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#9 獣舎が定員オーバーです

噂というのは、王宮の中を、僕が思っていた倍の速さで走る。


「動物と話せる少年がいる」


街道の一件から4日で、それは王宮のすべての階に届いていた。


——そして5日目から、持ち込みが始まった。


最初は鷹匠だった。


——朝、僕が獣舎で糞を掻き出していると、革の手袋をした男が、腕に鷹を乗せて立っていた。


「餌を食わん」


それだけ言った。プライドの高い人らしく、目を合わせない。


「何日ですか」


「6日だ」


「6日」


僕は手を止めた。6日食べない猛禽は、まずい。


僕は手を洗って、鷹の前に立った。テイムしていないから念話は通じない。だからまず、見る。


止まり木ではなく人の腕に乗っている。羽艶は悪くない。糞は白い部分が少なく、緑がかっている。飢えの糞だ。目は澄んでいる。病気なら、まず目が濁る。


「この子、いつもの餌はなんですか」


「ウズラだ」


「絞めたてを?」


「そうだ」


「持ち方は」


「……こうだ」


鷹匠は餌の持ち方を実演した。左手でウズラを掴んで、鷹の正面から差し出す。


僕は屈んで、鷹の目の高さから見た。


「その持ち方、いつからですか」


「2ヶ月ほど前に、手を痛めてな。前は右で持っていた」


「それです」


「なに?」


「たぶん、それです」


猛禽は、餌の見え方に異常にうるさい。左右が変わると、餌が「餌の形」に見えなくなることがある。まして、この子の左目のほうに——僕は覗き込んだ——古い傷がある。瞬膜の動きが左だけ鈍い。


つまりこの2ヶ月、餌はずっと、この子の見えにくい側から差し出されていたことになる。


鷹匠は右手で餌を持った。


鷹は、3秒後に食った。


男は、しばらく何も言わなかった。それから「……手間をかけた」とだけ言って、深く礼をして帰っていった。


——その日の午後には、6件来た。


卵から出られない雛。後ろ脚を引きずる番犬。庭園の池で共食いを始めた鯉。荷を嫌がる荷役牛。夜通し鳴きやまない子山羊。厨房の鼠を捕らなくなった猫。


僕は片っ端から座り込んだ。


——座って待っていると、向こうから鼻先が触れてくる。


鷹のときは、それが起きなかった。腕に乗せられたまま連れてこられた子には、こちらへ来る理由がない。だから僕は、見て、聞いて、推し量るしかなかった。


でも、床に降ろされた子は違う。待っていると、近づいてくる。触れてくる。そして、後頭部が温かくなる。


つまり、診るために座っているうちに、たいていの子とは繋がってしまう。


2件目からは、ずっとそうだった。


雛は、卵殻膜が乾いて張りついていた。ぬるま湯で湿らせたら3分で出た。——カップ麺が頭に浮かんで、無性に食べたくなった。


番犬は、後ろ脚ではなく腰が悪かった。寝床が石の上だったので、藁を厚くしてもらった。


鯉は、単純に密度が高すぎた。といっても、池そのものは30歩四方ある。広さは足りていた。餌をやる石段が1箇所しかないので、そこに全部が寄っていただけだ。反対側の岸にも餌場を作ってもらったら、3日で散った。


荷役牛は、鼻環の内側が化膿していた。


子山羊は、群れから離されて眠れなかった。隣の囲いを開けて、母山羊の匂いのする藁を入れた。


猫は——猫は、実は毎晩ちゃんと鼠を捕っていた。捕ったあと、厨房ではなく洗濯場の裏に運んでいたのだ。数えたら11匹あった。褒めた。


トトが記録係を買って出た。


「兄ちゃん、これ書いとくよ! 何番の囲いに誰がいるか、何を食ったか!」


「読み書きできるの?」


「読めるよ! 書くのは、絵で!」


彼の記録は、獣の似顔絵と、餌の絵と、糞の絵で構成されていた。


これが、驚くほど役に立った。糞の絵を並べて見ると、その子の調子が一目で分かる。トトの絵は、上手くはないが、正確だった。


3日で、獣舎の空き囲いが全部埋まった。


——そして、念話が伸びた。


気づいたのは5日目の朝だった。


僕が獣舎の入口にいて、アズキが奥の囲いの前にいて、ススキが外の井戸のところにいた。距離にして30mはある。


『アズキ、そっち行く』


『いく!』


『ススキ、待ってて』


『……』


——沈黙。無言。


いや、違う。無言なのはいつもだ。この子はもともと喋らない。だがこのとき、僕は確かに「届いた」感触があった。


そして届いた、ということは。


僕はアズキとススキ、両方と同時に繋いだままだった。


「……2体?」


僕は井戸まで走った。45m。まだ繋がっている。獣舎の裏まで回った。55m。切れた。


半径50m。同時に、2体。


理由を考えるのに、2日かかった。


答えは拍子抜けするほど簡単だった。


——喋った量が増えたからだ。


この5日で、僕は今までの10倍は念話を使っている。持ち込まれた獣たちを診るのに、触れて、繋いで、聞いて、切って、また次を繋いで。単純に、使った回数が桁違いに増えた。


