第十八話 美桜、嫉妬す
【三人称視点】
「お初にお目にかかります。魏修と申します」
「妹の貞衡です」
「だーうー」
「この子は従弟の魏成です。趙道長の奥方様と伺いました。趙道長には大変お世話になっております」
美桜が連れてきた魏修、魏貞衡、魏成は礼儀正しい挨拶をする。
年少の魏成はさておき、魏修と貞衡は育ちのよさが姿勢や所作から伝わる。
「すでに仲明様の妻ではありませんが、王婉児と申しますわ」
「失礼いたしました、婉児様」
婉児が自分がすでに妻ではないことを告げると、魏修はすぐさま頭を下げる。
素直で聡い魏修を、微笑みを浮かべて見つめ返す。
美桜が余計な気を回したのだろうと、婉児は笑顔の裏に一言言いたい気持ちを抑え込む。握る手に力がこもった。
「魏修、貞衡、魏成。私はこれよりそなたたちの一族の仇となった妖魔を成敗する。その仕込みができあがった」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「趙道長、ありがとうございます!」
趙旭が告げると、魏修と貞衡の表情が明るくなった。
ついに具体的な仇討ちが始まるのだと期待したのだ。
「だが、その間、私と美桜はそなたたちの面倒を見ることはできぬ。そこでこの王婉児の家に預かってもらうことにした。よいか?」
「このようないい子たちであれば、大歓迎ですわ。よろしくて、魏修、貞衡、魏成?」
けれど、趙旭と婉児が打ち合わせた三人の今後について語ると、二人に困惑の表情が浮かんだ。
「私たちはお邪魔ですか?」
貞衡が疑問を口にした。
趙旭に向ける強い視線は、仇討ちの最終局面で除外されることに対する抗議であった。
聞き分けのいい魏修は妹に先を越されたが、覚悟は同じなのはぎゅっと握りしめた拳に見て取れた。
趙旭にとってその言葉は想定済みである。しかし、しっかりと受け止めて吟味してみせる。
「貞衡と魏修の助力を得れば、確実性の高まる策もある」
趙旭はそう答えた。
二人にもできることがあると告げて、二人の心を慰める。
「だが、危険だ。策が失敗した時、私と美桜だけであれば力押しに妖魔を討ち取ることもできる。しかし、そなたたちを守ることと妖魔を討つことの両立はできない」
貞衡たちを置いていく理由を、目的の完遂のためと位置づける。
趙旭と子供たちの視線がしっかりと交わる。
「わかりました。貞衡、これ以上、道長を困らせてはいけないよ」
「でも、お兄様……」
先に納得したのは魏修で、貞衡を宥める側にまわる。
貞衡も反論しようとするものの、それ以上は言葉が浮かばずに俯いてしまう。
「婉児の父は県令を務めている。地方官であるが、私が信頼できる縁者では、もっとも高位の官人だ。そなたたちの家を復興するのに、いずれ後ろ盾になってくれよう」
都で魏家に与する者に託したほうがよいのかもしれない。
しかし、趙旭たちには子供たちを守りきるだけの気骨や実力を持つ者を見定めている余裕まではなかった。
「わたくしがあなたたちの家名に恥じないよう養育いたしましょう」
「御心遣いに感謝いたします。婉児様」
婉児が告げると、魏修は頭を下げ、貞衡もしぶしぶそれに倣うのであった。
「趙道長、美桜様。どうか、父母、祖父母、叔父たちの仇を取ってください」
魏修は次に趙旭に自分の想いを託す。
その隣で貞衡が思いついたように腰の帯に手を伸ばす。
「趙道長。私の代わりに、この子を連れていってください」
そう言って貞衡が差し出した小さな両手のうえには、帯から外した小さな香嚢が乗っていた。
「お母様の形見の香嚢に、趙道長と一緒に集めた小蘭草をいっぱい詰めました!」
必死な眼差しを向けてくる貞衡に、その両手を包み込むようにして趙旭は香嚢を受け取った。
「貞衡よ。この香嚢をそなたたち兄妹と思って、私は戦場に臨もう」
「は、はい! どうかお願いします!」
趙旭の行動と言葉に貞衡は頬を赤く染めながら返事をした。
「はぁ……婿選びには苦労しそうね」
「本当に」
貞衡の様子に婉児は呆れたように呟き、聞いていた美桜は同意した。
「魏修もそれでよいか?」
「はい! 趙道長、短い間でしたが、本当にお世話になりました! ……また、お会いしてお礼を申し上げられますよね?」
「もちろんだ。私は妖魔などに後れはとらない」
魏修が最後に気にしたのは恩人の身の安全であった。
だから、趙旭が力強く答えたことで、魏修は憂いが晴れた顔を見せた。
こうして、王婉児は三人の子を連れて郷里へと帰っていった。
「行ってしまいましたね。寂しくなります」
「ああ」
婉児と子供たちを乗せた馬車が大路の雑踏に消えるまで見送った趙旭と美桜。
「師母はどうして覆水を盆に返さなかったのでしょう?」
「わからない。だが、あの時の婉児の顔は美しかった」
「今更ですか? 師母は巡り合わせがよければ皇帝陛下の妃にだってなれる美貌ですよ」
何気なくつぶやいた疑問に、驚きの返事をした趙旭に美桜は呆れた。
婉児は、趙旭に並んで似合いの夫婦であったのだ。
凡婦であろうはずがない。
「顔立ちの話ではないよ。美桜、そなたがかわいらしいようにな」
「私は顔だけが自慢の残念美少女ですよ!?」
自分への飛び火に驚きの声をあげる美桜。
前世が男性であったという感覚は、自分を純正の美少女とは定義付けさせないのだ。
「そうやって私に対して自分を飾り立てないところがだ」
「そりゃぁ、まあ……」
美桜に趙旭と恋仲になろうという意識は薄いので、弟子として励みはしても女性として迫るつもりは毛頭ないのである。
「婉児が覆水が盆に返るはずがないといった時、婉児は私に囚われていなかった。共に何かをなせる関係になれた」
「まるで師父のほうがフラれたみたいじゃないですか」
「ああ……なるほど、フラれた、か。これは初めての体験だ」
「このイケメンが……」
趙旭が本当に素朴に感嘆していることが、妙に悔しい美桜であった。
次回より、いよいよ後宮編!
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