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#78 記録帳、書き直し

竜の卵の念話から、4日後の朝。


僕が獣舎の戸を開けたら、トトが仁王立ちしていた。


胸に、記録帳を抱えている。


冬のあの日と、同じ格好だ。


「兄ちゃん。書き直しだ」


「書き直し?」


「【?】の、分かったとこ、ぜんぶ埋めたい!」


トトは、記録帳を開いて、僕の鼻先に突きつけた。


冬に、僕の従魔38体を書いたページだった。【?】が、あちこちに並んでいる。


「幻獣が8体! 特殊個体が1体! スキルが分かった子が7体! それに、新しい子が9体!」


「……多いね」


「多いよ! だから、書き直す!」


——そこから、午前中いっぱい、僕らは中庭で記録帳を書き直した。


僕が喋って、トトが書き取る。


冬のときと、同じ形だ。


違うのは、トトの字が、ちょっと上手くなったことだ。ハネが、ずっとトトの膝の上にいたからだと思う。


——ところで、書き直している最中に、1件あった。


ブンが、いなくなった。


さっきまで、記録帳の横で、チンの背中に乗っていたはずだった。


「ブン?」


中庭を探した。いない。


獣舎を探した。いない。


トトが、「あっ」と言った。


記録帳の、ページとページのあいだに、何かが挟まっていた。


白くて、薄くて、紙と同じ色の、細長いもの。


ブンだった。


《毛がわり》で、記録帳の紙と、まったく同じ色になって、ページのあいだで、寝ていた。


隣のページの上に、チンが座っていた。


動かずに。ブンの挟まっているページの、ちょうど上に。


文鎮だった。


『……ブン、でて』


『……いや』


「なんで」


『……かみ、あったかい』


——紙が、温かい。


記録帳は、朝からずっと、中庭の日なたに置いてあった。紙が、陽を吸って、ほかほかしていたのだ。


僕は、中庭を見回した。


獣舎の窓枠に、ちょうど、朝日が当たっていた。


『ブン。あっち、ひなた。もっと、あったかい』


ブンが、ページのあいだから、ぬるりと顔を出した。


窓枠を見た。


それから、記録帳から這い出して、窓枠まで走っていって、陽だまりの中で、丸くなった。


窓枠と同じ、木の色になって。


チンが、ついていった。窓枠の、ブンの隣に座って、また動かなくなった。


「兄ちゃん、これも書く?」


「書いといて」


「なんて?」


「『ブンは、温かいところが好き。チンは、ブンのいるところが好き』」


——では、以下が、その書き直しの中身である。


字はトトのもので、僕は、今回も1度も見ていない。読めないからだ。


   ◇


【正体が分かった子】


——ソラ——


 ◆魔モモンガ → ホークーモモンガ(第3級・幻獣) 【瞬間移動】

 ◆「強い神秘性を感じさせる目」は、行ったことのある場所が、全部、重なって見えていた。

 ◆滑空は、飛ぶ練習ではなく、跳ぶ練習だった。初めて跳んだ先は、僕の頭の上。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆今は、王都からヴァルデン砦まで跳べる。距離が長いと、1日1往復。跳んだあとは、必ず僕の頭の上で寝る。


——クルミ——


 ◆魔栗鼠 → パフリス(第3級・幻獣) 【異空間収納】

 ◆「無限を思わせる頬袋」は、本当に、無限のようだ。馬車3台ぶんの岩が入った。

 ◆盗んでいたのではない。僕のものが、なくならないように、しまっていた。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆出し入れのたびに、中身の一覧が見える。小石集めが趣味。


——スミ——


 ◆白イタチ → コバートオコジョ(第3級・幻獣) 【先読み】

 ◆「天才的な物分かりの良さ」は、少し先が見えていたからだった。

 ◆僕が座る椅子を先に読んで、子どもたちに温めさせていた。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆崖崩れが、「ふたつ、ねる」と2晩後に来ることを言い当てた。


——シモ——


 ◆白イタチ → コバートオコジョ(第3級・幻獣) 【気配遮断】

 ◆「誰にも気づかれずに置いていく」のは、本当に、1度も気づかれていない。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆鼠は、今も置いていく。好意である。頭では分かっている。


