#27 飛竜の報告
王都への帰り道は、来たときより荷が重かった。
理由は、増えたからだ。
まず、ハギ。脚の治った牝の氷牙狼。走れるようになったこの子は、僕の周りを走り回るのをやめない。
若い氷牙狼が3頭。名前は、ミゾレ、アラレ、ヒョウ。全部トトがつけた。「雪っぽいのがいい!」という理由で、僕の意見は聞かれなかった。
そして、ロヴィ村を出るときに、5体ついてきた。
内訳を話す。
1つ。村の年寄り犬。11歳。飼い主が去年死んで、以来、村の共同飼育になっていた。名前はもとから「ボロ」だった。ひどい名前だと思ったが、本人が反応するので変えなかった。
2つ。屋根裏に住んでいた白イタチ。書庫のスミと同じ種だ。この子は、僕の枕元に鼠の死体を置くという趣味を持っている。名を「シモ」とつけた。
3つと4つ。雪兎が2羽。フクにくっついてきた。フクにこの子たちの面倒が見られるとは思えないが、なぜか3羽で固まって動く。「アサ」と「バン」。トトの命名である。理由は「朝と晩に鳴くから」だが、実際には1日中鳴いている。
5つ。荷役の山羊。ロヴィ村が「荷を運ぶのに使ってくれ」と押しつけてきた個体で、押しつけてきた理由は「気性が悪くて誰も扱えない」だった。座って15分待ったら、鼻を触れさせてきた。理由は単純で、蹄が伸びすぎていた。削ったら大人しくなった。名を「タケ」とした。
——23体。
行列である。
街道を歩いていると、すれ違う隊商が例外なく道を譲る。譲るというより、避ける。400kgの熊と、氷牙狼が4頭と、飛竜が1頭いる集団が来たら、僕でも避ける。
「これ、軍だな」
リーゼが言った。
「調査隊です」
「調査隊は氷牙狼を4頭連れて帰らん」
「うちの調査隊は連れて帰ります」
アーリアが帳面に書いた。
「『第41日。隊、23体を擁するに至る』」
「書かないでください」
「記録係ですので」
——ヴァルデン砦を出て1日目の夜、僕らは街道沿いの空き家で野営した。
家というより、屋根と壁がなんとか残っているだけの廃屋だ。夏場に牧夫が使うらしい。
焚き火を、外に組んだ。
雪の上に石を並べて、その中で燃やす。獣たちが火の周りにお決まりどおりに並ぶ。フクがいちばん近い。それに寒さに強いはずの雪兎が2羽くっついている。氷牙狼の4頭は、火から離れたところで平気な顔をしている。この子たちも寒さに強い。
僕は、モチの腹にもたれて座っていた。
ギンが膝の上にいる。12kg。もう「乗る」というより「かぶさる」に近い。
——アーリアは、火の反対側に座っていた。
湯を入れた木の椀を両手で持って、冷ましている。この人は熱いものが飲めない。
そして、言った。
「ユウマさん」
「はい」
「妙な夢を、繰り返し見るのです」
僕は「夢ですか」と言った。
「はい。同じ夢を、春から、何度も」
彼女は、椀の中を見ていた。
「知らない街です」
「はい」
「石でできた、平らな道があります。きれいな平らで、継ぎ目がありません。石畳ではありません。石でできた、1枚の道です」
「はい」
「そこに、四角い箱が、たくさん並んで動いております」
僕は、枝を火にくべた。
「箱、ですか」
「はい。人が乗れるほどの大きさで、色がついていて、光っています。それが、川のように、並んで動いているのです」
「へえ」
「うるさいのです」
彼女は言った。
「唸るような音がして。それが、恐ろしい速さで、途切れずに流れていくのです。わたしはその道を、渡ろうとして——」
彼女は、そこで言葉を切った。
「そこで、目が覚めます」
——僕は、火に、もう1本、枝をくべた。
「変わった夢ですね」
「変わっておりますでしょう」
「はい」
「この国のどこにも、そのような道はありません」
「そうですね」
「ユウマさんの世界には、ございますか」
