第十三話 美桜、趙旭に怯ゆ
【趙旭視点】
「趙旭様っ! お花、採れました!」
魏貞衡が趙旭のところに駆け寄っていく。
その手に小さな花を咲かせた植物を持っている。
「貞衡、よくやってくれた。確かに小蘭草だ」
「えへへ」
趙旭が頭を撫でてやると、貞衡はとても満足そうに笑顔を見せている。
美桜に霊薬の素材を取りにいかせてから数日、趙旭は都の郊外で霊薬の素材を集めていた。
「趙旭様、私にも薬草を探させてください」
「だうー」
魏修が不満そうに訴えると、その背中におぶわれた魏成も声をあげる。
「ダメよ、お兄ちゃん。成の面倒は交代でみるようにって言われたでしょう」
「むぅ……」
魏修たちは張りつめていたものが緩んできたのか、子供らしい振る舞いを見せることも増えてきた。
同時に家族を失った寂しさを日に日に自覚していき、夜、泣いていることも趙旭は承知していたから、仕事を振るようにしていた。
「でも、小蘭草はどこにでも生えている花です。これが霊薬の材料になるのですか?」
「小蘭草は特別な植物ではないが、気性が素直だ。霊力を注げば、しっかりと霊力を蓄えてくれる」
「では、霊力を注がなければ、ただの草なのですか?」
「そういうことだ。飲み込みが早いな、魏修は」
趙旭は魏修の頭も撫でてやった。やっていることが徒労ではないのだと実感が必要なのである。
「霊草にはただそれだけで希少な効用を持つものもある。ありふれた草花が条件によって霊草になるというものもある。小蘭草はその典型といえよう」
「美桜様が採りにいかれたのも、そうしたものですか?」
「ああ、そのとおりだ」
魏修の口から出た弟子の名前に、素材集めに向かわせた美桜の顔を思い浮かべる。
趙旭と美桜の出会いは三十年ほど前に遡る。
「美桜(ビオウ)娘娘?」
趙旭が初めてその名を口にしたのは、回国修行で南方の村で宿を借りた時のことであった。
土楼の祖堂に祀られている見知らぬ神の名を、何気なく読み上げた。
「ああ、それは数年前からこの辺りに棲み着いた白狐の妖精ですじゃ。なにくれとなく、村を助けてくれるので祖堂でお祀りしているのでございます」
「今では人の姿になって美桜(ミヨウ)娘娘と名乗っております。力も強くなり、村も助かってはいるのですが……」
土楼の中に招いてくれた長老と村長は、趙旭の質問に答えるとともに、少し気まずい雰囲気を漂わせた。
「困りごとであれば、話を聞こう。人助けは私の修仙のためでもある。遠慮はいらぬ」
趙旭は長老たちの話から、浄輪仙姑に封ぜられた妖精人であろうと見当をつけている。
根が善良な者が多いので、大きな害にはなりづらい。それでも、力ある者が人の理を乱すのであれば、正して懲らしめなければならないと決めていた。
「それでは、仙人様のお言葉に甘えます。これ、ご説明さしあげよ」
「実は……近頃、美桜娘娘は村の娘たちと……その、遊び呆けておりまして。縁談に差し障る娘もいる始末でございます」
村長は少し困ったように言葉を濁す。
遊び呆けていては働き手としての資質に疑問を持たれてしまうのだろうと趙旭は理解する。
「ふむ。それ以外にも悪事は働くのか?」
「いいえ、そのこと以外は悪事や横暴を働くということもなく、むしろ助けられているので……どうしたらよいものかと困っております」
「悪人ではないが、悪癖があるか。力を持つ者がそれでは皆は困るであろう。よし、私が言い聞かせてやろう」
趙旭が申し出ると長老たちは大いに感謝を示す。
趙旭は近くの気配を探ってみるが、それらしい気配は感じられない。
「今はどこにいるのだ?」
「美桜娘娘は隣村の野猪狩りを手伝いに行って留守でございます。夕方には帰ってくるとおっしゃっていました」
「そうか。では、帰ってきたところで話をつけるとしよう」
こうして趙旭は美桜が帰ってくるのを待ち構えることにした。
美桜は土楼の居室の一つを使っている。元は村人が厚意で貸していたものだが、今ではすっかり私物化された様相である。
夕方近くになって、先に「誑かされている」という村の娘たちが仕事を終えて部屋にやってきた。
彼女たちは何やらウキウキと楽しそうな様子で食事やお茶の準備をしており、無理矢理手籠めにしているわけではないと趙旭にもわかった。
しかし、それが村全体の迷惑になっているかいないかとは別の話である。
「ただいま、もどりましたー」
「おかえりなさいませ、お姉様っ」
やがて、美桜が居室に帰ってくると、それを娘たちが出迎えた。
美桜娘娘は真っ白い髪に、大きくてつぶらな赤い瞳をした美しい少女だった。
しかし、趙旭には異性の容姿だけで心を動かされるような感覚は存在しない。
「隣村の野猪狩り、種蒔き前にしっかり駆除してきました。一頭分けてもらってきたのを村長に渡しておいたので、明日の猪鍋が今から楽しみです」
「さすがはお姉様です! ささ、おつかれでしょう? 夕食とお茶を用意していますよ」