——アサ——


 ◆雪兎 → シエルウサギ(第3級・幻獣) 【結界】

 ◆「強靭な後肢」は、結界を張るために、高く跳び上がる、その一連の動作の要であった。

 ◆虹色のドームを張る。書庫の雨漏りの傘にもなる。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆最初に『たのしい』を言った子。跳んだあとは、ハイテンションで転げ回る。


——バン——


 ◆雪兎 → シエルウサギ(第3級・幻獣) 【波紋】

 ◆「頑強な後肢」は、一歩ずつ地面を踏んで、波紋を広げるための起点となる。

 ◆仲間の力を、速く、広く、伝える。海の上にも、虹の輪を渡した。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆なんでもアサが先で、バンが後に続く。


——コナ——


 ◆雪狐 → ルミエフォルペ(第3級・幻獣) 【浄化】

 ◆「驚異的な速さで床を掘る」のは、遊びではなく、清めていたからだった。

 ◆掘ったあとの地面の下に、光の道が走る。王都の井戸も、国境の村の泉も、ルーセの湾も、崖も。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆最初に『うれしい』を言った子。穴は、コナが掘り終えるのを待ってから、トトが埋め戻す。


——フブキ——


 ◆氷牙狼 → 氷牙狼(第2級・魔獣/特殊個体) 【冬告げ】【群れ導き】

 ◆「日に1度、北を見る」のは、冬がいつ来るかを、見張っていたからだった。

 ◆吹雪を2日前に知る。どの狼の群れも、この子に従う。国境の212頭を、南西の谷へ導いた。

 ◆今日も、北を見ていた。


   ◇


【スキルが分かった子】


——ススキ——


 ◆森狼(第2級・魔獣) 【しんがり】

 ◆僕の背後を守り、冷静な判断力を持つ。

 ◆3歩後ろにいたのは、最初に会った日から、ずっと、僕の背中を守っていたからだった。

 ◆今も、3歩後ろにいる。


——フク——


 ◆角兎(第2級・魔獣) 【胸騒ぎ】

 ◆災いが来る前に、分かる。クルム村の86人とルーセの612人を救うことができたのは、フクの警報のおかげ。

 ◆怖いだけのときは、念話で『こわい』と言う。地面を叩くのは、本当に危ないときだけ。


——ツグミ——


 ◆伝令鳥(第2級・魔獣) 【帰還】

 ◆どこからでも、帰るべき場所に、必ず帰れる。

 ◆夏は、朝と夕方にしか飛ばない。昼の空は、暑いそうだ。


——ハギ——


 ◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【凍て牙】【雪隠れ】

 ◆コナの大穴の日は、後ろ脚で土を蹴り込む係。走るのは、今もやめない。


——ミゾレ——


 ◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【凍て牙】【雪隠れ】

 ◆3頭で固まって、ススキの後ろにつく。


——アラレ——


 ◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【凍て牙】【雪隠れ】

 ◆夏は、雪がないので、藁に頭から突っ込んでいる。


——ヒョウ——


 ◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【凍て牙】【雪隠れ】

 ◆フクの警報に、今もいちばん速く立ち上がる。


   ◇


【新しく加わった子】


——スズリ——


 ◆コバートオコジョ(第3級・幻獣) 【千里眼】

 ◆オス。スミの夫。冬毛は真っ白。スミよりひとまわり大きい。

 ◆王宮の書庫、暖炉の煙道の横の羊毛の箱に住む。吹雪の夜、焦る僕の手の甲に、ぴとっと鼻を寄せてきて、助けてくれた。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆遠くを見る。壁の向こうを見る。奥に隠された名を見る。僕に、最初に『いっしょ、つかう』と言った子。そして、最初に『ありがとう』を言った子。


——フデ——


 ◆コバートオコジョ(第3級・幻獣) 【探り当て】

 ◆メス。スミとスズリの子。いちばん好奇心が強い。

 ◆僕の外套のポケットの中がお気に入り。何週間も気づかれずに、ポケットに潜んでいた隠れんぼ上手。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆なくしたものを、見つける。見つけると、尻尾の先をぴんと立てて持ってくる。


