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挫折した天才道士は俗世の加減がわからない ~趙旭傳 江湖逍遥録~  作者: 恋思川幹


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第二十五話 趙旭、陣を敷く

 青天の空から霹靂が降り注ぎました。


『ンナオオオオオオオ!!』


 霊気の竜巻に包まれている巨大化け猫が電撃を撃ちつけられて煩わしそうな鳴き声を上げます。

 化け猫はまだ巨大な霊力と巨体をうまく掌握できていないのか、体を揺すらせるばかりです。


「雷霆万鈞網(らいていばんきんもう)」


 続けて雷は電光の網となって霊気の竜巻を包み込みました。

 そのまま電光の網が霊気の竜巻を釣り上げていきます。


『おのれぇ!』


 ますます巨大化する霊気の竜巻は雷の網に締め付けられて、中の化け猫は怨嗟の声をあげます。

 けれども、それでトドメをさせると考えるには、網が引きちぎられそうです。


「ようやく妾の出番になったが、これはちと骨が折れそうだの」


 姚凌霜様が御剣飛行で近くにやってきました。ずっと妖魔退治になるのを待っていたのでしょう。

 しかし、自身の激しい雷撃がさして効いていない様子に難しい表情をしています。


「厄介なものを持ち出されてしまったようだの。まさか、本当にあのようなものがでてくるとは……」

「姚師姪(スースィ)、あれに心当たりがあるのか?」


 巨大化した化け猫を見つめながら、姚凌霜様と趙旭様が会話を交わします。

 凌霜様はちらりと私に視線を向けて問いかけました。


「師妹(スーメイ)よ、アレは何か宝珠の類いを奪いはしなかったか?」

「はい。申し訳ありません。金華猫の宝珠なるものを奪われてしまいました」

「……やはり、か。金華猫とはすなわち化け猫、名も無き化け妖魔にすぎぬ。その昔、妾が築基であった時分に退治した化け猫でな。さしたる妖魔ではなかったので、退治した時にでてきた宝珠は弱い妖魔の妖力結晶に過ぎないものであった。故に妾の威光を示す国宝として宝物庫に収めたいという時の帝の求めに応じたのだ」

「あの有り様を説明できるようなものには思えないが?」


 やはり渡してはマズいものを渡してしまったようです。

 しかし、趙旭様も指摘するとおり、今の話だけでは化け猫の巨大化を実現するような強力な霊具には思えません。


「いや、もしや? 珠聯璧合(しゅれんへきごう)の相があったのか?」

「そのとおりだ。金華猫の宝珠はさしたる価値もない妖魔の残滓にすぎぬ。が、丁卯(ていぼう)の年、丁卯の月、丁卯の日、正卯(しょうぼう)の刻、宝珠より卯の方に生まれし、卯の干支の妖魔にとってのみ、爆発的な霊気を生み出す霊宝たりえると卦にはでておった」


 丁卯、十干十二支が一巡りするのは六十年に一度です。その年の日付と時間まで細かく指定された時間に生まれたという条件。

 加えて方角と種類まで指定されています。

 卯の干支の妖魔。日本では卯年は兎でしたが、国によっては猫。

 術式上は、あの化け猫も当てはまるというわけですか。


「師叔(スース)がきゃつが化け猫であると露見させた時点で予感はあったが……まさしく日月が璧を合するが如く、五星が珠を連ぬるが如き、万に一つにあるかもわからぬ奇象(きしょう)である。まさか本当に合致する妖魔が、ここまでやってくるとは思わなんだ。まして、妾の張った宝物庫の結界はまだ働いているのだ」


 しかし、その限定された脅威が現実となってしまったことに、姚凌霜様は悔しそうに口元を歪めます。


「それほどの奇象であればこそ、運命的に引き寄せ合うものがあったのかもしれないな」


 趙旭様はそのように語ります。

 ようは珍しすぎて、逆にフラグが立っちゃったみたいな話ですね。

 運命的な作用というのは、この世界は霊気とか風水、天数といったものの影響で迷信と切り捨てきれないところがあります。


「む、そろそろ妾の雷霆万鈞網が破られそうだ。よもや、妾の最大の術が破られようとは……」

「力押しの術だけが修仙の妙ではなかろう。相手が強かろうと、弱かろうと討伐することに変わりはない」

「そうであるな」


 凌霜様と趙旭様のやりとりに、意識を化け猫に戻してみると、電光の網がぶつぶつと千切れだしています。

 膨れ上がる妖力の力が網の強度を上回ろうとしているのです!