「それよりもお風呂にしましょう。野猪を追いかけて藪に突っ込んでしまってどろんこになってしまいました」
「はい、お背中を流しますね」
仮にも女性であるから、風呂に入られてから踏み込むのではややこしくなる。
それまで隠していた気配を解放し、霊気で美桜を威嚇した。
「っ!?」
その瞬間、ドタンバタンと音を立てて、美桜が部屋から飛び出してくる。
そのまま、屋根の上まで駆け上り、怯えたようにキョロキョロと周囲を警戒するのである。
「お姉さまぁ、どうされたのですかぁ?」
階下では村の娘が突然のことにうろたえた声をあげているが、美桜にそれに答える余裕はない。
「私の気配だけで、それだけ反応できるとは野良の妖精人にしてはできるほうだ」
「ひみゃぁっ!?」
趙旭が美桜の死角から語りかけると、美桜は大きな声をあげて跳び上がる。
「そう警戒しなくてもいい。なにもいきなり斬り捨てようというのではない」
「……い、いきなりでなければ?」
「それはそなた次第だな」
「わ、私は何も悪いことをしたつもりはありませんっ。至らぬところがありましたのなら改めますので、何卒、何卒ご容赦くださいませ!」
趙旭の言葉に、青褪めた顔で美桜は怯えている。
趙旭は美桜の様子に小動物のような愛らしさを感じるとともに、野良の妖精人と話をするのは初めてであったことに気付く。
修仙界で出会った妖精人たちはすでにこちらの世界に慣れきっており、浅い付き合いでは他の修仙者と変わるところはなかった。
そして、女性から陶酔や媚態、執着ではない表情を向けられたのも、久しくなかった。
ただ怯え、ただ困っているだけの女性の顔。
それがこんなにも新鮮に見えるとは、自分でも意外だった。
「わ、私は浄輪仙姑より白狐の妖精人に封ぜられた姫美桜と申します」
「私は瑤彩宮の修仙者で趙旭という者だ」
「その修仙者様が、私に何の御用でしょうか?」
「そなたが村の娘たちを誑かしているせいで、縁談に差し障りがあるそうだ」
「そ、それは私の考えが至らずに誠に申し訳ございませんっ……女の子同士だからと馴れ馴れしくしてもいいかなと……それで仲良くなりすぎたと言いますか……異世界ですし、少しはモテてもいいんじゃないかと調子に乗りまして……で、ですが遊びのつもりなんてないんです。いざとなれば、お嫁さんの何人かを養うことは……妖精人としての力があればと……」
美桜はあたふたと自分のやったことについて、あれこれと言い訳をしていて、途中から何やら惚気話になっている。
趙旭は自分を前にして、まったく自分の容貌に注目していない女性という珍しい存在に強い興味を抱いてしまった。
趙旭の容姿に興味を抱かない女性が他にいないわけではなかろうし、そういう女性も実際にいた。
だから、機会は他の女性たちにもあったことだろう。
趙旭が最初に興味を抱かせる機会をえたのが美桜であったというだけのことである。
「悪意がないのはわかった。だが、妖精人である故に知らず村人との軋轢を生んだのは事実だ。私についてくるといい。弟子として面倒を見てやろう」
「は、はい! おっしゃるとおりにいたします!」
まだ、弟子をとるつもりなどなかった。ましてや、女性の弟子などありえなかった。
が、美桜であれば自分と長くいても平気かもしれない、趙旭はそれを試してみたかったのである。
こうして、美桜は懲らしめられた後、趙旭の弟子として引き取られることになった。
「美桜娘娘とは贅沢な呼び名だ。ただ、美桜と呼ぶぞ」
「美しい桜と書いて、みお、と読みます。私の故郷の読み方です」
「そういう読み方はしない。ビオウだ」
最初からその読みを知っていたなら、気にもしなかっただろう。
だが一度「ビオウ」と呼んでしまった後で、「みお」と改めることには躊躇があった。
かつて、呼び名を変えたことで関係が崩れてしまった女性がいる。
程よい距離感の親しみから呼びかえた結果、いつの間にか「それまで」と同じように向き合えなくなった顔を。
美桜には、あの変化を重ねたくなかった。
小さな我儘だと自覚しながらも、趙旭はそれから頑なに「ビオウ」と呼び続けている。
「貞衡! そろそろ交代してよ」
「お兄ちゃん、まだだよ」
子供たちの声で、趙旭は三十年前から今に引き戻された。
「喧嘩をするでない。どれ、魏成は私が見ているから、どちらが先に籠にたくさんの小蘭草を集められるか競争だ」
「はい、趙旭様!」
「お兄ちゃん、負けないよ」
趙旭が魏成を抱き上げて、代わりに籠を二人に渡す。
二人はわっと草むらへと駆けていった。
「ばーぶー」
「魏成、そなたにはちょっと早いな」
抱き上げた魏成をあやしながら、霊山を走り回っているであろう弟子に想いを馳せる。
三十年前に比べて、美桜も成長している。
心配はないだろうと想いながらも、隣にいない寂しさは感じているのである。
趙旭と美桜の出会いでした。
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