#39 愉快なもふもふたち
明日から朝7時と夕方4時の1日2話投稿、がんばります!
よろしくお願いします!
王都に戻って、5日目の朝だった。
僕が獣舎の戸を開けたら、トトが仁王立ちしていた。
胸に、記録帳を抱えている。
「兄ちゃん。おれ、決めた」
「なに」
「ぜんぶ書く」
「ぜんぶ?」
「38体、ぜんぶ!」
彼は記録帳を開いて、僕の鼻先に突きつけた。
「じゃあ、頼む」
「よし! ……あ、でも兄ちゃん、名前のない子が、16体いる」
——いた。
数えたら、本当に16体いた。
砦の軍用犬が2頭。クルム村から来た山羊が5頭と、荷役の牛が1頭と、犬が2頭と、鶏が1羽。砦の厩の馬が1頭。伝令鳩が1羽。ニナの狼と鷹が2体。そして、ロヴィ村の群れの長だった、片目のない氷牙狼が1頭。
言い訳をすると、この2ヶ月は戦だった。
言い訳にならないので、僕は座り込んだ。
「つける」
「つけよう!」
——そこから2時間、僕らは中庭で名前をつけた。
トトの方針は一貫していた。
「食いもんの名前がいい! 兄ちゃんの子、だいたい食いもんだから!」
否定できなかった。アズキ、モチ、クルミ、ゴマ、ハギ、ススキ。並べてみると、うちの獣舎は献立表みたいだ。
だから山羊はムギ、アワ、キビ、ソバ、ヒエになった。牛はカブ。犬はクヌギとナラ。鶏はコメ。馬はクリ。伝令鳩はマメ。
砦の軍用犬の2頭だけは、僕がつけた。
シグレとカスミ。北で会ったからだ。シグレは今でも、夜中に廊下を1周してから寝る。3年間の巡回の癖が抜けない。
ニナの2体は、もともと名前があった。
「ラウとシュネーです」
彼女は中庭の隅で、小さくそう言った。まだ王国の言葉に慣れていない発音で。
——最後の1頭は、なかなか決まらなかった。
片目のない氷牙狼である。
雪原で2時間かけて向き合った、あの大きな牡だ。なぜ砦の門まで歩いてきたのかを、聞いても『……』としか返ってこない。
「フブキ」
僕が言うと、トトが「かっこいい!」と叫んだ。
食い物ではなかったが、この子だけは、それでいいと思った。
——ところで、名前をつけている最中に、1件あった。
カブが、水を飲まなかった。
僕はしゃがんで、鼻先が触れるのを待った。
『みず』
『におい』
——それだけで足りた。
魚の匂いがした。《利き鼻》は借りるまでもなかった。
クルム村から来た荷車が、道中で干し魚を運ぶのに使った桶だった。
桶を替えたら、カブはその場で40Lくらい飲んだ。
「兄ちゃん、これも書く?」
「書いといて」
「なんて?」
「『牛は、桶の前歴を気にする』」
——では、以下が、その記録帳の中身である。
テイムした順に並んでいる。字はトトのもので、僕は1度も見ていない。読めないからだ。
◇
——アズキ——
◆魔犬(第2級・魔獣) 【利き鼻】【駆け足】
◆体高58cm、体重24kg。赤茶の短毛で、胸だけが白い。半立ちの耳。薄い金色の目。
◆王宮の厨房の裏にいた。僕がこの世界で最初に触れた生き物。
◆僕を『ごはん』と呼ぶ。
◆尻尾が全力。「あとで」に厳しい。
——ヒバリ——
◆飛竜(第2級・魔獣) 【風読み】【遠目】
◆翼開長13m、体重710kg。灰色で、喉のところだけが青い。右の脇腹に火傷の痕。
◆王宮の騎竜団、12番騎。古傷が原因で乗り手を落とし、廃用になりかけていた。
◆僕を『ひと』と呼ぶ。
◆早口。僕を追いかけて、通れない回廊では出口へ先回りして待っている。
