↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/82

#39 愉快なもふもふたち

明日から朝7時と夕方4時の1日2話投稿、がんばります!

よろしくお願いします!

王都に戻って、5日目の朝だった。


僕が獣舎の戸を開けたら、トトが仁王立ちしていた。


胸に、記録帳を抱えている。


「兄ちゃん。おれ、決めた」


「なに」


「ぜんぶ書く」


「ぜんぶ?」


「38体、ぜんぶ!」


彼は記録帳を開いて、僕の鼻先に突きつけた。


「じゃあ、頼む」


「よし! ……あ、でも兄ちゃん、名前のない子が、16体いる」


——いた。


数えたら、本当に16体いた。


砦の軍用犬が2頭。クルム村から来た山羊が5頭と、荷役の牛が1頭と、犬が2頭と、鶏が1羽。砦の厩の馬が1頭。伝令鳩が1羽。ニナの狼と鷹が2体。そして、ロヴィ村の群れの長だった、片目のない氷牙狼が1頭。


言い訳をすると、この2ヶ月は戦だった。


言い訳にならないので、僕は座り込んだ。


「つける」


「つけよう!」


——そこから2時間、僕らは中庭で名前をつけた。


トトの方針は一貫していた。


「食いもんの名前がいい! 兄ちゃんの子、だいたい食いもんだから!」


否定できなかった。アズキ、モチ、クルミ、ゴマ、ハギ、ススキ。並べてみると、うちの獣舎は献立表みたいだ。


だから山羊はムギ、アワ、キビ、ソバ、ヒエになった。牛はカブ。犬はクヌギとナラ。鶏はコメ。馬はクリ。伝令鳩はマメ。


砦の軍用犬の2頭だけは、僕がつけた。


シグレとカスミ。北で会ったからだ。シグレは今でも、夜中に廊下を1周してから寝る。3年間の巡回の癖が抜けない。


ニナの2体は、もともと名前があった。


「ラウとシュネーです」


彼女は中庭の隅で、小さくそう言った。まだ王国の言葉に慣れていない発音で。


——最後の1頭は、なかなか決まらなかった。


片目のない氷牙狼である。


雪原で2時間かけて向き合った、あの大きな牡だ。なぜ砦の門まで歩いてきたのかを、聞いても『……』としか返ってこない。


「フブキ」


僕が言うと、トトが「かっこいい!」と叫んだ。


食い物ではなかったが、この子だけは、それでいいと思った。


——ところで、名前をつけている最中に、1件あった。


カブが、水を飲まなかった。


僕はしゃがんで、鼻先が触れるのを待った。


『みず』


『におい』


——それだけで足りた。


魚の匂いがした。《利き鼻》は借りるまでもなかった。


クルム村から来た荷車が、道中で干し魚を運ぶのに使った桶だった。


桶を替えたら、カブはその場で40Lくらい飲んだ。


「兄ちゃん、これも書く?」


「書いといて」


「なんて?」


「『牛は、桶の前歴を気にする』」


——では、以下が、その記録帳の中身である。


テイムした順に並んでいる。字はトトのもので、僕は1度も見ていない。読めないからだ。


   ◇


——アズキ——


 ◆魔犬(第2級・魔獣) 【利き鼻】【駆け足】

 ◆体高58cm、体重24kg。赤茶の短毛で、胸だけが白い。半立ちの耳。薄い金色の目。

 ◆王宮の厨房の裏にいた。僕がこの世界で最初に触れた生き物。

 ◆僕を『ごはん』と呼ぶ。

 ◆尻尾が全力。「あとで」に厳しい。


——ヒバリ——


 ◆飛竜(第2級・魔獣) 【風読み】【遠目】

 ◆翼開長13m、体重710kg。灰色で、喉のところだけが青い。右の脇腹に火傷の痕。

 ◆王宮の騎竜団、12番騎。古傷が原因で乗り手を落とし、廃用になりかけていた。

 ◆僕を『ひと』と呼ぶ。

 ◆早口。僕を追いかけて、通れない回廊では出口へ先回りして待っている。


——ススキ——


 ◆森狼(第2級・魔獣) 【?】

 ◆推定2歳のオス。灰色の毛に、白い差し毛が混じる。

 ◆王都から東の街道の森。群れが去ったあと、1頭だけ残っていた。

