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7 彼女を助けるために添い寝してみた

2017年8月23日 修正しました。

2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。

村民館へ戻ると、黒いトンガリ帽子とヴェールで顔を隠したヨナさんが、荷物の中身を確認していた。ずいぶんな量だ。馬でも使わないと運べそうにない。


「おはようございます」


「はい、おはようございます」


 昨日と同じように、無感情で返してきた。いや、昨日のご飯の時の事を考えると、解りづらいだけで感情はちゃんと表に出ているんだろうな。


「準備にまだ時間がかかります。ノレムさんの用事を先に済ませてください」


「そうですか。……じゃあ、ちょっと行ってきます」


俺はフェミルの屋敷へ向かった。玄関に着いたが、中には入らなかった。二階の左隅の窓を見上げる。そこはバンゾさんの書斎だった。正直、この件については頭がぐしゃぐしゃで、まだ結論が出ていない。……しかし。


「俺は! それでも! バンゾさんを……父親だと思っています……」


 LVが上がった俺の声は、怒声なら空気が震えるほどの声量を出すことができるのに、今の俺には、書斎に届くか届かないか解らない大きさを絞り出すのがやっとだった。頭を下げて、そのままヨナさんの元に戻った。村の皆にも挨拶をしたかったが、合わせる顔が無い。地面を殴りつけたり、怒鳴ったり。あんな姿をさらしてしまったし、バンゾさんが皆にどれだけ好かれているか解っているから。


「お待たせしました」


「はい。では、行きます」


 これから村を出る。物心ついた時からアロイス村で過ごした俺にとって、外の世界は初めてだ。皆に歓迎されて出るならともかく、逃げ去るような出発は良いとは言えないけど、それでも俺は暗い気持ちより、晴れやかな気持ちが勝っていた。唯一の心残りが無ければだけど。


「フェミル……さよなら」

※ ※ ※


ヨナさんの大荷物を持とうとしたが、断られた。魔法で軽くしてあるそうだ。魔法って便利だな……。しかし、会話のきっかけでもと思った行動がさっそく失敗してしまった。早くバンゾさんの処遇について聞きたいのに……いきなり本題を話しても大丈夫だろうか。


「あの……バンゾさん……についてですけど……」


「ええ。王兵へ引き渡し、処罰します」


「え!? い、いや! 困ります! 止めてください!」


「はい。解りました。止めます」


「……は?」


すたすたと歩くヨナさんの背中を慌てて追った。


「え、あの。本当ですか? 大丈夫なんですか?」


「しっかりとした集落なら、周りが処罰をするでしょう。外部が事情も解らず判断するより、内部の判断にお任せします」


「そ……そうですか……」


 村の皆の判断になるのか。なら、きっと大丈夫だ。バンゾさんの事は、俺よりも皆が知っている。もう見えないアロイス村を振り返り、どうか良い結果になりますようにと願った。肩の荷が下りたのか、そう言えばどこに行くのかも聞いていない事に気がついた。


「ヨナさん。どこに向かうんですか?」


「まずは、交易所へ向かいます。そこでノレムさんにギルドに加入してもらいます」


「ギルド……ああ! 協会ですよね? 話には聞いた事があります。そうかあ。俺、冒険者ギルドに入るのかあ……」


こんな田舎村には縁のない話だが、世間は複数の協会によって支え合って存続している。冒険者ギルドが鉱石や素材を取得し、生産者ギルドがそれを買い取り加工し、商人ギルドが売買し、大衆がそれを手にする。そういう流れで人の世界が成り立っている。冒険譚の中でしか知らない世界に入門したのかと思うと、さすがに少し胸が高鳴った。いや、いかんいかん。成人したって言うのに、子供のようにはしゃぐのはみっともない。


「いえ、入るのは英雄ギルドです」


 ヨナさんの返答に、夢見心地だった俺は我に返った。


「え? えいゆう……ギルド?」


「はい。私たちのギルドです。詳しい事はその時に」


 英雄ギルド? 聞いた事が無い。何だろう? 英雄たちがいるギルド? 何だそれは。そんな事を話しながら俺達は日暮れまで歩いた。

※ ※ ※


道から少し離れた場所でヨナさんが手際よく野営の準備をして、夕食を作ってくれた。特製の干し肉をだし汁で戻した炒め物や、新鮮な野菜を味わった事の無いソースで食べたが、どれも絶品だった。


「もしかして、料理人の経験とかあったりします?」


「……お世辞でも、ありがとうございます」


 普段は無表情で無感情のヨナさんだが、料理を褒めると途端に赤くなる。照らされた炎のせいもあるだろうか。妙に色っぽいと言うか、大人の色気と言うのか。そんな事を思っていると背筋に急な寒気を覚えて、後ろを振り向いた。


「ノレムさん?」


「あ、いや……何でもないです」


たき火の光が届かない藪から音が聞こえた気がしたけど、気のせいだろう。夜も更け、先に寝ていいと言われお布団で寝た。

※ ※ ※


爽やかな朝を迎えた後、うつらうつらしているヨナさんを見て寝ずの番をしてくれていた事に気がついて衝撃を覚えた。確かに野宿は見張り番が必要か。まるで気がつかなかった。次は俺がしよう。


そう言えば、お布団スキルもいくつか追加されていた。虫よけLV1と安眠LV1だ。ヨナさんが鑑定してくれたところ、虫よけはそのままの意味だったが、安眠は注目に値するものだった。

『安眠LV1 お布団で寝ると、外敵から睡眠を妨害されにくくなります』

これは、魔術結界と同じ効果なのではとヨナさんが言っていた。ポイントは50だったので、優先して取ってみよう。今は22なので、あと数日かな。聖域LV1も気になるけど、時間が止まるってどういう意味なんだろう? 訳が解らないので保留中だ。


