にある都に向かって飛んでいく流れ針を狙って術を発動し、私は預かった桃剣陣・遊軍で流れ針を迎撃します。
広範囲をまとめて攻撃する雷が的確に多数の針を捉え、無数の桃剣が針を打ち砕いていきます。
「助かる、師姪! 美桜!」
「師叔の防いだ数に比べれば、何ほどのこともない!」
『あっはっはっはっ……そうかっ! そうであったなぁ! 貴様ら相手には人間を盾にすればよいのであったなぁ!』
趙旭様と姚凌霜様の行動を見て、化け猫が勝ち誇ったような笑い声をあげます。
「相変わらず、嫌らしい化け猫です!」
薛貴妃の体を人質にしていた時と同じ手に戻りますか。
私たちは負けないまでも、このままでは多くの民草に被害がでてしまいます。
「っ、なんですっ?」
その時、眼下の都から花火のような閃光があがりました。霊気を使った合図です。
「民の避難をさせている弟子たちからだ。何かあったのやもしれぬ」
「私が行きます! 師姐はここをお願いします!」
「よし、頼む!」
広範囲への攻撃が得意な姚凌霜様がこの場に残って流れ針の対処をし、桃剣も使い果たした私は都側に向かったほうがよいでしょう。
私は急降下で合図を打ち上げたあたりへと向かいます。
化け猫の巨体から影が落ちて薄暗くなっているあたりです。
「あれは?」
降下中に御剣飛行で私の方に向かってくる一団が目に入りました。
「姫師叔! 趙師兄をお助けください!」
「避難を呼びかけている最中、怪しい人物に声をかけたところ、妖魔だったのです!」
「趙師兄が我らを逃がすためにお一人で! 築基の我らでは加勢することもままなりません!」
飛んできたのは凌雲山の弟子たちのようです。
「趙師兄とは、謖……いえ、趙謖殿のことですか? どこで?」
「はい、そのとおりです! あちらでございます!」
「わかりました。あなた方は無理をしない範囲で民の保護と避難誘導を続けて下さい」
「ははっ!」
拱手で答えた凌雲山の弟子たちを確認すると、私は示された方角へ向かいます。
ほどなく、街の屋根の上を走り回りながら戦っている謖が見えてきます。
相手は獣頭人身の妖魔、女官の服を纏っているけれど頭は化け猫、後ろ脚の直立歩行で、前肢は長い鉤爪で謖の剣と打ち合っています。
そして、怪しい光を纏っているのが見て取れます。
「いました! あの光、見覚えがあります! 金華猫の宝珠っ! 結合部は遠隔にありましたかっ!」
御剣飛行から靡干を手に持ち替え、滑空の勢いを乗せたまま化け猫に斬りかかります!
『おおっ!?』
私の剣は化け猫の鉤爪に受け流されてしまいます。
私はそのまま化け猫の脇をすり抜けて、隣の建物の屋根に着地します。
「謖っ! 無事ですか?」
「姫師叔!? 片腕はやられたが、まだやれる!」
謖は右腕に怪我を負っていますが、化け猫からの攻撃をよく凌いでいたようです。
さすがは趙旭様の甥っ子です。
『貴様っ! また、貴様かぁっ!』
化け猫が吠えますが、攻め手を緩めずに攻撃を続けます。
屋根の瓦を蹴り、化け猫に斬りかかります。
靡干と鉤爪が打ち合って火花が散り、硬質な音が辺りに響き渡ります。
「ここにいるのが本体と宝珠で、影を通じてあの巨体を動かしていたというわけですか!」
右の鉤爪を靡干で打ち払い、回り蹴りで左の鉤爪を腕ごと蹴り飛ばします。
鉤爪を構え直させる前に、靡干の刃を届かせたいのですが、化け猫はそこまで甘くはありません。
大きく飛び退いて距離を取られてしまいます。
上空の巨大化け猫に比べたら戦闘力は小さいですが、だからといって弱いわけでもありません。
「このっ!」
謖も左腕で剣を振るって加勢してくれます。
屋根の上、高い鐘楼、大きな立木を足場にしての大立ち回り、二人がかりで攻勢を続けているものの、もう一手が届きません。
「実戦の機会があれば、いつでも我が名を轟かせることができると思っていたのにっ! くそっ! くそっ!」
自分の不甲斐なさを口にして焦りを感じさせる謖ですが、剣筋は私の邪魔にならないように合わせてきます。
しかし、このままの膠着では化け猫を逃がしかねません。
「謖! 師父と師姐に伝令をお願いします! 宝珠を見つけた、と」
「あんたが行くべきだ! コレは私の獲物だぞ!」
「コイツを見つけて引きつけて、未熟な弟子を逃がしただけで十分な戦功です! ここで過信した自己像に焦るなら、あなたは趙括・馬謖の類いに堕ちますよ」
「誰だよ、それは!」
謖と言い合いつつ、私は右手の靡干で化け猫を牽制し、左袖の中で導引を結びます。
「猫騙し!」
『ンなぁぁぁっおおおおぉぉ!』
私が左手を突き出すと同時に、パンと霊気の塊が弾けて、光と音を化け猫の顔にぶつけます。
本当に猫騙しな小手先の技ですが、うまく使いこなせたようです。
「今です、行ってください!」
「くそっ!」
謖は舌打ちすると御剣飛行で上昇していきます。
「風に靡く柳の如く、水流の靡く水草の如く……霊刀・靡干の力を知りなさい!」
『宝珠の力を得た、今の我に一人で勝てると思うてかぁっ!』
「本命の力は空の上でしょう? ここにいるのは謖に誰何されるまで、コソコソ隠れていた弱点にすぎません!」
私は化け猫に向けて駆け出します!
靡干は私の日本刀のイメージを具象化した霊刀です。
手数では化け猫の両腕の鉤爪に劣りますが、両手持ちの速度では負けておらず、必要に応じて片手を空けることもできます。
互いに蹴り、肘まで織り交ぜて激しく打ち合います。
謖を行かせてしまって……やはり一人では少し辛いかもしれません。