「戻れ、我が雷(いかずち)よ!」


 凌霜様は引きちぎられる前に電光の網を引っ込めました。敵に引きちぎられるよりも自分で回収したほうが霊力の消耗を抑えられるのでしょう。


『ンニャアオオオオオオオオオオオ!!』


 自由になった霊力の竜巻は一気に巨大さを増した後、徐々に猫の形を成して実体化していきます。


「まるで怪獣映画ですね。バカみたいに大きくて、猫らしいかわいさもない怪物です」


 あまりにも巨大な化け猫がゆっくりと都の上空を浮遊しており、都の街並みに巨大な影が落ちています。


「美桜(ビオウ)、姚師姪、私が正面を引き受ける! 珠聯璧合の相によって巨大な霊力を生み出しているのであれば、異なる二つが一つであるかのように組み合わさっていることが霊力の源である。であれば、化け猫と金華猫の宝珠、その二つの連結を断つことが勝機となろう!」

「師叔、任されよ」

「ひゃああっ!?」


 それまでずっと趙旭様に抱っこされていた私は、再び宙空に放り出されました。


「美桜(みお)ですから」


 衝撃波に吹き飛ばされて空間識失調のような状態になっていた時と違い、私が安全に飛行に移行できるとわかっているにしたって、少々扱いが雑ではありませんか?


「来たれ、我が身命の霊刀、銘を靡干!」


 私は再び靡干を手元に呼び寄せると、その峰に乗って御剣飛行を始めます。


「さあ、化け猫よ。この趙仲明が相手をしよう!」

『ああ、木っ端道士よ。貴様には恥をかかされた! だが、よい。綱渡りであったが、手を出しあぐねていた宝珠を手に入れることができたのだからな。ささやかな礼である。貴様は苦しませずに殺して妾が喰らうてやろう!』


 桃剣による御剣飛行で、趙旭様は化け猫の目前に立ちはだかります。

 対峙した化け猫は強大な存在感を放って脅しかけてきます。

 趙旭様はそんな威嚇に口訣と導引を結び、細い桃剣の上で器用にも美しい禹歩を踏みます。


「月弓(げっきゅう) 谷裏(こくり)に輝き 雲旌(うんせい) 嶺前(れいぜん)に張る」


 術の構築が進むほどに趙旭様の周囲に桃剣の分体が次々に浮かび上がります。

 一本、二本、四本、八本、十六本、三十二本、六十四本、百二十八本、二百五十六本、五百十二本、千二十四本……と瞬く間に数が膨れ上がり、さらに増えていきます。

 その剣首(柄頭)には大きな旗のような剣穂(けんすい)がついており、その様子は、弓を連ね、旌(旗)を雲のようにたなびかせる軍隊の如き数であり、無数の桃剣が占める空間の大きさは巨大化け猫にも匹敵するほどになります。


