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挫折した天才道士は俗世の加減がわからない ~趙旭傳 江湖逍遥録~  作者: 恋思川幹


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第二十二話 美桜、後宮にはいる

「かの妖魔を斬り捨てるのは容易いが、まずは薛貴妃の身体より妖魔を叩き出す」

「当然ですね」

「不意打ちにならぬ以上は、禹歩を踏み、口訣を唱え、導引を結んだ本式の術でなければ、薛貴妃を傷つけずに妖魔を追い出すことは叶わぬ」


 趙旭様が現状の確認をはじめます。

 取り憑かれた薛貴妃ごと斬り捨てるのは、趙旭様には難しいことではありません。私のほうはまともにぶつかれば六分から七分といったところでしょうか。

 そうはいかないのが今回の厄介なところです。


「美桜(ビオウ)よ、そなたが妖魔を取り押さえよ。私の逐邪離身が完成するまで術圏に押しとどめるのだ」

「私一人でですかっ!? 無理ですよ、斬り捨てろというご命令ならばまだしも!」


 正面から斬りあえば、私にはやや分があるという見立てで負ける相手ではありません。

 ですが、それは油断はできない相手ということでもあります。

 それを傷つけずに時間稼ぎしつつ、その場に釘付けというのは苦しい注文です。


「まだ妖魔が薛貴妃に取り憑いている以上は、正式な門派の掌門である姚師姪(スースィ)は不文律に従って手を出せない。すでに公然と皇族に術を使って、不文律を踏み越えた我らとは立場が違う。であれば、美桜(ビオウ)、そなたしかおらぬではないか」

「それはそうですが……」

「霊刀の使用を許可する。そなたの霊刀は靡くことをもって干(たて)となす。傷つけずに時間を稼ぐのはむしろ得手だろう」


 確かに私の霊刀(れいとう)・靡干(みかん)は痛いのは嫌だからと磨いた防御寄りの霊刀術です。


「ちょうど、この下の広場は外廷と内廷の境界だ。見通しもよく、動きに制約が少ない。私はここで術式を組む」

「妖魔をどの範囲に留めておけばいいのですか?」

「ここで術式を組むならば宮中の敷地内が目安となろう。そなたの霊気と妖魔自身の妖気を目印に術を放つ」

「私の位置も?」

「動き回られている時、そなたの動きと考え合わせれば、どう動くのかを読み取れる」


 さらっと難易度の高そうな話をしていますけれど、趙旭様ならやってのけるのでしょう。天才ですものね。

 ただ、それも私が薛絳華に追いついて、対峙していることが前提です。


「わかりました、時間は?」

「三百を数えるほど……妖精人の刻に言う五分だ」


 考えていたよりは緩い条件でしょうか。逐邪離身の術を使う趙旭様の視界内にまで誘導し、そこで押し留めるという条件であったら厳しかったですが、宮中の範囲内という広さなら。