 ◆僕を1度だけ『ユウマ』と呼んだ。

 ◆無口。常に3歩後ろ。


——ソラ——


 ◆魔モモンガ(第?級・?獣) 【?】

 ◆体長18cm。毛は綿を薄く伸ばしたようで、手に乗せても重さが分からない。目が大きく、強い神秘性を感じさせる。

 ◆王宮の獣舎の裏。ある日、僕の頭に着地した。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆滑空する魔獣。『とぶ!』と『たかい!』しか喋らない。飛距離を伸ばす特訓中。


——フク——


 ◆角兎(第2級・魔獣) 【?】

 ◆額に指の長さの角が1本。片方の耳が生まれつき垂れている。

 ◆獣舎の裏の茂み。震えているところを、2時間かけて保護。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆『こわい』が口癖。後ろ肢で地面を叩いて、異常を知らせる。心音が聞こえる場所に潜り込む癖がある。


——クルミ——


 ◆魔栗鼠(第?級・?獣) 【?】

 ◆頬袋が無限を思わせるほど発達している。そこに何でも詰める。どう出し入れしているのかは、謎のまま。

 ◆王宮の獣舎の梁。住み着いていた。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆盗む。反省しない。戦利品のなかに、所在不明になっていた指輪が見つかったときだけ喜ばれたが、本人は何も学んでいない。


——ツグミ——


 ◆伝令鳥(第2級・魔獣) 【?】

 ◆灰色。鳩より少し大きい。

 ◆王宮の鳩舎の隅。他の鳥に突かれていた。

 ◆速い。王都から北の国境まで1日半。僕の念話が届かないところまで行ける、唯一の子。


——モチ——


 ◆魔熊(第2級・魔獣) 【山の腕】【冬眠の息】

 ◆体長2.1m、体重400kg。白変個体。体に対して、驚くほど目が小さい。

 ◆王都の西の村。蜂に刺されて顔がパンパンに腫れ、目が塞がって森に帰れなくなっていた。蜂に負けた甘党。

 ◆僕を『しろいの』と呼ぶ。理由は今も分かっていない。

 ◆蜂蜜大好き。ゆっくり喋る。いつも眠い。爪切りは、命がけである。


——スミ——


 ◆白イタチ(第?級・?獣) 【?】

 ◆冬に毛が白くなる。スミの夫と子5匹はまだテイムしていない。

 ◆王宮の書庫の3階、東壁の石積みの隙間。3年間、羊皮紙を細く裂いて巣材にしていた。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆天才的に物分かりが良く、暖炉の煙道の横に羊毛の箱を置いたら、3日かけて子を1匹ずつ運び込んだ。以来、書庫の羊皮紙は1枚も裂かれていない。静かに暮らす聡明な一家。


——バウ——


 ◆猟犬(第1級・獣)

 ◆15歳。毛が白く抜けて、耳の縁が薄い。両膝が痛む。1年ほど前から、耳がほとんど聞こえていない。

 ◆王の私室の暖炉の前。

 ◆正面に回って呼べば、尻尾を2回、床に打つ。膏薬が効いて、今は自分で階段を上れる。名づけたのは陛下で、鳴き声がそう聞こえたからだそうだ。


——ゴマ——


 ◆猫(第1級・獣)

 ◆三毛。厨房の鼠番。

 ◆王宮の厨房。捕った鼠の運び先を、なぜか突然洗濯場の裏に変えて、一騒ぎ起こす。

 ◆仕留めた鼠を、今も洗濯場の裏に運ぶ。やめる気配がまったくない。


——ギン——


 ◆フェンリル(第4級・神獣) 【氷牙】【雪駆け】【遠吠え】【重奏】

 ◆体長20cm、体重2.1kg。→体長1.9m、体重210kg。銀白の綿毛で、鼻先だけが黒い。目は青い。

 ◆ロヴィ村の北の雪原。吹き溜まりの根元で、目も開けないまま凍えていた。

 ◆僕を『ユウマ』と呼ぶ。名前で呼ぶ契約獣は、この子だけ。

 ◆まだ幼獣なので、自分の成長の速さを考えずに乗ってくる。210kgが。(元)綿毛の塊。


——シグレ——


 ◆軍用犬(第1級・獣)