——ハネ——


 ◆コバートオコジョ(第3級・幻獣) 【はげまし】

 ◆メス。いちばん甘えん坊。

 ◆同じく、僕の外套のポケットの中。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆誰にでも擦り寄る。擦り寄られると、力が一段上がる。トトの字も上手くなる。王様もよく眠る。


——トメ——


 ◆コバートオコジョ(第3級・幻獣) 【忍び足】

 ◆メス。いちばん慎重。

 ◆僕の脇の下がお気に入り。寝るときは、いつも、そこでじっと止まっている。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆気づくと、そっと足元にいる。


——ブン——


 ◆コバートオコジョ(第3級・幻獣) 【毛がわり】

 ◆オス。いちばん小さい。

 ◆僕の外套のフードの中がお気に入り。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆周りの色になって、消える。幌の上でも、埃の中でも、記録帳のページのあいだでも。いつもチンと一緒。


——チン——


 ◆コバートオコジョ(第3級・幻獣) 【聞き耳】

 ◆オス。ブンより大きい。

 ◆同じく、僕の外套のフードの中。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆耳がいい。噂話が好き。座ると動かない。ブンが消えると、ブンの前に座って待っている。2匹で、1つの文鎮。


——ニビ——


 ◆狼(第1級・獣)

 ◆オス。灰色の大狼。体高はススキの倍近い。耳の縁が3箇所欠けている。首の銀の環は、もう、ない。

 ◆帝国の国境の村の林。去年の冬、緩衝地帯で会った子。『うそ、いわない、ひと』と言って、手の甲に鼻を触れさせてきた。

 ◆名前がなかった。鈍色の毛だから、ニビ。自分の名前を、何度も繰り返すのが好き。今は、国境の獣舎で、北の獣たちのまとめ役をしている。


——コンブ——


 ◆ウミカワウソ(第2級・魔獣) 【ひと潜り】【石割り】

 ◆オス。焦げ茶色の、つややかな毛。脇のたるみに、白い縞の石をしまっている。

 ◆マリネアの第二王子、リオ・マリネアの船の乗組獣。石をなくして何も食べなかったところを、クルミの頬袋から取り返した。

 ◆僕を『いし、くれた』と呼ぶ。

 ◆クルミと、しまい込みで張り合う。今は、リオと一緒に、南の海へ帰っている。


——ナギ——


 ◆オオワタリドリ(第2級・魔獣) 【渡り】【嵐よけ】

 ◆メス。翼開長3.5m。白い体に、翼の先だけ墨を刷いたように黒い。

 ◆ルーセの湾の外の岩礁。嵐の翌朝、右の翼を痛めて落ちていた。海の向こうから、流されてきた。

 ◆僕を『ひと』と呼ぶ。

 ◆毎朝、獣舎の屋根の上で、南を向いて『かえる』と言う。羽根に、北の山の古竜の匂いが残っていた。


   ◇


【まだ【?】が残っている子】


——ギン——


 ◆フェンリル(第4級・神獣) 【氷牙】【雪駆け】【遠吠え】【重奏】【?】【?】【?】……スズリが、まぶしくて読めないそうだ。


   ◇


——これで、記録帳に47体が、全部そろった。


   ◇


「兄ちゃん、書けた!」


トトが、記録帳を閉じた。


昼の鐘が、鳴っていた。


「……長かったね」


「長かった!」


トトは、記録帳を胸に抱えて、それから、ふと顔を上げた。


「兄ちゃん。オーガスさんも、書く?」


「え?」


「契約してないけど、声が通じた子のとこ。前も書いたじゃん。オーガスさん、竜の卵のこと、書き足さなきゃ」


「……あとで」


「あとで?」


「あとで書こう」


——アズキが、立ち上がった。


中庭の日なたで寝ていたのに。


そして、厨房のほうへ歩いていって、厨房の前で、座った。


「待って。アズキ。今のは、そういう意味じゃない」


アズキが、振り返った。


厨房の前に座ったまま、首だけ、こっちに向けて。


尻尾を、1度だけ、地面に打った。


『あとで、うそ』


——トトが、腹を抱えて、笑った。


地面に転がって、記録帳を抱えたまま、足をばたばたさせて、笑っていた。


窓枠の上で、ブンとチンが、陽だまりの中で、顔を上げていた。


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