6 お布団は、マスターがお好き
2017年8月22日 修正しました。
2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。
ヨナと名乗る鑑定士の後に続き、村民館へと入った。いつ見てもボロい作りだ。こんな所にわざわざ外から来た人を泊めるのは逆に失礼なのでは? と思い、村の者としてヨナさんに謝ろうかと振り返ると、服を脱ぎ掛けている姿を見てしまった。下着も丸見えで、豊満な胸をこれでもかと揺らしていた。
「え。あ!? うわあああ!? す、すみません!?」
「何がですか?」
「い、いやいや! 着替えを覗くつもりは無かったんです! つ、捕まりますか!? 俺!?」
「……あ……。そうか。キミは私を性欲対象と見たのか。なるほど」
「!? は、はあ!?」
「ああ、ごめんなさい。こちらの話です」
そう言うと、ヨナさんは手早く着替えているようで、衣擦れの音だけが部屋に響く。何だよこの人!?
「もういいですよ」
恐る恐る振り返ると、エプロンと三角巾を頭に結わえたヨナさんが座っていた。もう、意味が解らない。これからご飯でも作ろうとでも言うのか。
「まずは、腹ごしらえといきましょう」
本当にご飯作りが始まった。手早く羊の乳のスープを作り、振る舞ってくれた。
「う、うまっ……すぎる……」
そう言えば、ここ数日まともに食事を摂っていなかった。野菜と肉が入っているスープなんて、年に数回しか食べる事ができない。じっくりと味わう余裕もない空きっ腹で食べるには勿体なかったが、ついガッついてしまった。
「まだあります」
エルフ自体をほとんど見た事が無いのに、エプロンをつけたエルフなんて嘘みたいだ。エルフは戦闘に特化した種族で、静かな強者というのが俺の抱いていた想像だった。しかし、目の前のエルフは何というか、若奥さんのような感じしかしなかった。自分の中のズレに混乱しつつ、おかわりをして、平らげた。
「ごちそうさまでした。本っ当に美味しかったです」
「そうですか」
無表情だが、少し顔が赤い。さすがに照れているらしい。何だかますます若奥さんのようだ。
「では、貴方のスキルを調べさせて頂きます」
「え? あ、はい。……って、言っても。俺も良く解らないんですけど。お布団ってしか……」
俺の言葉に反応したのか、目の前に光に包まれた純白のお布団が現れた。
「……」
ヨナさんは目を丸くしてお布団を見ている。しばらく固まっていたが、目をぱちくりさせて俺の方へ顔を向けた。
「ちょ、ちょっと、後ろを向いていてください」
「へ? あ、はい……」
良く解らなかったが、言葉に従った。何をするんだろう? 後ろを振り向いて気がついたが、窓ガラスにヨナさんが映っていた。あ。これ、良くないような。しばらく俺の方を見ていたが、呼吸を整えると突然、小さくちまちまと踊りだした。
「……魔素をひとーつ取りまして……♪ 悪い所は吹き飛びまーす……♪ エンシェント・キュアコート……♪」
ひとしきり小声で歌って踊ったヨナさんの体が青い光に包まれた。ゆっくりと光が消えた後に残ったのは、ヨナさんが何というか愛らしい格好で固まった姿のみだった。俺は見てはいけないものを見てしまった罪悪感に囚われた。何も見なかった事にしようと決めた。
「ノレムさん。もう大丈夫です」
「あ、あっ。はいっ」
二人で布団に注目した。どこからどう見ても、布団だった。ヨナさんは恐る恐る触ったり、撫でたり、匂いを嗅いだり、手の平くらいの杖でつついたり色々としていた。しかし思い切って、布団に潜ったその瞬間。
「あはあああああぁん……」
とてつもなく色っぽい声を出して、即座に眠りに落ちた。俺はその声に恥ずかしくなり、つい周囲を見渡す。何だか村民館に入ってから俺が俺でないみたいだ。この人は他人の日常をぐらつかせるような何かを持っているんじゃないか? それも天然で。
どのくらい時間が経ったのか。ヨナさんの寝息だけが部屋に響いていた。俺はどうしていいか解らずその場で待機していた。銀髪の美女が布団で寝ている横で、俺がぼうっとしている姿はまず間違いなく誤解を生むだろう。フェミルに見られた日なんかには、どうなってしまうのか。怖すぎる。早く起きてほしい。
※ ※ ※
しかし、俺の願いとは裏腹に四、五時間後にようやく起きてくれた。
「……白い世界に、お布団がいました」
「あ、はい。俺も会いました」
俺の言葉に、寝起きでぼさぼさ頭のヨナさんは深呼吸して腕を組んだ。ただでさえ豊満な胸だというのに強調され、とんでもない事になっている。
「夢じゃ、ないのか? あれは異世界……? いや、何か見落としているな。何か根源的なもののような……」
難しい事をぶつぶつ言い終えると、俺をまっすぐ見据えた。
「お布団ポイント5を貰いました。しかし、私には権利がないので、マスターであるノレムさんに付けると言っていました」
「え、ああ、どうも……」
ヨナさんはそう言うと鞄から水筒を取り出し、一気に飲み干して一息をついた。
「まったく、解らない」
「解らないですか……」
