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祈りが最期に織り上げるのは  作者: 小織
2:運命の姫君
12/12

ときには牧歌的な朝

 美優が朝祷から戻ってきた。


「ゆーきーちゃああああん!」


 ぐわしっ。

 長い廊下を全力疾走、十分に助走をつけた美優にタックルもとい抱きつかれ、体勢を崩す。

 踏ん張りきれずに押し倒される形で床に転がるけれど、ふかふかの絨毯のおかげでそれほど痛みを感じない。

 グッジョブ絨毯。

 伊達に高級なわけじゃない絨毯への賛辞を胸に、美優の頭を小突く。


「痛い重い邪魔。どいてよ美優」

「えへへ、雪ちゃんのにおいがする~」


 くんかくんか。

 胸元に顔を押し付けて美優が鼻を鳴らす。

 ぞわあああ、とわたしの脊髄を冷たいものがかけのぼる。こういうのを悪寒っていうに違いない。

 

「なにやってんの!? ばか美優、はやくどいて!」

「んー、もうちょっとだけ~」

「だまれ変態! いいからどいて!!」

「ちぇっ、雪ちゃんのケチぃ」


 文句をたれながらも素直に立ちあがるところは美優らしい。

 とはいえもう高校生なんだから、それ相応の落ち着きをもつべきだ。

 具体的には、出会いがしらのハグをやめること。小学生じゃないんだから。

 それ以上に人の匂いを嗅ぐのはやめてほしい。美優よ、あんたを変態に育てたつもりはない。


「――ともかく、朝祷おつかれさま」

「本当つかれたよぉ。お腹ぺこぺこで、お腹鳴らないかヒヤヒヤしちゃった」

「そっか。じゃあ、早くご飯に行っておいで」


 美優の食事は、お偉い方と同じテーブルを囲んで行われる。

 食事も儀式の一環だとか。運命の姫君も大変だ。


「今日は自由に朝ごはんを食べていいって、リエナがいってた」

「そうなの?」

「うん。だから一緒に食べよ、雪ちゃん」


 美優がにっこり笑う。相変わらず破壊力のデカい笑顔。といってもわたしは慣れたものだけど。

 脇に控えている神官さんたちがこっそり感嘆のため息をついている。

 ……でもね、みなさん。こいつの本性は底抜けのアホですよ。見た目にだまされないでほしい。


「わたしはいいけど、リエナさんが許してくれるの?」


 リエナさん――神官長というとても偉い役職についている人――はわたしを警戒していて、わたしが美優に近づくのを嫌っている。


「大丈夫だいじょうぶ。リエナはあたしのお願いならなんでも聞いてくれるもん!」


 さすが美優。権力などどこ吹く風、ゴーイングマイウェイ。

 しかも、その言い分がわりと真実というのが恐ろしい。

 たしかに美優の『運命の姫君』とかいう役割も、ものすごく偉いんだもんな……いうなれば、この世界の救世主だしねえ。

 そんな人間のちょっとした“お願い”なら、あのリエナさんとて聞き入れるしかないのだろう。


「せっかくだから庭で食べよっ! 景色が良い場所見つけたんだ。だめ?」

「美優の好きにしていいよ」


 返した言葉は少し投げやりだったかもしれない。

 厄介者扱いのわたしに拒否権なんてない――そう思ってしまったから。

 でも、美優はきっと気づいてない。やったあ、と抱きついてくる姿は無邪気そのもの。

 なんとなく罪悪感を覚える。文句ばかりの自分が情けない。







 そんなこんなでやってきた庭園。

 一般に開放されている庭園とは別で、立ち入りが制限される神殿裏区画の方のそれだ。

 なんというか……デカい。そのひとことに限る。

 見渡す限りの緑と花。壮麗な噴水。広大な池に優美な東屋。


「楽園をイメージして作られたんだって」


 ちょっと得意げに美優が説明してくれる。

 たしかに楽園を地上に再現しようとしたら、こういう感じになるのかも。

 そう思わせてくれるほどに、この庭園は美しい。


「ねーねー雪ちゃん。見とれるのもそのくらいにして、はやくご飯食べようよ~」


 風景に見とれるわたしとは対照的に、美優は花より団子の様子。ぶれない奴め。

 雰囲気ぶち壊しの言葉にやれやれと肩をすくめつつ東屋の椅子に座る。

 白亜のテーブルの上には、いつの間に用意されたのか豪華な朝食が並んでいた。

 ひとつひとつはあっさりしているメニューだけど、こうたくさん並べられると見ているだけでお腹がいっぱいになるというか。視界的な暴力というか。

 なんにせよ量が多すぎる。


「美優はいつもこういうの食べてるの?」

「うん。ちょっと豪華すぎるよねえ。もう慣れたけど」

「へえ……大変だね」


 わたしは普段、パン(らしきもの)とおかず数品、あまいミルクという簡素なものを一人で食べている。

 しかし、この圧迫感のある朝食を身分ある方々と食べるよりは何倍もいいと思ってしまう。

 邪魔者扱いされるのはつらいけれど、美優のように丁重にもてなされるのも大変だ。


「いただきます」

「いただきまーす!」

「……あ、おいしい」

「でしょ? これもおいしいよ! それにあれも、それも、あっこれもね――」

「待て待て待て。一気にそんなにもらっても食べきれないから」

「雪ちゃんは小食だなあ。あたしならこんなの一瞬なのに」

「あんたの胃袋はおかしいの! そんなほっそい身体のどこに入れてるわけ? ほんっとムカつく……」

「ふっふっふ、あたしのお腹は雪ちゃんの手料理を食べるために進化したのだよ~!!」

「……バカか」


 たわいない会話を交わしつつ、朝食は和やかに進む。

 そういえば、美優とご飯を一緒に食べるのは久しぶりだ。

 異世界こっちに来るまえは日常に組み込まれていたことだというのに、状況が変わるだけで日課はいとも簡単に崩壊してしまった。

 地球あっちでは、毎食毎食美優と囲む食卓にうんざりしたこともあったけど、今思うと、それも一種のぜいたくな感情だったのかも。

 気心の知れた人と、なんの緊張もなく時間をすごせるというのは、いいものだ。


「雪ちゃん」

「なに、美優」

「あのね、楽しいなあって」


 しあわせを絵にかいたような、きらきらした美優の笑み。

 いつもはそれを煙たく思ったりもするのだけど、今はなんの二心もなく笑い返せる。


「わたしも」


 この一瞬、わたしはたしかにしあわせだ。

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