第十五話 薬屋の売り口上
昭霊護国皇祖帝宮の門前に構えた屋台で、趙旭様の達筆による幟を掲げました。
すると待ち構えていた人々がわっと押し寄せてきました。
「さあさ、霊妙清心潤顔明肌丹っ。昭霊護国公主様の紹介状を携えて、昭霊護国皇祖帝宮の客分道士として迎えられた、趙道長の調合したる霊妙なる薬でございます!」
大きな幟に霊薬の名前を書いてもらった時、趙旭様は少々呆れていましたが、一ヶ月ほどでこうしてお客さんが列をなすまでになりました。
やはり姚凌霜様の紹介状という肩書が圧倒的な信頼をえて初動がよかったのは幸いでした。
「一粒飲めば、たちまちに顔に潤いがあふれ、肌は明るくなる! 人界の薬は肉体に効きますが、修仙者の若さの秘訣、霊力を蓄えた霊薬は魂魄に効くのでございます!」
趙旭様の霊力を注ぎ込んだ霊薬は、体内の霊力を活性化させ、人間の新陳代謝を高め、シワの解消や肌の改善を促します。
霊力を籠めた霊薬は普通の薬よりも効能が見えやすく、販売の翌日には肌の張りを取り戻した奥様の自慢が口伝てに評判を広げていきました。
「一包ちょうだい!」
「私は三包よ!」
「筐でまとめて売ってくれ! 奥様が大層気に入られたんだ!」
「献上品にしたいのだ! ぜひとも趙道長の一筆をいただきたい!」
今では都の老若を問わない女性たち、良家の召使い、贈答品を求める官人など、様々な客層がやってきます。
「皆様、慌てずにお並びください! はい、慌てずにお願いいたします」
私はお客さんをなだめながら、列整理をしていると、遠くから怒号が聞こえてきました。
「どけ、どけぇい!」
「下郎ども、道を開けぬか!」
人混みを乱暴にかき分けてくる馬車を中心とした一団がこちらへ迫ってきます。
道行く人々が一団を避けようと押し合いへし合いしているうちに、中には転んで屋台をひっくり返す人までいるほどです。
それでも、一団を避けようとするあたり、関わり合いになりたくないことで評判のお偉いさんなのでしょう。
「恐れ多くも魯国の功臣、洛黄門侍郎様のお成りである!」
その言葉が聞こえる距離まで迫ると、私の屋台に並んでいた人達も避けようとしていきます。
私の耳にも悪評が届いている薛貴妃絡みの佞臣の一人です。
「薛貴妃に取り入って出世した洛だろう?」
「政敵を貴妃に誣告して……」
「しっ、めったなこというんじゃないよ」
道を譲らされる人波の中から、小さな舌打ちや恨み言、怖れる声がさざ波のように広がり、そして沈黙へと変わります。
こうして商売をしていると、都にやってきたばかりの頃に比べて、政治の乱れが民衆の生活にもじわりと影を下ろしているのを感じられます。
やがて馬車の一団は私の屋台の前で止まりました。
馬車の中の人物を窺うことはできませんが、一団の付き人らしき厳つい男が近づいてきて私を見下すようにじろじろと見てきます。
「小娘、霊妙清心潤顔明肌丹とやらを売っているのは貴様か?」
「はい、そのとおりでございます。高貴なお役人様がどのようなご要件でしょうか?」
私は拱手して、男とその背後の馬車に向かって頭を深々と下げました。
「洛侍郎様が薛貴妃様に献上品に選んでやった! 丹薬をことごとく差し出せぃ!」
釣り針に魚が食いついてきました。
「皇帝陛下のご寵愛を賜る薛貴妃様へ、陛下の覚えめでたき洛黄門侍郎様からの献上品でございますか?」
「そのとおりだ」
「洛侍郎様から、薛貴妃様への献上品ともなれば、貴人の中でも特別な貴人に差し上げるもの。路上で売りさばく丹薬と同じものではご無礼になると、我が師父より言いつけられております」
「貴様っ! 我らには譲れぬと申すか! 戯けたことを申すと斬り捨てるぞ!」
私は事前の作戦どおりにお断りすると、付き人は顔を真っ赤にして剣を抜きました。
ちゃんと説明しているのも聞かずに、ずいぶんと気が短い男のようです。
「我が師父より貴人に献上する霊薬は別に相応しきものをご用意さしあげるので、そのような方々が参られたら皇祖帝宮の客房にご案内するようにと言いつかっております」
「なんだとぉ!?」
「これ、そのように脅すものではないぞ」
その時、馬車の中から意外と穏やかな、けれども甲高い声がかかりました。
それまで顔を真っ赤にしていた付き人は、さっと顔色と剣を戻すと、主人と私の会話を邪魔しないように横にずれます。
「その売り物の丹薬よりも特別なものがあると申したな」