 ◆大型。立ち耳で、胸が深い。

 ◆ヴァルデン砦の中庭。出会った瞬間、僕の周りをぐるぐる回って、匂いを嗅いで、すぐに向こうから鼻を触れさせてきた。

 ◆僕を呼んだことがない。強いて言えば『におい、いっぱいの、ひと』らしい。

 ◆夜中に廊下を1周してから寝る。国境守備隊についていたので、巡回の癖が抜けない。


——カスミ——


 ◆軍用犬(第1級・獣)

 ◆シグレと同期。体はひとまわり小さいが、カスミの方が先に動く。

 ◆同じくヴァルデン砦の中庭。シグレのすぐあと。

 ◆シグレが1周するあいだ、扉のところで待っている。


——ハギ——


 ◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【?】

 ◆推定3歳のメス。冬毛は真っ白。左後肢の股関節脱臼(古傷)が原因で走るのが遅く、群れに置いていかれた。

 ◆ロヴィ村の雪原。群れから離れ、残った4頭のうちの1頭。エステルさんが10日かけて、肉を緩めながら戻した。10日間、治療中の痛みにじっと耐えた。

 ◆走れるようになってから、走るのをやめない。


——ミゾレ——


 ◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【?】

 ◆2歳以下の若い個体。冬毛は真っ白。雪原にいると動くまで見つからない。

 ◆ロヴィ村の雪原。群れについていけなかった若い3頭のうちの1頭。

 ◆いつも3頭で固まっている。ススキの後ろにつく。


——アラレ——


 ◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【?】

 ◆ミゾレより少し大きい。3頭のなかでいちばん食べる。

 ◆同じくロヴィ村の雪原。

 ◆雪の中に頭から突っ込む遊びをやめない。トト命名。「雪っぽいのがいい!」という理由で、僕の意見は聞かれなかった。


——ヒョウ——


 ◆氷牙狼(第2級・魔獣) 【?】

 ◆3頭でいちばん小さく、いちばん臆病。

 ◆同じくロヴィ村の雪原。

 ◆フクの警報に、いちばん真面目に反応して、毎回律儀に立ち上がる。


——ボロ——


 ◆犬(第1級・獣)

 ◆11歳。飼い主が去年死んで、以来、村の共同飼育みたいになっていた。ひどい名前だと思ったが、本人が反応するので変えなかった。

 ◆ロヴィ村。出発の朝、当然といった顔で行列の最後尾についてきた。

 ◆掛け金の外し方を覚えた。アズキが教えたと僕は睨んでいる。


——シモ——


 ◆白イタチ(第?級・?獣) 【?】

 ◆スミと同じ種。スミよりひとまわり細い。

 ◆ロヴィ村。泊まった家の屋根裏。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆僕の枕元に鼠の死体を置くという趣味を持っている。好意である。頭では分かっている。シモは誰にも気づかれずにひっそりと置くことをやり遂げる。気配を消すのが抜群に上手い。


——アサ——


 ◆雪兎(第?級・?獣) 【?】

 ◆冬毛は白。耳が短く、後肢が強靭である。

 ◆ロヴィ村。なぜかフクにくっついてきた。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆フクと3羽で固まって動く。トト命名。「朝と晩に鳴くから」という理由だが、実際には1日中鳴いている。


——バン——


 ◆雪兎(第?級・?獣) 【?】

 ◆アサより少し大きい。耳の先だけ、灰色が残っている。後肢が頑強である。

 ◆同じくロヴィ村。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆アサが鳴くと、必ずあとから鳴く。順番を守る。


