8 女神の奇跡
閑話休題です。
2017年8月23日 修正しました。
2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。
「ふはああああああぁぁぁ」
「あはああああああぁぁぁ」
二人の男女は吐息を漏らすと、間もなく眠りに落ちた。山の中で地べたに布団を敷いて寝る男女の姿は異常の一言だろう。その光景に飲まれていたが、私はすぐに少女を確認するために動いた。布団をめくってもいいものか一瞬悩んだが、もし治りそうもないなら私が治療するしかない。意を決して布団の中を覗く。
「……!」
少女の肩が再生されていく。さっきまで左肩から下が無くなっていたというのに、今は上腕骨まで戻っている。二人が幸せそうな寝息をたてるまで一分とかからなかったはずなのにこの再生力。目を離している間に、少女の腕は尺骨まで再生していた。
「信じられない……」
人体を再生させる術はいくつか知っている。しかし、そのどれもが禁術で、使ったら正気を失うか、魔物のような姿へ変貌する恐ろしい魔術だ。しかし、目の前で起こっている現象に比べたら、そんな禁術は子供の遊びにしかならない。これは、常軌を逸している。魔法の常識でさえ軽く超えている。
「……お布団」
鑑定では、お布団で寝ると完全回復するという記述があった。体力と魔力を完全に回復させるものだと思ったが、違うのだろうか。再生なんていう記述はどこにもなかった。欠損した腕が戻る事を完全回復だと言うのなら、このスキルはとてつもない可能性を秘めている。完全に再生された少女の腕を取り、調べた。どこから見ても、ただの腕だ。魔力で形作られたものではない。傷の跡も無い。まるで時間が巻き戻っているかのようだった。目の前の光景に、私は一つの思いに支配されていた。
「……女神の奇跡……」
こんな事を師匠に言ったら怒られるだろうか。呆れられるだろうか。しかし、そうとしか思えない。奇跡でなければ目の前のこれは何だと言うのだ。それにこの少女も妙だ。明らかにただの村人だと言うのに、不釣り合いなスキルを有していた。どういう事だろうか。こんな状況は見た事が無い。……いや、一人だけ思い当たる人物がいる。ナ・カハールだ。彼のスキルを鑑定した時も感じた。女神の奇跡だと。しかし、ノレムは別格だ。村にいた時から可能性を感じて彼を従者に誘ったが、ここまでのものだとは思っていなかった。従者に誘ったのも、彼が成長してくれればあの迷宮を攻略するのに足るかもしれないと思っての事だった。
「キミは……何者なんだ……?」
愛らしい顔で眠る人間の幼子、ノレム。その純粋無垢な表情に思わず頭を撫でた。黒い髪は柔らかく、私の指が滑るほどなめらかだった。……私はとんでもない拾い物をしたのか。それとも……。
「……どちらにせよ、キミに成長してもらわないとならない」
あの迷宮を攻略するには、協力が必要だ。それもとびきり強い者でなければならない。
『人間には無理だ』
師匠の最後の言葉を思い出す。理路整然と話す師匠が、こんなに抽象的な遺言を残すなんて信じられなかった。今際の言葉だったのか、それとも……よほどの難題か。
「成長して、人間以上に」
私はノレムの顔を見ながら、子供を利用しようとしている自分の卑劣さと、己の力の無さを嘆いた。