——ススキ——
◆森狼(第2級・魔獣) 【?】
◆推定2歳のオス。灰色の毛に、白い差し毛が混じる。
◆王都から東の街道の森。群れが去ったあと、1頭だけ残っていた。
◆僕を1度だけ『ユウマ』と呼んだ。
◆無口。常に3歩後ろ。
——ソラ——
◆魔モモンガ(第?級・?獣) 【?】
◆体長18cm。毛は綿を薄く伸ばしたようで、手に乗せても重さが分からない。目が大きく、強い神秘性を感じさせる。
◆王宮の獣舎の裏。ある日、僕の頭に着地した。
◆僕を『あのひと』と呼ぶ。
◆滑空する魔獣。『とぶ!』と『たかい!』しか喋らない。飛距離を伸ばす特訓中。
——フク——
◆角兎(第2級・魔獣) 【?】
◆額に指の長さの角が1本。片方の耳が生まれつき垂れている。
◆獣舎の裏の茂み。震えているところを、2時間かけて保護。
◆僕を『あのひと』と呼ぶ。
◆『こわい』が口癖。後ろ肢で地面を叩いて、異常を知らせる。心音が聞こえる場所に潜り込む癖がある。
——クルミ——
◆魔栗鼠(第?級・?獣) 【?】
◆頬袋が無限を思わせるほど発達している。そこに何でも詰める。どう出し入れしているのかは、謎のまま。
◆王宮の獣舎の梁。住み着いていた。
◆僕を『あのひと』と呼ぶ。
◆盗む。反省しない。戦利品のなかに、所在不明になっていた指輪が見つかったときだけ喜ばれたが、本人は何も学んでいない。
——ツグミ——
◆伝令鳥(第2級・魔獣) 【?】
◆灰色。鳩より少し大きい。
◆王宮の鳩舎の隅。他の鳥に突かれていた。
◆速い。王都から北の国境まで1日半。僕の念話が届かないところまで行ける、唯一の子。
——モチ——
◆魔熊(第2級・魔獣) 【山の腕】【冬眠の息】
◆体長2.1m、体重400kg。白変個体。体に対して、驚くほど目が小さい。
◆王都の西の村。蜂に刺されて顔がパンパンに腫れ、目が塞がって森に帰れなくなっていた。蜂に負けた甘党。
◆僕を『しろいの』と呼ぶ。理由は今も分かっていない。
◆蜂蜜大好き。ゆっくり喋る。いつも眠い。爪切りは、命がけである。
——スミ——
◆白イタチ(第?級・?獣) 【?】
◆冬に毛が白くなる。スミの夫と子5匹はまだテイムしていない。
◆王宮の書庫の3階、東壁の石積みの隙間。3年間、羊皮紙を細く裂いて巣材にしていた。
◆僕を『あのひと』と呼ぶ。
◆天才的に物分かりが良く、暖炉の煙道の横に羊毛の箱を置いたら、3日かけて子を1匹ずつ運び込んだ。以来、書庫の羊皮紙は1枚も裂かれていない。静かに暮らす聡明な一家。
——バウ——
◆猟犬(第1級・獣)
◆15歳。毛が白く抜けて、耳の縁が薄い。両膝が痛む。1年ほど前から、耳がほとんど聞こえていない。
◆王の私室の暖炉の前。
◆正面に回って呼べば、尻尾を2回、床に打つ。膏薬が効いて、今は自分で階段を上れる。名づけたのは陛下で、鳴き声がそう聞こえたからだそうだ。
——ゴマ——
◆猫(第1級・獣)
◆三毛。厨房の鼠番。
◆王宮の厨房。捕った鼠の運び先を、なぜか突然洗濯場の裏に変えて、一騒ぎ起こす。
◆仕留めた鼠を、今も洗濯場の裏に運ぶ。やめる気配がまったくない。
——ギン——
◆フェンリル(第4級・神獣) 【氷牙】【雪駆け】【遠吠え】【重奏】
◆体長20cm、体重2.1kg。→体長1.9m、体重210kg。銀白の綿毛で、鼻先だけが黒い。目は青い。
◆ロヴィ村の北の雪原。吹き溜まりの根元で、目も開けないまま凍えていた。