——タケ——


 ◆荷役の山羊(第1級・獣)

 ◆オス。角が太い。「気性が荒くて誰も扱えない」という理由で、村から押しつけられた。

 ◆ロヴィ村。伸びすぎていた蹄を削ったら、その日のうちに大人しくなった。

 ◆荷を運ぶのが好きらしい。自分から荷車の横に立つ。


——コナ——


 ◆雪狐(第?級・?獣) 【?】

 ◆小さい。冬毛は白で、耳の裏だけが薄い灰色。はぐれ。

 ◆緩衝地帯からの帰り道。雪原からついてきた。

 ◆僕を『あのひと』と呼ぶ。

 ◆穴掘り大好き。獣舎の床を驚異的な速さで掘る。トトが3回埋め戻した。


——ムギ——


 ◆山羊(第1級・獣)

 ◆乳を出すメス。焦げ茶。

 ◆クルム村。避難の荷車についてきた1頭。

 ◆アワとキビと、必ず同じ順番で並ぶ。並び順が変わると鳴く。


——アワ——


 ◆山羊(第1級・獣)

 ◆ムギよりひとまわり小さい。額に白い斑。

 ◆同じくクルム村。

 ◆柵を越える。越えたあと、自分で戻ってくる。何がしたいのかは分からない。


——キビ——


 ◆山羊(第1級・獣)

 ◆3頭でいちばん若い。角がまだ短い。

 ◆同じくクルム村。

 ◆モチの背中に乗ろうとする。400kgは気づいていない。


——カブ——


 ◆荷役の牛(第1級・獣)

 ◆去勢牛。肩が高い。おとなしい。

 ◆クルム村。避難の荷車を引いてきた。

 ◆桶の前歴を気にする。以来、この子の水桶には印をつけてある。


——クヌギ——


 ◆犬(第1級・獣)

 ◆中型の雑種。垂れ耳。クルム村の家の番犬だった。

 ◆クルム村。避難のとき、僕が家を一軒ずつ回るのに、ついてきた。

 ◆アズキの真似をする。尻尾の振り方まで真似ようとして、うまくいっていない。


——ナラ——


 ◆犬(第1級・獣)

 ◆クヌギの兄弟。こちらは立ち耳。

 ◆同じくクルム村。

 ◆クヌギがやることを、必ず1拍遅れてやる。


——コメ——


 ◆鶏(第1級・獣)

 ◆白。よく鳴く。

 ◆クルム村。10歳の女の子が、納屋の梁に逃げたこの子を追いかけて、屋根裏から出られなくなっていた。

 ◆僕を見ると、つつく。女の子は「この子、お兄ちゃんのこと好きみたい」と言った。真偽は不明である。


——ラウ——


 ◆狼(第1級・獣)

 ◆若いオス。首に環はなかった。誓約鎖をかけなくてもニナさんに懐いていたからだ。

 ◆ヴァルデン砦。ニナさんが連れていた2体のうちの1頭。僕が寝ていた3日のあいだに、部屋に入ってきて、鼻先を触れさせてきた。

 ◆ニナさんのそばを離れない。名前は帝国の言葉で「風」。


——シュネー——


 ◆鷹(第1級・獣)

 ◆翼を傷めた痕がある。飛べる。

 ◆同じくヴァルデン砦。ラウといっしょに来て、嘴を僕の手の甲に触れさせた。

 ◆ニナさんの左腕にしか乗らない。右腕を出すと、乗らずに待つ。名前は帝国の言葉で「雪」。


——ソバ——


 ◆山羊(第1級・獣)

 ◆メス。黒。

 ◆クルム村から砦に入った家畜のうち、遅れて僕のところへ来た1頭。

 ◆ヒエといっしょに、いつもタケの後ろにいる。


——ヒエ——


 ◆山羊(第1級・獣)

 ◆ソバより小さい。片方の角がねじれている。

 ◆同じくクルム村から。

 ◆タケが荷車の横に立つと、真似をして立つ。荷は運ばない。


——クリ——


 ◆馬(第1級・獣)