「はい。師父より、そのように承っております」
粗暴な部下で威圧しつつ、自分は寛容な人物を装う。
ヤクザのやり口を綺麗に踏襲しているのは、佞臣の面目躍如でしょうか。
「よかろう。その師父とやらに会わせるがよい」
馬車から降りてきた洛侍郎は、神経質そうな細身の中年男でした。
豪華な玉佩と玉帯を自慢げにじゃらじゃらと鳴らしながら、その音を自分で疎ましそうにしています。
「ただいま、師父を呼んで参ります。洛侍郎様は皇祖帝君と公主をお参りしながらお待ちくださいませ」
私はそのように案内します。
並んでいたお客さんたちには申し訳ないですが店仕舞いとして、趙旭様を呼びに向かいました。
裏で趙旭様と軽く打ち合わせをした後、洛侍郎のもとへと向かいました。
「お待たせいたした。貧道は趙旭と申す道士でございます。高貴なるお方に私の薬を献上したいとの仰せと聞いて参りました」
「う、うむ」
美貌の趙旭様が堂々たる様子で優雅に語りかけると、洛侍郎は気圧されたように頷きました。
しかし、市井の道士に舐められたものかとばかりに威儀を正すと、趙旭様を見下す尊大な表情を作ります。
「いかにも皇帝陛下のご寵愛を一身に集める薛貴妃様への献上品である!」
「それは光栄の至りでございます」
居丈高ではありますが、洛侍郎がいかにも虚勢を張っているのが察せられます。
対する趙旭様は言葉遣いこそ丁寧ですが、いつものように修仙の実力者としての風格を見せており、会話の主導権を握っています。
「特別なものを用意できると聞いたが如何なるものか?」
「はい。もしも、洛侍郎様のお力で宮中に参じることが叶いますならば、貴妃様の御前にて霊薬を調合し、茶碗一杯で十歳若返る霊薬をご用意いたしましょう」
「そ、そのような薬ができるのか?」
洛侍郎は驚愕したように問いかけます。
「深山幽谷の霊妙なる地より集めました素材を厳選し、蓄えた霊力をもって魂魄に働きかける薬でございますれば」
「おお、素晴らしい! いや、しかしのう……」
洛侍郎は喜色を浮かべますが、何かに気付いたように難しい顔になります。
「それがしとて、いきなり無位無官の道士を宮中の御前に出すことは叶わぬ。どうしても、御前でなければならぬか?」
「さすれば、まずは貴妃様にこちらをお試しいただくのはいかがでありましょう」
趙旭様が袖から飾り付きの筐を取り出し、洛侍郎に差し出しました。
「これはなんじゃ?」
「御前にてお作りしたい霊薬を、保存の効く丹薬に練ったものでございます。市井に商っている丹薬の三倍ほどの霊力と考えていただければよろしいかと」
趙旭様が少しだけ筐の蓋を開けてみせると、薫風爽やかな香りが立ち昇りました。
「おお、これは素晴らしい! それがしから薛貴妃様に献上差し上げるのに相応しいぞ!」
洛侍郎は付き人に受け取らせるのも忘れて、自分で筐を受け取ると甲高い声で喜びをあらわにしました。
「御前での霊薬調合の機会をいただければ、その霊力はさらに三倍となります」
「この筐の丹薬を気に入っていただけたならば……さらなる効能を薛貴妃様がお求めになろう。その願いを叶えるのはそれがし……ひっひっひ」
洛侍郎は自分の手柄を立てる算段を立てているのか、にやりと口を歪めました。
「御前での調合の件、この丹薬を献上する時に薛貴妃様に奏上差し上げようぞ」
「何卒、よろしくお願いいたします」
こうして、洛侍郎は帰っていきました。
「霊力の話を強調しましたし、後宮の妖魔も餌に食いつくでしょうか」
洛侍郎が去った後で、私は趙旭様に問いかけます。
「問題あるまい。宮中に閉じ籠もった妖魔は、深山幽谷の清浄な霊力には飢えているだろう」
「迂闊に外界にでれば、姚師姐たちに討たれる危険がありますからね」
「後宮に潜り込んだのは妖魔にとって難攻不落の城を得たに等しいが、うかつに抜け出せぬ牢である」
趙旭様の言葉に作戦の成否への不安が和らぎます。
「趙道長。お客様が参りました」
その時、皇祖帝宮の道士の一人が声をかけてきました。
「はて? また、霊薬を求めてきた者であろうか?」
「それが……離縁した奥方だと申しております」
「なんと、王婉児か?」
思いがけない来客がやってきたのでした。
思いがけない来客です。
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