「この山を越えると、交易所に着きます」


 アロイス村を出て三日、ようやく人里に着ける。いつも通り山道を歩いていると、ヨナさんの足が止まった。


「どうしました?」


「不穏な魔素を探知しました。魔物が現れたようです」


「魔物!?」


キョロキョロと辺りを見渡す。しかし、風で草木が揺れているのか、何かがいるのか解らない。


「あ、あの、俺、魔物とか……今まで一度も見た事が無いんですけど……」


「来ますよ」


心臓が高鳴ってきた。お布団スキルのおかげでLVが格段に上がったとは言え、戦闘はおろか不良たちとのお粗末な喧嘩くらいしか経験がない。周りの草が激しく動き、何かがこちらへ近づいてきているのが明確に解る。そいつは低く唸りながらとうとう姿を現した。


「スプリングウルフ……」


ヨナさんがそう呼ぶ狼は、信じられないくらいに大きかった。四つん這いの状態ですでに俺より大きい。それが何匹もいる。ああ、俺、ここで死ぬんだと悟ってしまった。


「ノレムさん。戦ってください」


「え!? む、無理です! こ、こんな大きい……」


そう言いかけてヨナさんを見ると、スプリングウルフの牙が今にもヨナさんに届きそうだった。弾けたように俺はヨナさんの方へ高速で移動し、無我夢中で殴りつけた。俺の拳が顔に当たると、スプリングウルフは木に叩きつけられ、その木ごと後ろに吹っ飛んでいった。


「……? は、はあ……!?」


自分が起こした行動に頭がついていけず呆然としていると、周りのスプリングウルフが一斉に飛び掛かってきた。俺は右腕、左肩、両足、他にも様々な部分を噛まれたが、まるで痛みを感じない。くすぐったい子犬の甘噛みのようだ。


「ど、どけよっ!」


 上半身を捻っただけで、スプリングウルフの数体が木に叩きつけられた。足を噛んでいるヤツに拳を振り下ろすと、ごちゃりという嫌な音を響かせて頭が割れた。思わず体を引く。


「何という……強さ……」


ヨナさんが俺を見て唖然としていた。その後ろで、スプリングウルフが体勢を低くして今にも襲い掛かりそうだ。危ない! 間に合うか!?


「魔法炭酸水弾【スプラッシュソーダ】」


ヨナさんが綺麗に響く声でそう言うと、スプリングウルフの体にいくつもの穴ができ、そこからシュワアという音が響いた。なんだこれ? 魔法? 緊急事態の連続に、俺は特に疲れてもいないのに息が絶え絶えだった。そんな中、一匹だけ残ったスプリングウルフが逃げていく。


「手負いを残すのは不味いです。誰かが襲われてからでは遅いですから、殲滅を……」


ヨナさんがそう言い終える前に、悲鳴が響いた。その声が、あまりにも知っている人に似ていた。全身から嫌な汗が吹き出し、いてもたってもいられず声の方向へ向かって走った。そこには……。


「フェミル……!?」


背中越しに倒れている、栗毛の女の子がいた。確認したくない恐怖より、助けたい気持ちが勝って肩を掴もうとしたが、無い。フェミルの左肩から下は何も無くなっていた。その現実に頭がおかしくなりそうだった。遅れて、ヨナさんが走ってきた。


「ヨ、ヨナさん! フェミルが! 腕がっ!!」


「……回復します。しかし、私は再生の魔法を知りません。このまま回復させます」


「え? この、まま?」


「命を失うよりは良い判断かと」


そう言うと、手のひらの大きさの杖を振るい、何かブツブツ唱え始めた。ちょ、ちょっと待って。このまま? このままって、え? 腕が、無いまま? そ、そんなの駄目だ! 何でフェミルがそんな事に!


「何か方法が無いんですか!?」


「女神の奇跡でも期待しますか?」


俺の言葉に少し顔を引きつらせ、回復魔法の準備を再開した。ヨナさんも辛そうだ。女神の奇跡だって? そんなものがあれば……。


「あ」


あるじゃないか。そんな奇跡が!


「お布団!」


俺の声で、純白の四角形が地面に現れた。


「な……何をする気ですか?」


「寝かせます!」


「それは……無意味です。これで寝ても、完全回復するのはノレムさんだけです」


「いや……大丈夫!」


俺はフェミルを担いだまま、お布団に滑り込んだ。


「ふはああああああぁぁぁ」

「あはああああああぁぁあ」


 極限状態だと言うのに、俺とフェミルは歓喜の声を上げて一瞬にして眠りに落ちた。

『睡眠学習LV1を開始します』

※ ※ ※


『マスターおかえりなさい』


いつもの白い空間に戻ってきた。辺りを見渡すと、そこにフェミルがいた。


「ノレム……?」


フェミルが事態を理解できずにいたが、その左肩は元に戻っていた。


「フェミル! 何で! あんな所にいたんだよ! 何であんなっ……!」


「え……ご、ごめん」


フェミルのえくぼができる苦笑いが、俺を安心させた。とりあえず、フェミルは置いておく。用があるのはあっちの方だ。お布団! どうせ俺が思っている事も解っているんだろう!? フェミルは治ったのか!?


『はい』


そう言ってくれたが、俺は半信半疑だった。頼みの綱は俺が夢枕の代わりに獲得したスキル。添い寝LV1。お布団で寝ると、相手もお布団の効果が得られる。……これならフェミルは俺と同じく完全回復するはず! 頼む。起きたら、元に戻ってくれ……!


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