◆僕を『ユウマ』と呼ぶ。名前で呼ぶ契約獣は、この子だけ。
◆まだ幼獣なので、自分の成長の速さを考えずに乗ってくる。210kgが。(元)綿毛の塊。
——シグレ——
◆軍用犬(第1級・獣)
◆大型。立ち耳で、胸が深い。
◆ヴァルデン砦の中庭。出会った瞬間、僕の周りをぐるぐる回って、匂いを嗅いで、すぐに向こうから鼻を触れさせてきた。
◆僕を呼んだことがない。強いて言えば『におい、いっぱいの、ひと』らしい。
◆夜中に廊下を1周してから寝る。国境守備隊についていたので、巡回の癖が抜けない。
——カスミ——
◆軍用犬(第1級・獣)
◆シグレと同期。体はひとまわり小さいが、カスミの方が先に動く。
◆同じくヴァルデン砦の中庭。シグレのすぐあと。
◆シグレが1周するあいだ、扉のところで待っている。
——ハギ——
◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【?】
◆推定3歳のメス。冬毛は真っ白。左後肢の股関節脱臼(古傷)が原因で走るのが遅く、群れに置いていかれた。
◆ロヴィ村の雪原。群れから離れ、残った4頭のうちの1頭。エステルさんが10日かけて、肉を緩めながら戻した。10日間、治療中の痛みにじっと耐えた。
◆走れるようになってから、走るのをやめない。
——ミゾレ——
◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【?】
◆2歳以下の若い個体。冬毛は真っ白。雪原にいると動くまで見つからない。
◆ロヴィ村の雪原。群れについていけなかった若い3頭のうちの1頭。
◆いつも3頭で固まっている。ススキの後ろにつく。
——アラレ——
◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【?】
◆ミゾレより少し大きい。3頭のなかでいちばん食べる。
◆同じくロヴィ村の雪原。
◆雪の中に頭から突っ込む遊びをやめない。トト命名。「雪っぽいのがいい!」という理由で、僕の意見は聞かれなかった。
——ヒョウ——
◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【?】
◆3頭でいちばん小さく、いちばん臆病。
◆同じくロヴィ村の雪原。
◆フクの警報に、いちばん真面目に反応して、毎回律儀に立ち上がる。
——ボロ——
◆犬(第1級・獣)
◆11歳。飼い主が去年死んで、以来、村の共同飼育みたいになっていた。ひどい名前だと思ったが、本人が反応するので変えなかった。
◆ロヴィ村。出発の朝、当然といった顔で行列の最後尾についてきた。
◆掛け金の外し方を覚えた。アズキが教えたと僕は睨んでいる。
——シモ——
◆白イタチ(第?級・?獣) 【?】
◆スミと同じ種。スミよりひとまわり細い。
◆ロヴィ村。泊まった家の屋根裏。
◆僕を『あのひと』と呼ぶ。
◆僕の枕元に鼠の死体を置くという趣味を持っている。好意である。頭では分かっている。シモは誰にも気づかれずにひっそりと置くことをやり遂げる。気配を消すのが抜群に上手い。
——アサ——
◆雪兎(第?級・?獣) 【?】
◆冬毛は白。耳が短く、後肢が強靭である。
◆ロヴィ村。なぜかフクにくっついてきた。
◆僕を『あのひと』と呼ぶ。
◆フクと3羽で固まって動く。トト命名。「朝と晩に鳴くから」という理由だが、実際には1日中鳴いている。
