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#79 取りに行くって、どうやって

翌朝、王宮の会議室に、7人と、僕と、契約獣が何体か集まった。


王。ヴィルマ。オズワルド。アーリア。リーゼ。エステル。トト。


議題は、1つだけだ。


海の向こうの竜の卵を、どうやって取りに行くか。


「……竜の卵を、王宮で」


王が、卓の端を両手で掴んで、青い顔をしていた。


「陛下、まだ取ってきてもいないです」


「分かっておる。分かっておるが……」


王の足元で、バウが欠伸をした。


——僕は、昨日の中庭で考えたことを、皆の前に並べた。


ソラは、行ったことのない場所には跳べない。〈果ての大陸〉には、誰も行ったことがない。


ヒバリは、海の上で休めない。


リオの船なら、行ける。


でも、船は、道を知らないと着かない。


道を知っているのは、ナギだけだ。


「そのナギの翼が、まだ海を渡れないんです」


エステルが、頷いた。


「骨と筋は、もうつながっております。ただ、長く飛ぶ力が、まだ戻っておりません」


「それに、もう1つ」


僕は、北の窓のほうを見た。


「オーガスさんが、あれから何も言ってこないんです」


『めんどう』と『うみ、むこう』と『ちいさいの、とりに』。昨日の朝、それだけ落としてきて、それきりだ。


「いつまでに取りに行けばいいのかも、分からないんです」


——会議室が、静かになった。


最初に口を開いたのは、トトだった。


「竜の名前は、何にする!?」


「トト」


「だって、生まれたら名前がいるじゃん!」


リーゼが、腕を組んだまま言った。


「まだ取ってきてもいねえ」


「でも!」


「卵がどこにあるかも分かってねえ」


「でもぉ!」


オズワルドが、大声で笑った。笑ってから、真顔に戻った。


「海を渡るなら、騎竜団は出せん。飛竜は、海の上では降りる場所がない」


「ヒバリも、そう言ってました」


言ってはいない。でも、そういう顔をしていた。


——ヴィルマが、卓の上に、リオの置いていった巻物を1本、広げた。


「『南の海を渡ること、30日』」


ヴィルマが、指で行を押さえた。


「古い記録ですから、昔の船の日数です。今の船なら、もっと早いかもしれません。リオ殿に聞かれるのがよろしいでしょう」


「手紙、書いてもらえますか」


僕は、アーリアを見た。


僕は、この世界の字が書けない。


アーリアは、帳面を開いて、羽根ペンを持った。右手で。


「承知いたしました。何とお書きしましょう」


「ええと……『竜の卵を、取りに行くことになりました。船に、乗せてください』」


アーリアの羽根ペンが、少し止まった。


それから、さらさらと動いた。たぶん、僕の言ったことより、ずっと丁寧な言い方になっている。


——夕方、獣舎の屋根に登った。


屋根の上には、ナギがいた。


右の翼には、まだ白い布が巻いてある。南を向いて、首を、まっすぐに伸ばしていた。


白い羽根が、夕方の風に、さわさわと揺れていた。


隣に、座った。


ナギは、僕を見なかった。南を見ていた。


『ナギ』


『……ひと』


『いつ、わたる?』


——ナギが、首を、少しだけ傾げた。


それから、南の空を、もっと遠くまで見るように、首を伸ばした。


『さむい、なる』


『わたる』


——寒くなったら、渡る。


僕は、あ、と声を出した。


オオワタリドリは、渡り鳥だ。


渡り鳥は、季節で動く。


この子は、寒くなると南へ渡る鳥なのだ。


つまり、ナギの帰り道は、寒くなる季節にだけ、開く。


今は、9月の初め。


この国で「寒くなる」のは、木の葉がすっかり落ちる、晩秋だ。


「……あと、2ヶ月半くらい」


呟いていた。


ナギが、やっと僕を見た。


黒い、丸い目だった。


『わたる』


「うん」


『さむい、なる』


「うん。分かった」


——それまでに、翼を治せばいい。


焦ることはないのだ。


渡り鳥は、季節が来るまで、渡らない。


竜の卵がいつになるのかは、分からない。でも、ナギの渡りの季節なら、分かる。


僕は、ナギの背中に、そっと手を置いた。


羽根の下は、思ったより温かかった。鳥の体温は、人間より高い。40度を超える。羽根の表面はひんやりしているのに、指を差し込むと、奥に、ふわっとした熱がある。


ナギは、僕の手を、払わなかった。


——屋根から降りたら、もう1つ、分かったことがあった。


アズキのことだ。


今朝、会議に出る前に部屋の扉を開けたら、扉の前に、何かが置いてあった。


アズキの餌皿だった。


赤茶の毛が、少しついた、木の皿。


空っぽで、きれいに舐めてある。


誰かが運び間違えたのだと思った。慌てていたので、そのまま会議室へ行った。


夕方、ナギのところから戻ってきたら、皿は、まだ扉の前にあった。


その横に、アズキ本人が座っていた。


尻尾を、床に、ばたんばたんと打ちつけながら。


「アズキ。これ、アズキが持ってきたの?」


『いく!』


「どこに?」


『いく!』


『いっしょ!』


——僕は、皿を見た。


アズキを見た。


アズキは、皿の前から、1歩も動かなかった。


『いく! いっしょ!』


——分かった。


昨日の朝の、中庭の騒ぎを、この子も聞いていたのだ。


海の向こうへ行く、という話を。


全部は分からなくても、僕が、どこか遠くへ行くらしい、ということだけは、分かったのだ。


だから、自分の皿を、僕の部屋の前に置いた。


置いていかれないように。


絶対に忘れてはならない物を持参して、自分もいっしょに、行くと。


アズキなりの、予約だったのだ。


「……アズキ」


僕は、しゃがんだ。


アズキの頭に、手を置いた。


赤茶の短い毛は、指の間で、ざらざらしている。耳の付け根だけが、ふにゃふにゃに柔らかい。そこを、親指で揉むと、アズキの目が、とろんとした。


尻尾は、止まらなかった。


「皿は、アズキの寝床に戻そう。ここだと、夜中に僕が蹴っ飛ばす」


『……』


「その代わり」


僕は、念話で送った。


『アズキ、いっしょ、いく』


——アズキの尻尾が、止まった。


1秒。


それから、さっきの倍の速さで、動き出した。


ばたんばたんばたんばたん。


床の上の皿が、尻尾に弾かれて、廊下の向こうまで滑っていった。


『いく! いく! いく!』


「うん。いっしょに行こう」


僕は、廊下の向こうまで皿を拾いに行って、獣舎の、アズキの寝床の横に戻した。


アズキは、ついてきた。


僕が皿を置くのを、見ていた。


見届けると、寝床の上で、くるりと3回まわって、丸くなった。


鼻先を、皿の縁に、のせて。


——翌朝、扉の前には、何も置いていなかった。


代わりに、獣舎のアズキの寝床に行くと、皿が、寝床のど真ん中に置いてあった。


アズキは、その皿を抱えるみたいにして、寝ていた。


トトが、記録帳に何か書いていた。


「兄ちゃん、これも書く?」


「書いといて」


「なんて?」


「『アズキの予約は、取り消せない』」


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