第十一話 趙旭、小君子を諭す
人波に紛れて朱雀大路を離れ、よい宿をとりました。
広い部屋には趙旭様と私、そして魏家の子供三人だけです。
「食事を持ってきた者は下がったようです」
護送がどれほどの時間であったのかわかりませんが、育ち盛りの子供たちのために食事も用意させました。
美味しそうな料理の前で、十歳ほどの少年と、その妹らしい少女は私たちのほうを警戒するように見ています。
「もう声は出せるぞ。私は趙旭という道士だ」
「昭霊護国公主から退魔の依頼を受けてきました。私は弟子の姫美桜です」
趙旭様と私が自己紹介をすると、昭霊護国公主、つまり姚凌霜様の名前を聞いてほっとしたような様子を見せました。
「道士様。お慈悲を賜ったこと、まことに感謝いたします。僕は諫議大夫の魏原の子、魏修と申します」
魏修と名乗った少年は、年に似合わない礼儀正しい様子で感謝を述べました。
「こちらは妹の魏貞衡です。それに従弟の魏成です」
少女は貞衡ちゃん、今は寝付いている幼子は魏成ちゃんというようです。
貞衡ちゃんは兄の魏修くんにあわせるように拱手します。
「二人ともその歳なのにしっかりしていますね。お腹は空いてませんか? 食べてもいいですよ?」
魏修くんと貞衡ちゃんのしっかりした様子に、前世の甥っ子姪っ子と比べて、高官の家の子というのはすごいなと感心します。
お腹も空いているだろうと用意させた食事を勧めます。
「いいえ、今はお父様が亡くなって喪に服さないといけません。こんな豪華なお料理をいただいても、きっと味がわからないです」
「……え? えと……うん……それは……」
すると、貞衡ちゃんはきちんと作法に則っていそうな綺麗なお辞儀をして断ってきます。
感心するよりも先に、私は面食らってしまいます。
「道士様。お慈悲により助けていただいた上に、わがままを申しあげる無礼をお許しください。僕らを母上やお爺様たちの元に戻してはいただきたいです」
「ええっ!?」
続けて魏修くんが申し出た言葉に私は驚きの声をあげてしまいます。
手が震えて、表情も必死に押し殺そうとしているのはわかります。
「なぜ、助かった命を粗末にする?」
「 覆されたる巣に完卵無し、と申します。父が誅され、母も他の一族の大人も処刑されることでしょう。僕たちだけで生きていくことはできません」
それでも、幼い顔立ちに真剣で必死な覚悟を浮かべて魏修くんが趙旭様に訴えています。
「ならば、せめて父母とともに泉下に旅立つことが孝行の道と存じます」
「そんなことはっ……」
「よい、美桜!」
私が魏修くんの覚悟に異議を唱えようとしたのを、趙旭様が手で制しました。
「美桜、そなたでは無理だ」
「師父? どういう……」
趙旭様が私をじっと見つめ、もう一度言い聞かせるように言うのですから、私にはこれ以上口を出せません。
私には無理とはどういうことでしょう?
「魏修よ、魏貞衡よ。そなたたちに尋ねよう。確かに親という巣を失ったそなたたちがこれから生きていくのは辛いことだろう。だが、我々も巣から溢れた卵を打ち捨てておくつもりはない」
趙旭様は子供たちにあらためて問いかけます。
「親不孝というのであれば、宗祀を絶やすもまた親不孝であると思わないか?」
「父は諫議大夫です。君主が道を誤る時、命を賭してお諫めするのが務めです。そんな父の子である僕たちが、道士様の仙術で法を犯して助かった命で繋ぐ宗祀に価値はあるでしょうか?」
魏修くんの主張からは、父の魏原様がどれほどの硬骨漢であったのかが察せられます。
きっと家訓として厳しく躾けられてきた結果であるのでしょう。
同時に、こんな子供にまで、ここまでの覚悟を強いる教育があってよいのかと疑問を抱かざるをえません。
「それが道理に合わない命令から発せられたことであってもか?」
「はい、命を賭した父の諫言の正しさを、命惜しさに僕たちが捻じ曲げたりはできません」
「お慈悲には感謝しています。でも、お兄ちゃんの言うとおりです」
「そうか、そなたたちはまさしく魯王朝の幼き忠臣だ」
妹の貞衡ちゃんも魏修くんに同調し、趙旭様はそれを褒め称えます。
そりゃ、親の威光を傘に着るダメな御曹司や令嬢よりは立派です……立派ですけど、二人のあどけない顔に浮かぶ必死さを目の当たりにして、死地に戻ろうとするのを簡単にあっぱれなどと言えるでしょうか。
「美桜、任せよ」
「……はい」