 ◆栗毛のメス。7歳。砦の厩にいた。

 ◆ヴァルデン砦の厩。戦のあいだ、負傷者の搬送に出ずっぱりだった。僕が起きた日に、厩で鼻を触れさせてきた。

 ◆北の風の匂いに、いちばん先に気づく。ケルンの宿の馬と同じだ。この子たちは、僕よりずっと早く冬を知る。


——マメ——


 ◆伝令鳩(第1級・獣)

 ◆小柄。灰青。

 ◆ヴァルデン砦の鳩舎。ツグミの隣にいた。

 ◆ツグミが飛ぶと、必ず途中までついていく。途中で引き返してくる。


——フブキ——


 ◆氷牙狼(第?級・?獣) 【?】

 ◆大きなオス。座っている僕の目線より、肩が高い。立てば僕の胸まで来る。灰色に近い白。右目がない。古傷で、眼窩が塞がって毛が生えている。

 ◆ロヴィの雪原。あの群れの長。40頭を南東の谷へ連れていった。戦が終わったあと、この子だけが雪原から砦の門まで歩いてきた。

 ◆なぜ来たのかは、聞いても『……』としか返ってこない。日に1度、北を見る。それだけだ。


   ◇


——以上、38体。


   ◇


そして、ここから先は、契約していない子たちの話である。


テイムしていない。契約も、結んでいない。それでも、声が通じた相手が、何人かいる。


——オーガス——


 ◆古竜(第4級・神獣) 【?】

 ◆全長40m。800歳以上。角が4本あって、そのうち1本は根元から折れている。背中に雪が積もっていた。

 ◆ヴィンド地方の最奥にある、雲を突く岩山。その南面の岩棚。

 ◆僕に『ちいさいの』と呼びかけてきた。

 ◆人間と関わるのは『めんどう』らしい。1度だけの約束で、僕を助けてくれた。契約はしていない。この800年、誰のものにもなっていない。


——ヴェルグ——


 ◆狼(第1級・獣)

 ◆14歳。人間でいうなら90歳くらいだ。体は大きいが痩せている。

 ◆両軍の中間に張られた、使者交換の天幕。掴もうとしていないのに、声のほうから入ってきた。

 ◆グレゴール・アイゼンが名を与えた、唯一の獣。『この、ひと』『いい、ひと』『ずっと、いっしょ』と言っていた。最後にどこへ行ったのか、僕は知らない。


——灰色の大狼——


 ◆狼(第1級・獣)

 ◆体高はススキの倍近い。毛が短めで、脚が長い。耳の縁が3箇所、欠けている。首に、継ぎ目のない銀の環をはめていた。

 ◆国境の緩衝地帯。

 ◆帝国の人間について、『やくそく、まもって、くれる』と言った。疑うという発想が、ひと欠片もなかった。この子が今どこにいるのかは、分からない。


——ケルンの宿の牝馬——


 ◆馬(第1級・獣)

 ◆宿場町の厩に3頭いたうちのいちばん若い1頭。

 ◆ヴィンド地方の宿場町ケルン。雷の夜、鼻先を触れさせてきた。

 ◆『さむい、におい』と言って、北から来る氷牙狼の匂いを、最初に教えてくれたのは、この子だ。宿の主人が名前を呼んでいたはずだが、僕はそれを聞き逃した。


——そして、370頭——


名前も、顔も、知らない。


《重奏》が保った20秒のあいだだけ、僕はあの子たち全員と繋がっていた。20秒で切れた。あの子たちは北へ歩いていって、それきりだ。


——だから、この帳面には載せられない。


載せられないが、忘れてもいない。


   ◇


「兄ちゃん、書けた!」


トトが記録帳を閉じた。


「あとで直す」


「さっきも、あとでって言った」


「言ってない」


「言った!」


——アズキが、立ち上がった。


そして、厨房のほうへ歩いていって、座った。


「待って。ごめん。今、直す。今から」


『やくそく』


「する。約束する」


トトが、腹を抱えて笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。