——バン——
◆雪兎(第?級・?獣) 【?】
◆アサより少し大きい。耳の先だけ、灰色が残っている。後肢が頑強である。
◆同じくロヴィ村。
◆僕を『あのひと』と呼ぶ。
◆アサが鳴くと、必ずあとから鳴く。順番を守る。
——タケ——
◆荷役の山羊(第1級・獣)
◆オス。角が太い。「気性が荒くて誰も扱えない」という理由で、村から押しつけられた。
◆ロヴィ村。伸びすぎていた蹄を削ったら、その日のうちに大人しくなった。
◆荷を運ぶのが好きらしい。自分から荷車の横に立つ。
——コナ——
◆雪狐(第?級・?獣) 【?】
◆小さい。冬毛は白で、耳の裏だけが薄い灰色。はぐれ。
◆緩衝地帯からの帰り道。雪原からついてきた。
◆僕を『あのひと』と呼ぶ。
◆穴掘り大好き。獣舎の床を驚異的な速さで掘る。トトが3回埋め戻した。
——ムギ——
◆山羊(第1級・獣)
◆乳を出すメス。焦げ茶。
◆クルム村。避難の荷車についてきた1頭。
◆アワとキビと、必ず同じ順番で並ぶ。並び順が変わると鳴く。
——アワ——
◆山羊(第1級・獣)
◆ムギよりひとまわり小さい。額に白い斑。
◆同じくクルム村。
◆柵を越える。越えたあと、自分で戻ってくる。何がしたいのかは分からない。
——キビ——
◆山羊(第1級・獣)
◆3頭でいちばん若い。角がまだ短い。
◆同じくクルム村。
◆モチの背中に乗ろうとする。400kgは気づいていない。
——カブ——
◆荷役の牛(第1級・獣)
◆去勢牛。肩が高い。おとなしい。
◆クルム村。避難の荷車を引いてきた。
◆桶の前歴を気にする。以来、この子の水桶には印をつけてある。
——クヌギ——
◆犬(第1級・獣)
◆中型の雑種。垂れ耳。クルム村の家の番犬だった。
◆クルム村。避難のとき、僕が家を一軒ずつ回るのに、ついてきた。
◆アズキの真似をする。尻尾の振り方まで真似ようとして、うまくいっていない。
——ナラ——
◆犬(第1級・獣)
◆クヌギの兄弟。こちらは立ち耳。
◆同じくクルム村。
◆クヌギがやることを、必ず1拍遅れてやる。
——コメ——
◆鶏(第1級・獣)
◆白。よく鳴く。
◆クルム村。10歳の女の子が、納屋の梁に逃げたこの子を追いかけて、屋根裏から出られなくなっていた。
◆僕を見ると、つつく。女の子は「この子、お兄ちゃんのこと好きみたい」と言った。真偽は不明である。
——ラウ——
◆狼(第1級・獣)
◆若いオス。首に環はなかった。誓約鎖をかけなくてもニナさんに懐いていたからだ。
◆ヴァルデン砦。ニナさんが連れていた2体のうちの1頭。僕が寝ていた3日のあいだに、部屋に入ってきて、鼻先を触れさせてきた。
◆ニナさんのそばを離れない。名前は帝国の言葉で「風」。
——シュネー——
◆鷹(第1級・獣)
◆翼を傷めた痕がある。飛べる。
◆同じくヴァルデン砦。ラウといっしょに来て、嘴を僕の手の甲に触れさせた。
◆ニナさんの左腕にしか乗らない。右腕を出すと、乗らずに待つ。名前は帝国の言葉で「雪」。
——ソバ——
◆山羊(第1級・獣)
◆メス。黒。
◆クルム村から砦に入った家畜のうち、遅れて僕のところへ来た1頭。
◆ヒエといっしょに、いつもタケの後ろにいる。
——ヒエ——
◆山羊(第1級・獣)
◆ソバより小さい。片方の角がねじれている。
◆同じくクルム村から。
◆タケが荷車の横に立つと、真似をして立つ。荷は運ばない。
——クリ——
◆馬(第1級・獣)