「旌旗蔽空(せいきへいくう) 桃剣陣! 天前衝(てんぜんしょう)、前へ!」


 桃剣の陣形の一角が一斉に化け猫に向かって飛んでいきます。剣穂がはためくのもあわせて、大軍の一斉突撃を思わせます。


『ンナアアアアアアアオオオオオオオオ!!』


 無数の桃剣が化け猫の首筋に殺到し、ある桃剣はその針金のように硬い毛皮に弾かれ、ある桃剣は毛皮の隙間から深々と突き刺さります。


「さすがは師叔であるな! 妾たちも負けてはおれぬぞ! 師叔の攻撃を防ぐために他の守りが薄くなるはずよ。そこを狙うぞ」

「はい、姚師姐(スーシェ)!」


 趙旭様による圧巻の攻撃に見蕩れていると、姚凌霜様が飛んできて声をかけてきます。


「待て!」


 その時、趙旭様から声がかかります。


「桃剣陣! 遊軍、美桜(ビオウ)を将とせよ! 桃剣陣の一角を任せる。うまく使いこなせ」


 桃剣陣から一本の桃剣が飛んできます。


「師父っ! ありがとうございます!」


 それを手に取ると、幾千もの桃剣が、私の意思にあわせて動き始めます。


『小賢しいわぁっ!!』


 化け猫は前肢を趙旭様に向けて繰り出します。

 巨大な前肢はスケール感を狂わせて緩慢な動作に見えますが、轟々と風切り音を鳴らしながら猛烈な速度で趙旭様に襲いかかります。


「桃剣陣! 天衡(てんこう)、備え!」


 趙旭様が導引を操ると、再び無数の桃剣の一角が動き出します。

 今度は剣として突き刺すのではなく、剣穂が大きく膨らんで一体化していき、化け猫の前肢を絡め取って動きを封じてしまいます。

 同時に陣全体をゆっくりと後退させています。都の上空から化け猫をゆっくりと引き剥がそうとしています。


「健武(けんぶ) 帯刀(たいとう)して 前後を行く、籃輿(らんよ)の羅網(らもう) 窓明(そうめい)を失す。山河 百戦 恍として夢の如し、独り皇裁(こうさい)を仰がんとして玉城に向う。 雷霆万鈞網!」


 姚凌霜様の雷の網が再び化け猫を包み込もうと広がります!

 ですが。


「妾の網では、もはや大きさが足りぬかっ!」


 その網は巨大すぎる化け猫を包み込むことができず、背中に張り付いて広範囲を焼くだけです。


『ええいっ、鬱陶しいわ!』


 それなりの威力はありますが、術の特性を活かし切れていません。

 化け猫はただ煩わしそうに姚凌霜様を睨み、排除しようと前肢を振り上げます。


「桃剣陣! 風(ふう)、前へ!」

『おのれぇ! ちょこざいな!』


 趙旭様はそうした化け猫の余所見を許しません。再び桃剣の一群が動いて化け猫を牽制し続けています。


 私はその様子を見ながら、御剣飛行をやめて靡干を手に取ります。

 当然、落下が始まります。


「桃剣陣にはこういう使い方もあります!」


 同時に桃剣陣を統制すると、私の足元から化け猫の元まで桃剣を並べていきます。


「やあああああっ!!」


 私は桃剣の上を駆け抜けていきます。

 目指すのは硬い針金のような毛に覆われた化け猫の毛並みの整っているところ!


「流れに靡く水草の如く、その毛並みの流れに靡け、霊刀・靡干!」


 桃剣陣を足場にした私の靡干が毛並みの下の肉にまで届き、それを切り裂きながら駆け抜けます!


『ええい、眷属よ、我が元に集え! このうるさい蚊蜻蛉を討ち払え!』


 化け猫は趙旭様と対峙しながら、眷属を呼び出します。

 妖気が王都に降り注ぎ、そこから虎サイズの化け猫が私と凌霜様に向けて飛んできます。

 私たちはただちに臨戦態勢になります。


「妖気を浴びせて、ただの猫を妖獣に変えたのか」

「惨いことをします」

『黙れ! 同胞たる人間で我が腹を満たしてくれた人間どもに比べたらかわいいものよ!』


 眉を顰めつつ応戦する私たちに化け猫は反論しました。


「返す言葉もありませんね」


 私は桃剣陣の上を走りながら靡干で化け猫の眷属を斬りふせていきます。


 化け猫の弱点である宝珠との連結点は、まだ見えていません。

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