第十四話 美桜、山中に黙考す
「てりゃああぁぁっ!」
私は頑丈すぎる岩石巨人に渾身の蹴りをお見舞いします!
「いったあぁぁっ! もうっ、今のでも砕けませんか」
ですが、蹴った私のほうが足の痛みに声をあげます。
霊気を纏わせた蹴りでなかったら、真面目に私のほうが怪我をしていたでしょう。
「仕方がありません。師父には未熟なうち頼りすぎるなと言われていますが……ここは使いどころです」
霊薬の素材集めにやってきた霊山。
鉱石系素材の採れる岩場で遭遇したのは、岩石でできた妖獣・岩巨人でした。
私は岩巨人から距離をとり、道印を結び、禹歩を踏みます。
「来たれ、我が身命の霊刀よ! 銘を靡干!」
幻術で必要もない変身エフェクトを作りながら、霊刀・靡干を呼び出し、服装も華ロリ風チャイナドレスに変化させます。
今の私は男性向けソシャゲのちょっとエッチな中華系美少女です!
「前世で中学生の時にとった剣道初段の腕前、見せてやりますよ!」
身の丈よりも長い野太刀形状の靡干を手に岩巨人に向かっていきます!
「風に靡く柳枝、水に靡く水草、流れをもって干となす!」
振り下ろされる巨岩のような拳をゆらりゆらりと潜り抜け、岩巨人の足元までやってきました。
岩の硬さに逆らわず、流れに靡くように靡干を振りぬきます。
ただ、そこにある岩巨人の脚を斬れる流れに刀身を通したかのように。
ずずん……
岩巨人の巨体が脚を失い、もんどりうって倒れます。
「オシャレは男性に見せるものではなく、自分の気持ちを盛り上げるものって言ってた女性アカウントの気持ち、今はよくわかります!」
趙旭様はこの格好をはしたないと言って好みませんので、私が私のために趣味だけで着ている衣装です。
でも……。
「私のテンションは爆上がりです!」
岩巨人は上半身で這いずりながら、私を叩き潰そうと腕を振り上げてきます。
振り下ろされる巨岩をゆらりと避けて、流れのままに靡干を振るって岩巨人を粉々に斬り刻みます。
「未だに剣道初段の腕前だと誰がいいましたか? 剣道初段に、師父にしごかれた三十年の研鑽です」
私は靡干をくるりと回して背中に担いで、決めポーズ。
「なーんて、誰も見ても聞いてもないんですけどねっ」
岩巨人も崩れ去って、静まり返った静寂の中で私のおどけた声だけが響きました。
「……ふぅ、素材を探しますか」
私は素材探しを再開しました。
その後、素材集めも半ばまで終えたものの、一日では終わらないので私は霊山の中で夜を明かすことにします。
「ここをキャンプ地とする!」
「ここをキャンプ地とする」
「ここをキャンプ地と……」
思い切り声をあげますが、誰も応えることはなく、ただ木霊が響くばかりです。
霊山には霊気の吹き出す霊穴がよくあり、霊穴のある場所が霊山と呼ばれます。
修仙の場として適している一方で、岩巨人のような妖獣も出没しやすいので人が暮らすには向いてません。付近には誰一人もおらず深閑としています。
「やれやれ、どうにもひとりごとが増えて、いけないですね」
そんな霊穴になっている岩場を見つけ、符陣を描いて坐ります。
霊山での修仙中は、睡眠よりも、この回復と修仙を兼ねた打坐で過ごすことが多いです。
下山する前は趙旭様と二人でこうして夜を過ごすことが数え切れないほどです。
打坐の瞑想の中で、霊穴から噴き出してくる霊気を浴び、体内へと循環させていきます。
渺々たる深閑の中で、ぽつんとちっぽけな一点になったような。
渺々たる深閑そのものになって、すっぽりと霊山を包み込むほど巨大になったような。
他者を感じることがない瞑想の中に、自他の境界も曖昧な状態に沈み込んでいきます。
「……そういえば、師父とこんなに離れているのは久しぶりです」
打坐をする時、いつも隣で存在感を放っていた趙旭様がいない、それで感じ方が変わっているのに気付きました。
素材の収集中にもひとりごとが多く、妙に気分を高揚させていました。
知らず知らず、趙旭様がいないことに寂寥感を覚えていたのかもしれません。
「いやいや、恋する乙女じゃないんですから」
声にだして、否定はしてみるものの……。
趙旭様と出会ってから三十年あまり。ずっと一緒にいることが当たり前になっています。
前世では家族であっても、これほど片時も離れないということはありません。
前世は男でしたが、現世の肉体はこれでも女性です。
これほど一緒にいる男女の仲に、恋とか愛とか、そういうことがあっても不思議ではないと言えば言えます。
「そんな感情、師父と私の間にあるでしょうか?」
ずっと一緒にいた趙旭様と離れていることに感傷的になったのか、そんな疑問が浮かんできました。