◆栗毛のメス。7歳。砦の厩にいた。
◆ヴァルデン砦の厩。戦のあいだ、負傷者の搬送に出ずっぱりだった。僕が起きた日に、厩で鼻を触れさせてきた。
◆北の風の匂いに、いちばん先に気づく。ケルンの宿の馬と同じだ。この子たちは、僕よりずっと早く冬を知る。
——マメ——
◆伝令鳩(第1級・獣)
◆小柄。灰青。
◆ヴァルデン砦の鳩舎。ツグミの隣にいた。
◆ツグミが飛ぶと、必ず途中までついていく。途中で引き返してくる。
——フブキ——
◆氷牙狼(第?級・?獣) 【?】
◆大きなオス。座っている僕の目線より、肩が高い。立てば僕の胸まで来る。灰色に近い白。右目がない。古傷で、眼窩が塞がって毛が生えている。
◆ロヴィの雪原。あの群れの長。40頭を南東の谷へ連れていった。戦が終わったあと、この子だけが雪原から砦の門まで歩いてきた。
◆なぜ来たのかは、聞いても『……』としか返ってこない。日に1度、北を見る。それだけだ。
◇
——以上、38体。
◇
そして、ここから先は、契約していない子たちの話である。
テイムしていない。契約も、結んでいない。それでも、声が通じた相手が、何人かいる。
——オーガス——
◆古竜(第4級・神獣) 【?】
◆全長40m。800歳以上。角が4本あって、そのうち1本は根元から折れている。背中に雪が積もっていた。
◆ヴィンド地方の最奥にある、雲を突く岩山。その南面の岩棚。
◆僕に『ちいさいの』と呼びかけてきた。
◆人間と関わるのは『めんどう』らしい。1度だけの約束で、僕を助けてくれた。契約はしていない。この800年、誰のものにもなっていない。
——ヴェルグ——
◆狼(第1級・獣)
◆14歳。人間でいうなら90歳くらいだ。体は大きいが痩せている。
◆両軍の中間に張られた、使者交換の天幕。掴もうとしていないのに、声のほうから入ってきた。
◆グレゴール・アイゼンが名を与えた、唯一の獣。『この、ひと』『いい、ひと』『ずっと、いっしょ』と言っていた。最後にどこへ行ったのか、僕は知らない。
——灰色の大狼——
◆狼(第1級・獣)
◆体高はススキの倍近い。毛が短めで、脚が長い。耳の縁が3箇所、欠けている。首に、継ぎ目のない銀の環をはめていた。
◆国境の緩衝地帯。
◆帝国の人間について、『やくそく、まもって、くれる』と言った。疑うという発想が、ひと欠片もなかった。この子が今どこにいるのかは、分からない。
——ケルンの宿の牝馬——
◆馬(第1級・獣)
◆宿場町の厩に3頭いたうちのいちばん若い1頭。
◆ヴィンド地方の宿場町ケルン。雷の夜、鼻先を触れさせてきた。
◆『さむい、におい』と言って、北から来る氷牙狼の匂いを、最初に教えてくれたのは、この子だ。宿の主人が名前を呼んでいたはずだが、僕はそれを聞き逃した。
——そして、370頭——
名前も、顔も、知らない。
《重奏》が保った20秒のあいだだけ、僕はあの子たち全員と繋がっていた。20秒で切れた。あの子たちは北へ歩いていって、それきりだ。
——だから、この帳面には載せられない。
載せられないが、忘れてもいない。
◇
「兄ちゃん、書けた!」
トトが記録帳を閉じた。
「あとで直す」
「さっきも、あとでって言った」
「言ってない」
「言った!」
——アズキが、立ち上がった。
そして、厨房のほうへ歩いていって、座った。
「待って。ごめん。今、直す。今から」
『やくそく』
「する。約束する」
トトが、腹を抱えて笑っていた。