「そなたならできると信じている」

「……わかりました。やってみます」


 趙旭様のお墨付きをもらっては臆してばかりもいられません。

 趙旭様が「できる」というなら、私が全力で取り組めば「できる」のですから。


「頼んだぞ、美桜(ビオウ)!」

「ひゃっ?!」


 趙旭様の腕に抱かれていた私は空中に放り投げられました。


「ああ、もう! 来たれ、我が身命(しんみょう)の霊刀(れいとう)よ! 銘を靡干(みかん)!」


 放り出された空中で幻術で必要もない変身エフェクトを作りながら、霊刀・靡干を呼び出し、服装も華ロリ風チャイナドレスに変化させます。

 呼び出した靡干の峰に足を置くと御剣飛行で後宮に突入します。


 突入の直前にちらりと背後を見た時、趙旭様は元の広場に降りたっていました。

 掲げた桃剣で衛士たちを牽制し、槍の穂先を避けた先で禹歩を踏み、衛士たちを華麗にあしらっています。

 さながら舞踏のような美しい禹歩を踏み、導引を結んでいる様は取り押さえようとする衛士たちさえ、その舞を支える群舞のようです。

 できれば護衛と称して、あの美しい舞踏を見続けていたかったです。


 皇帝陛下と薛絳華はすでに後宮の奥へと下がっていきました。

 それを追いかける私は、恐らくは警備と防衛のために複雑に入り組んだ建物内を右へ左へと飛び抜けます。

 パニックになる女官や宦官たちの頭上をすり抜け、御簾を突き破り、廊下の角を曲がるために壁面に刀傷を作りながらのギリギリのコーナリング。


「妖気を隠そうともしないから!」


 薛絳華の居所はすぐにわかりました。妖気の出所へと向かいます。

 移動速度を考えると皇帝陛下か、女官などが同行しているのでしょうか? 一目散に逃げ出したりせずに、まだ薛貴妃として後宮に留まる腹積もりでしょう。


「でも、私にはそのほうがありがたいですっ!」


 長い廊下の角を曲がったところで皇帝陛下と薛絳華を中心とした一団を視界に捉えたので着地しました。

 彼女らは行き止まりの、立派で重厚な扉の前で立ち止まり、何やら話しています。


「鳥身 看るも見えず 疾く」


 移動していないなら都合がいいです。

 私は口訣を唱えて、気配を消しながらゆっくりと近づいていきます。


「絳華よ、この宝物庫の出入り口はここだけぞ? 入っては退路が断たれよう」

「いいえ、この宝物庫には清浄なる結界が張られており、皇祖帝君と昭霊護国公主様に賜った魯室の霊宝に囲まれていれば、邪悪な左道道士の企みから御身をお守りすることもできましょう」

「おお、そうか! さあ、入るぞ、絳華よ」


 皇帝陛下が扉に近づくと、結界があるのでしょう、一瞬、分厚い霊気の揺らぎが可視化され、波紋のように輝き揺らぎました。

 女官や宦官たちも陛下に続いて結界に入りますが、薛絳華だけがその中に入ろうとしません。


「絳華よ、どうした? 宝物庫に入るのではないのか?」


 おそらくは姚凌霜様が張った破邪の結界でしょう。

 宦官や女官も入れたので人間相手の防犯ではなく、邪悪な者に対する結界であることがうかがえます。


「陛下、今のわたくしは呪われし身でございます。清浄なる結界の張られた宝物庫に入ることはできません。ですので、ここで狼藉者を食い止めます!」

「柳弱花嬌(りゅうじゃくかきょう)の身であるそなたが、狼藉者に立ち向かうなど無理ではないか」

「いえ、わたくしは呪いのせいで恐ろしい力を手にいれてしまったようでございます」


 薛絳華は両手を皇帝陛下に見せると、その指先から鋭い鉤爪が五本伸びていきます。

 私や趙旭様と戦っても不自然ではない理由付けを皇帝陛下に向けてしている……というわけですね。


「おお……なんということだ……そのような悍ましい姿になってしまうとは……」


 皇帝陛下は慄き嘆きます。その言葉を聞いた薛絳華の背中がぶるりと震えます。

 妖魔としての本性を罵られたことへの怒りでしょうか?


「ですが、これで陛下をお守りできるのならば本望ですわ」

「ああ、絳華よ。痛ましくも獣の姿になっても、朕のことをそのように思うてくれるのか」


 皇帝陛下は無自覚なのでしょうが、繰り返される妖魔の姿への罵りに薛絳華の妖気が噴き出しています。


「ですが、わたくしには呪いを解く術に心当たりがございます。時の皇帝陛下が昭霊護国公主様に乞うて宝物庫に納めた金華猫(きんかびょう)の宝珠をお持ちください」

「昭霊護国公主様の金華猫退治の伝説の、か?」


 昭霊護国公主、つまり姚凌霜様がまだ築基(ちくき)期であった頃に金華猫を退治した話は、昭霊護国皇祖帝宮《しょうれいごこくこうそていきゅう》の近くの演し物でよく語られる英雄譚で、人口に膾炙しています。

 しかし、築基は言ってみれば修仙の戦闘力としては下っ端であり、その時代に退治された金華猫も弱い妖怪に過ぎません。

 そこから採れた宝珠など霊力、妖力の観点からはさしたるものではないはずです。

 なぜ、そんなものを? 名指しで?