筋肉と同じだ。使えば太くなる。


僕がそれをヴィルマに報告すると、彼女は「記録します」とだけ言って、羽根ペンを走らせた。それから顔を上げずに聞いた。


「その伸び方に、上限はありますか」


「分かりません」


「では、限界を探る実験を組みますか」


「……えっと、それは、僕が倒れるまでやるってことですか」


「そうです」


「やめておきます」


「賢明です」


この人は本当に、無駄なことを言わない。


——さて。


ここまで話すと、僕が獣に囲まれて幸せに暮らしているだけの人間に見えると思う。


半分は当たっている。もう半分は、こうだ。


——夜中の給餌がある。


雛と子山羊は3時間おきだ。つまり僕は5日間、まともに寝ていない。


——糞の量がすごい。


大型が4頭、中型が7頭。1日で桶に7杯出る。堆肥にするので庭師が喜ぶけれど、運ぶのは僕とトトだ。


——指を噛まれる。


猫に2回、山羊に1回、鷹に1回。鷹のはわりと深く入った。医務室のお婆さんに縫われた。3針。


——上着が破ける。


アズキが引っ張るからだ。3着目である。


そして、匂いが取れない。


石鹸で洗っても、服から獣舎の匂いが抜けない。藁と、糞と、獣脂と、動物の毛の匂い。侍女が僕の洗濯物を、他の洗濯物と分けて置くようになった。


ある朝、厨房で飯をもらっていたら、ドーラが鼻を鳴らした。


「坊主」


「はい」


「あんた、犬の匂いがするよ」


——僕は、たぶん、この世界に来ていちばんいい顔をした。


「本当ですか」


「本当だよ。しっかり臭い」


「やった」


「やった、じゃないだろうよ」


ドーラは呆れた顔をして、それから、皿を1枚足した。


「まあ、うちの子らの匂いだ。悪いもんじゃないさ」


嬉しかった。


これは本当に、心の底から嬉しかった。


17年間、僕の服には犬の匂いがついたことがなかった。家に犬がいる友達が羨ましかったのは、犬そのものはもちろん、あいつらの制服の匂いで絆を感じられることだったのだと、僕はこのとき初めて気づいた。


——そして、この1週間で2体、増えた。


1体目は、頭に降ってきた。


獣舎の裏で作業をしていたら、上から何かが落ちてきて、僕の頭に着地した。


軽い。体長18cmくらい。手を伸ばすと、指に絡んだのは、ものすごくやわらかい毛と、薄い膜だった。


滑空する魔獣だった。モモンガに近い。前肢と後肢のあいだに飛膜があって、木から木へ滑る。目がすごく大きく、強い神秘性を感じさせる。


その子は僕の頭の上から、なかなか降りなかった。


僕が歩くと、頭の上でバランスを取る。しゃがむと、髪を掴む。


30分後、鼻先が耳に触れた。


『とぶ!』


——第一声が、それだった。


『とぶ!』


『たかい!』


『とぶ!』


2語しか喋らない。しかも、その2語で完全に足りている。


僕は「ソラ」と名づけた。


2体目は、獣舎の裏の茂みで震えていた。


角兎だ。危険度は星1つ。額に指の長さくらいの角が1本ある以外は、日本の兎とほとんど変わらない。ただし、片方の耳が垂れている。生まれつきらしい。


臆病だった。


僕が3mの距離まで近づいただけで、後ろ肢で地面を叩く。ダン、ダン、ダン。兎の警報だ。


僕は座って、待った。2時間かかった。


その子は、僕の靴の匂いを20分嗅いでから、やっと鼻先を触れさせた。


『こわい』


『こわい』


『こわい』


「うん」


『こわい』


「うん、知ってる。大丈夫だよ」


「フク」と名づけた。垂れた耳が、福耳に見えたからだ。


——その夜。


僕は寝台の上で、動けなくなっていた。


アズキが胸の上にいる。24kgある。


ススキが足元で丸まっている。寝台のいちばん端、落ちてしまいそうなぎりぎりのところで。


ソラが枕の、僕の頭の横に張りついている。


フクが脇の下に潜り込んでいる。心臓の音が聞こえる場所が好きらしい。


寝返りが、打てない。


1ミリも動けない。動こうとすると、アズキが「うん?」と顔を上げる。その顔を見ると動けなくなる。


天井の、金と青の蔓の模様を見ながら、僕は思った。


——これ、明日の朝、体じゅう痛いやつだ。


そう思いながら、笑っていた。


声を出して笑ったので、フクが跳ねて、ソラが枕から落ちて、ススキが顔を上げて、アズキが尻尾で僕の顔を叩いた。


4体ぶんの体温は、7月の夜には、正直言って暑かった。

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