私の気持ちが昂ぶっているのを察した趙旭様がやはり制止します。
二人と話しながら、私にも気を配ってくれています。
「だが、その幼き忠臣をむざむざ妖魔の餌食にされては、私たちが昭霊護国公主に叱られてしまう」
「妖魔の餌食?」
「そうだ。昭霊護国公主の目をかいくぐって後宮に潜り込んだ妖魔が皇帝陛下を誑かしている。その妖言により、魏原殿のような忠臣が次々に犠牲となっている」
妖魔と聞いて、魏修くんと貞衡ちゃんの顔に怯えが浮かびます。
「妖魔であれば、なぜ昭霊護国公主は成敗してくださらないのですか?」
「それは妖魔が、皇帝陛下の妃に取り憑いているからだ。例え、本性が妖魔であっても現に陛下の妃である者を修仙者が討つことは修仙者の不文律を犯すことになるのだ」
「それでは魯国はもう、妖魔に食い物にされるしかないのですか?」
魏修くんと貞衡ちゃんが代わる代わるに趙旭様に問いかけます。
「そんなことはない。だから、昭霊護国公主は私たちを妖魔退治に遣わしたのだ」
「では、僕たちを救ってくださったような不思議な術で、妖魔を退治してくださるのですか?」
「私たちは道士であるが、修仙の術技を振るっては不文律に触れる。故に人界の法のもとに動かなくてはならない」
趙旭様の語り口に、魏修くんと貞衡ちゃんは引き込まれるように聞き入っています。
「私たちはこれから宮中に出入りするための伝手を作る。妃に近づくことができれば、私が術で妃の身体から妖魔だけを打ち払うことができるのだ」
「そうして、妃の身体から追い出せば、昭霊護国公主が妖魔を討ち取れるのですね!」
「魏修、そなたは頭がいい。そのとおりだ」
趙旭様に頭を撫でられた魏修くんは、少し照れくさそうにしています。
「私は長らく修仙の山に登っていたため、世事には疎い。こちらの美桜も世事に長けているが、官界には慣れていないようだ」
私と二人には倫理の前提に大きな差がありました。
趙旭様は的確に見抜いて、自分で説得することを選んだのでしょう。
「だから、魏修、魏貞衡よ。そなたたちの智恵を貸してほしい。さすれば、父の仇の妖魔を討ち、国を安んじ、魏家の宗祀を繋ぎ、孝行をなすことができよう」
趙旭様はしゃがみこんで、二人と目線の高さを合わせて語りかけました。
「はい! 道士様。お手伝いをいたします!」
「がんばります」
二人の顔には、もう死ぬ覚悟はありませんでした。
勝つために戦う覚悟がありました。
「さあ、食事を取るといい。空腹では戦に勝てない」
「でも……」
喪に服さなければならないのは変わらないので、貞衡ちゃんは逡巡します。
キュゥゥゥ……
「……あっ」
その時、魏修くんのお腹が鳴りました。
「古の書にも『人これを贈れば、酒肉なりと雖も、受くなり』とある。今宵は私たちが知らずに贈ってしまったものだ。明日よりは喪に服すに相応しいものを用意させよう」
「はい、感謝いたします! 貞衡、食べよう」
「うん、お兄ちゃん」
こうして、二人は食事に手をつけてくれました。
「師父、お見事でした」
私は子供たちに聞こえないように小声で趙旭様をねぎらいます。
趙旭様の説得の道筋は理解できましたが、きっと私ではあのように説得することはできませんでした。
「魏修たちの考えは、美桜が生きていた世界の理では計りづらいものだった。そのままではぶつかると考えたまでだ」
「どうしてですか? いつもは私の前世の世界のことはわからないとばかりおっしゃっているのに」
いつも私の前世話を深掘りするでもなく、わからないとスルーするばかりの趙旭様です。
「ずっと一緒にいれば、伝わることはある。物事の話ではなく、心の話であればな」
趙旭様は私の胸元、心臓の辺りをとんと指で叩きました。
高機動型みたいな「物」、ラーメン屋の回転率のような「事」は伝わりません。
けれど、私が何を喜び、何に怒り、何に傷つくのか、心は伝わっていると趙旭様は言うのです。
「ずっとそばにいてくれるそなたを、ささいなすれ違いで失いたくはない。だから、そなたの考え方を……」
真剣なまなざしでそんなことを言われてしまいますが、それなら先にあらためてほしいところがあります。
「なら、"みお"と呼んでください」
「ん……さて、私たちも食事にしようか、"ビオウ"」
「師父」
こういう時、趙旭様は巧みに私に表情を見せない立ち回りをします。
今回もさっさと子供たちのいる食卓に戻ってしまうのでした。