「わたくしにかけられた呪いによって、猫の姿にされております。金華猫の宝珠があれば、呪いは猫同士で惹かれあい、わたくしの身から去ることでしょう」

「わかった、待っておれ! そなたたち、金華猫の宝珠を持ってくるのだ」


 皇帝陛下は一緒に宝物庫の結界の中にはいった宦官や女官に命じます。


「しかしっ! この宝物庫は本来、皇室の方々だけしか入ることが許されません」

「構わん! 緊急事態であるゆえ、朕が許すのだ!」


 いえ、わざわざ名指ししている以上は何かしらの目論見があるはずです。

 ここで趙旭様の術の完成をただ待つべきではありません!


「皇帝陛下、なりません! 薛貴妃に取り憑いた化け猫の妖魔は魯室の仙宝を使った何かを企んでいるのです!」


 私は気配消しの術を解除して、大きな声で皇帝陛下に自重を求めます。

 そこで初めて一団が私に気付きます。


「魯室を乱す化け猫の妖魔よ! 大人しく薛貴妃の身体から出ていきなさいっ!」


 私たちの大義は宮中から妖魔を追い払うことですから、皇帝陛下や人々にそれをあらためて表明します。


「陛下、左道の者の妖言に惑わされてはなりません! わたくしがこの身に変えても陛下をお守りいたします!」


 薛絳華は皇帝陛下を守るように背を向けて、私に顔を向けてきます。

 気配を消して近づいた甲斐もあり、前門の私、後門の結界で、薛絳華をこの場に釘付けにできる間合いです。

 左右の壁を破壊しようとしても逃げるよりも先に私の刃が届きます。

 

「何を言うか、無法なる左道の者よ。朕の寵姫はこんなにも健気なのだ! それを化け猫呼ばわりしたこと、決して許しはせぬぞ!」

「チッ!」


 皇帝陛下は薛絳華の言葉に感激して、私の言葉を否定します。

 けれども、化け猫呼ばわりに薛絳華は忌まわしげに眉根を顰めて舌打ちします。

 皇帝陛下が薛絳華をこのように信頼されていては、いよいよお尋ね者は避けられそうにありません。


「この性悪妖魔。先程から見ていれば、次から次へと皇帝陛下を誑かす虚言の数々、よくも口が回ります。それなら、化け猫呼ばわりも神妙に受け入れればよかったのでは?」

「侮辱するんじゃないわっ!」


 薛絳華の『侮辱するな』という言葉ははたして、貴妃という身分に対するものでしょうか、化け猫呼ばわりに対するものでしょうか?

 怒り心頭の薛絳華は私に向かって飛びかかってきます。


「靡くをもって干(たて)となす」


 右腕の鋭い刺突から、左腕を横薙ぎにする連撃を、私は水草が水流に靡くように身をかわします。


 これこそが相手の剣気を感じ取り、靡くように受け流す「靡くをもって干となす」霊刀・靡干の力です。

 正確には剣に限らない攻撃の意思全般を感じ取り、それに対応する力を強めてくれています。

 靡干は武器としての機能も持ちますが、センサー的な機能を持たせた霊刀なのです。


「おのれぇ、ちょこまかとぉ!」


 そして、今の斬り合いでわかったことがあります。


「化け猫の妖魔……あなた、人を殺して亡骸を、屍肉を喰らいましたね?」




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