弟子であることは大前提で、三十年のうちのほとんどを二人きりで修仙一筋に励んでいました。
三十年も一緒にいれば、気安い馴れ馴れしさもありますけれど、どこまでも上下関係でほどけそうにないと感じます。
「恋人はもちろんのこと、友達という感覚にもなれないですよね。出会いからして上下関係が定まった感じでしたし」
そもそも出会いが、認識不足とはいえ、私が村人に迷惑をかけていたのを「退治」された格好です。
戦いもせず全面降伏したので「お前、なかなかやるな?」という戦後の友情にもならず、確定的な上下関係です。
「でも、あの娘たちとは合意の上の関係だったんですから「退治」されたのは不本意です。家長の了承をえていなかったというだけです」
前世なら女性の決断に家長がどうこう口出しするなんてSNSの炎上案件ですよ。
よくも悪くも前近代的な価値観が色濃く存在する世界です。
例えば、董員外の媒酌で縁談が進んだ時もそうです。
「婉児様を正妻に迎えるのを躊躇う素振りもありませんでした。私を嫁候補に考えていた様子はありません」
この世界で恋愛結婚は主流でないこと、董員外の顔を立てる必要があったこと、私が人界に出自を持たない妖精人であること。
そうした社会的な事情を差し引いても、私のことは結婚相手としてまったく眼中になかったように思えます。
社会的な結びつきでもある婉児様との関係は、少なくとも趙旭様は夫婦としてやっていこうと努力はしていました。
「その割に私を遠ざけようとしなかったですし、そばにいてくれるのは美桜だけ、なんて言ったりもするんですよね」
双修のような修練方法もあるので、私は世間的には愛人と思われても仕方ない女弟子です。
私はそうした視線をちょっと楽しんでいましたが、趙旭様からすればご自分の社会的評判を下げるばかりです。
「いわゆる、おもしれー女枠でしょうか? 師父は絶世の美青年ですし、モテるより先に女性との人間関係がぐちゃぐちゃになっていそうです」
都の大通りで歩いているだけで、周囲の女性たちの熱い視線が趙旭様に、嫉妬の視線が私に突き刺さっていました。
実際に趙旭様に声をかけてくる女性だって珍しくありません。
「前世が男の私でさえ、現世は女性の身体だからと双修のお相手もやぶさかではないと思っているくらいです。生まれついての女性たちは、どれほど心乱されているのでしょう」
思い出すのは前世で読んだブログ記事。
明らかにオーラが違うイケメン利用者が、筆者のバイト先の職員や利用者の女性たちを愛憎の渦の中に突き落としていく様を書き綴った目撃談です。
本物のイケメンのモテ方がああいう魔性じみたものであるなら、「おもしれー女」の発生するメカニズムは絵空事ではなく、惑わされずにいるのが困難だからこそ「おもしれー女」に絶大な価値があるのだと感じたのが印象に残っています。
「私にとっての師父の魅力は、認められたら誇らしいと思える強者、でしょうか。多分、そういう男目線だからずっと一緒にいられるのでしょう」
趙旭様は頼りがいのある実力者です。戦いにあっても常に泰然とした様子で軽やかに勝利します。
太霄道尊の末の直弟子として修仙界でも一目置かれる地位もあり、それに相応しい風格も備えています。
騎士とか侍が仕える君主として選びたくなるような、そういう意味での魅力的な男性です。
「下山してからちょっと浮世離れしたところが目につきますけれど……それはそれで、わかりやすく役に立てるから嬉しいですし」
自分の役割があるという手応えは自己肯定感を高めてくれます。そういう仕事はこの後にも控えています。
「でも……未だに"ビオウ"呼びをして、前世由来の"みお"と呼んでくれません」
渡谷さんをちゃんと「わたや」と呼んでいた趙旭様、私を「みお」と呼んでくれた姚凌霜様の事例に、最近になって遭遇しました。
趙旭様は意識的に私の呼び方を決めていたことがわかります。
一体、なぜ?
「……ああ、もう、雑念だらけです!」
こんな風にあれこれ考えて休めない夜はひさしぶりです。
もやもやを抱えて夜を過ごし、翌日はさっさと素材を集めて都に帰りました。
「戻ったか。ご苦労だったな」
「師父、頼まれていた霊薬の素材を取りそろえて、ただいま戻りました」
私は拱手して任務成功と帰還の報告をします。
「それはよいが……その破廉恥な格好で街を歩いてきたのか?」
「あっ……」
着ている物を普段着に戻さずに帰ってしまった私は、趙旭様に小言を言われてしまうのでした。
やっぱり考えすぎたのがよくなかったですね。
雑念はおいて、ここからは私の仕事の出番です。