「このお布団、物体であり物体でない。しかし魔力も感じない。精霊でもない。しかもお布団で寝ると、異世界に召喚されてお布団と名乗る何かと意思疎通が取れる。……こんなの、見た事も聞いた事も無いです。これじゃあ、まるで……」
そこまで言うと、言葉をつぐんだ。続きを聞くために無言でいると、観念したのか口を開いた。
「……女神の奇跡だとしか思えません」
「奇跡……? つまり、理解を越えているって訳ですか?」
「はい。悔しいですが」
万物の定義を決める鑑定士であるヨナさんでも解らないとは。一体、俺のスキルは何なんだ? とりあえず今日の所はこれくらいで就寝する事になった。ヨナさんは一緒の部屋で寝ていいと言ってくれたが、さすがに二人きりは気まずくてご神木まで戻る事にした。夜も更けたおかげか、誰にも会わずに辿り着く事ができた。しかし、バンゾさんの処遇を聞きそびれたな……。
「はあ。ようやく落ち着いた」
一人、ご神木の前で横になる。満天の星空がもうすぐ夏が来ることを予感させていた。何度見ても星空は飽きない。ずっと見ていたい。しかし、瞬きをした後の世界が白かった。
『睡眠学習LV1を開始します』
※ ※ ※
俺の願いも空しく、あっさりと眠ってしまったようだ。それにしても白い世界だな。上には青い球。そして気がつかなかったが、地面の下の遥か遠くに同じような青い球があった。良く解らないが、地面が透けて見える。上の球と同じくらい綺麗だ。
『マスター。お帰りなさいませ』
え。ああ……お布団。た、ただいま……。まだこの世界に慣れない。不思議すぎる。
『妙な女が入ってきました』
ん? あ、ヨナさんか? そういえばお布団に会ったって言ってたな。
『次からはご遠慮願いたいと思います』
え……そ、そうか。何だか冷たいな。
『お布団は、マスターだけのお布団です』
そっか。……まあ、意味は良く解らないけど。
『お布団ポイントはあの女の分を合わせて16になりました。ご利用いたしますか?』
えーと。お勧めとかあるかな。
『お布団イチオシは、未来のビジョンを体験できる夢枕です』
未来なあ。うーん。それも凄く魅力的なんだけど、あのスキルが気になるんだ。丁度おなじ10ポイントで獲得できるし。ヨナさんと二人で来れるんじゃないかなって。
『しーん』
え? あ、あの。お布団さん?
『……はい。そうですか。そのスキルを獲得するんですね。へー。そうなんですね。マスターはそういう人なんですね。お布団はじーっと見ます』
ええ……? い、いや、でも、調べるためで下心は無いと言うか……。
『……ありがとうございました。お布団ポイントは6でーす。またのお越しをお待ちしていまーす』
いつも通りのチーンという音と共に、大量の掛布団の雪崩が俺を巻き込んでいった。
※ ※ ※
「うわわ!」
現実世界に戻ったようだ。お布団で眠ると爽快で頭も冴えるような気がするけど、最後のアレは何なんだろう。
『お布団召喚LV1を規定以上使用した事でLVが2になりました。それに伴い、各能力が一部LVアップしました。全能力上昇、全能力補助がLV2になりました。完全回復LV1、免疫補助LV1が発動しました。睡眠学習の効果でLVが12から20にアップしました。お布団召喚のレベルが上がったため、ボーナスを獲得しました。マスターのLVが20から23にアップしました。八時間の睡眠で、お布団ポイント8を獲得しました。合計14ポイントです』
大量の文字に頭が追いつかない。しかしそんな事より、目の前にフェミルの顔があった事に驚いた。
「ノレム! ノレム!? 大丈夫!?」
俺の体を揺するフェミルの目に涙が浮かんでいた。
「あ、だ、大丈夫! おはよう!」
俺の言葉に安心したのか、ようやく体を揺するのを止めてくれた。
「ノレム……昨日は…………ごめん……なさい……」
「いや、フェミルが謝る事じゃないし! それに、あれは……誰も悪くないよ」
そう言いながら、俺のせいでバンゾさんの妻と息子が死んでしまったのではないかと、今更ながら思い返していた。結局、何が良くて何が悪いのか解らなかったが、何にせよ俺はこれ以上この村にいられない事だけは解っていた。俺がこの村にいる限り、バンゾさんを苦しめてしまう。
「……俺、鑑定士さんについて行く事にするよ」
「え……!?」
「従者として雇ってくれるらしいんだ。旅をしながら兄妹を探す事も許してくれた。……だから……」
そこまで言って、言葉が詰まった。でも勘弁してくれ。喉の奥が苦しすぎる。俺だって、この村に留まって……フェミルと一緒に過ごせたらどれだけいいか。でも、もう無理だ。
「ここでお別れだな」
「…………」
フェミルの顔を見られなかった。どんな顔をしているんだろう。意外と平気だったりしてな。……そっちの方が正直、有難い。
「お布団」
俺の言葉に即座に反応して布団が光の粒となって消えた。
「えっ……!?」
「これが俺のスキルらしい。まあ、これを使って生きてみるよ。せっかく授かった才能だしな。使いこなしてみるさ」
その言葉に、フェミルの顔が一瞬だけ険しくなった。
「……じゃあ、な」
俺の言葉に何も反応せず、立ち尽くすフェミルを残して、俺はヨナさんの元へ向かった。