——僕は、火を見ていた。
「さあ」
そう言った。
「夢の話なので」
アーリアは「そうですね」と言った。
そして、椀の湯に、口をつけた。
まだ熱かったらしく、少し顔をしかめた。
——その夜、後半で、物語が動いた。
上空で、鳴き声がした。
ヒバリだ。
この子は日暮れ前から、国境方面の偵察に出していた。理由はない。習慣だ。北の空を見ておくのは、この1ヶ月ずっと続けている。
灰色の飛竜が、廃屋の前に降りた。雪が舞い上がって、焚き火が横に寝た。
僕は立ち上がった。
『ヒバリ。おかえり』
『みた』
——早い。
この子の念話は、いつも早口の断片だ。偵察報告と同じ形をしている。
『みた』
『きた』
『きた、から』
「北から?」
『きた、から』
『けもの、おおい』
「獣が多い」
『おおい』
『いっぱい』
『あるく』
——僕は、そこまでは驚かなかった。
冬に獣が動くのは、珍しくない。餌がないから移動する。今年は特にそうだ。
だが、次の1語で、背中が冷えた。
『ひと、いっしょ』
「……え?」
『ひと、いっしょ』
『ならぶ』
『あるく、いっしょ』
——僕は、火のそばに戻った。
戻って、リーゼを呼んだ。
「リーゼさん」
「なんだ」
「ヒバリが、北で獣の群れを見ました」
「ほう」
「人間の隊列と、歩調を合わせて移動してます」
——彼女の顔から、表情が消えた。
「……もう1度言え」
「人間と、同じ速さで、並んで歩いてます」
「何頭だ」
「『いっぱい』としか。この子、大きい数は分かりません」
リーゼは、焚き火の横に地図を広げた。
雪の上に、革の地図を。
「ヒバリの見た場所は」
「聞きます」
——これが、難しい。
飛竜に「場所」を説明させるのは、ほぼ不可能だ。この子たちの頭の中に、地名も座標もない。
だから僕は、別の聞き方をした。
『川、見た?』
『みた』
『川、いくつ』
『……ふたつ』
『山は』
『みぎ』
『太陽は、どっち』
『……うしろ』
——それだけで、リーゼは指を置いた。
「ここだ」
彼女は地図の一点を叩いた。
「2本の川に挟まれて、右手に山、日没を背にして帰る位置。緩衝地帯の、北の端だ」
「近いですか」
「国境から、48km」
僕は、その数字を、頭の中で換算した。
近い。
「……そんな獣、いないですよ」
僕は言った。
「え?」
「獣の集団は、人間と歩調を合わせません。合わせられないんです。犬でも無理です。訓練された猟犬でも、集団ぜんぶ、人間と同じ速さでは歩きません。速かったり、遅かったり、必ずばらけます」
僕は、自分の足元を見た。
アズキが、僕の隣で寝ている。
この子は僕と歩くとき、常に僕の半歩前を行く。行き過ぎて、待って、また行く。3ヶ月経っても、歩調は揃わない。
ススキは3歩後ろ。これも揃っていない。
「歩調が揃うっていうのは」僕は言った。
「それは、たぶん獣が自分の意志で歩いてないってことです」
リーゼは、地図を睨んだ。
そして、ツグミを呼んだ。
僕の念話が届く距離の外へ行ける、唯一の子だ。
「オズワルド団長宛だ。今夜のうちに書く」
——書付が飛んだのは、真夜中だった。
僕は、それを見送ってから、焚き火の前に戻った。
膝の上に、ギンを乗せる。
12kg。手のひらでは、もう背中が覆えない。
『ギン』
『ユウマ』
「起きてたのか」
『ユウマ』
『あっち』
——僕は、顔を上げた。
『あっち』
この子は、北を見ていた。
耳が、伏せられていた。目が、細くなっていた。
『あっち』
『いや』
——3語だった。
この子が3語を喋ったのは、初めてだった。
『ユウマ』
『あっち』
『いや』
「……なにがいるの」
『……』
沈黙。
僕は、北を見た。
雪雲が、低く垂れていた。星は見えなかった。
第4級の神獣の幼体が、嫌がる方角。
——そこに、何かがある。




