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5 手紙

2017年8月22日 修正しました。

2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。

気がつけば、すでに屋敷へと到着してしまっていた。のろのろと歩いたつもりが、足が速くなっていたせいであっという間だった。一呼吸して扉を叩くが、反応が無い。扉が珍しく施錠されている。


「……」


俺は二階のテラスから入る事にした。石造りの壁は、好奇心がある子供にとって格好の遊び場だ。幼いころはバンゾさんや給仕さんに隠れながらここを登ったりしていた。


「懐かしいな……」


 思い切って飛んでみた。大人三人分はある石壁を軽々と越え、テラスに到着した。思わず後ろを振り返る。自身の変化に、初めて恐怖を感じた。


「これもう、人間じゃないな……」


 隅にあるテラスの窓を見た。いつも通り開いている。この窓は硬くて、閉めるのも開けるのも一苦労だから年中開きっぱなしだった。ここから入り、屋敷の廊下へ出ると、俺はバンゾさんの部屋に向かって歩き出した。その途中、廊下の隅にある黒いシミに注目した。フェミルと俺がインク瓶をぶちまけてしまった跡だ。給仕さんに怒られて、必死に掃除したがインクがなかなか落ちなかった事を思い出した。


「……どうして……」


 バンゾさんの書斎の扉をノックする。返事は無い。俺はためらいながらも、ドアノブを捻った。カチャリと軽い音を鳴らし、ドアが開いた。窓際にある、誰もいない椅子が妙に不吉に感じた。書斎へ勝手に入るのも給仕さんに禁じられていたけど、当のバンゾさんは笑顔でいつも迎えてくれた。

 俺は次々に部屋を開けた。バンゾさんの寝室、客間、フェミルの部屋は……開けなかった。これ以上は無理だった。この屋敷は、俺とフェミルと、バンゾさんの思い出に溢れている。こんな気持ちで思い出すなんて考えもしなかった。


「ノレムぼっちゃん?」


後ろを振り返ると、恰幅のいい給仕さんがたくさんの野菜を抱えていた。普段と違う俺の様子を察したのか、にこりと笑った。……ああ。これもだ。小さい時に俺が悩んでいたり問題を抱えていると、普段は怒ってばっかりの給仕さんが優しい顔で接してくれた。


「バンゾさんは……?」


「旦那様かい? スキル鑑定士さんのとこに行ったみたいだよ。何しにいったのかは解らないけど、フェミルお嬢様が様子を見に行くから、あたしはここで留守番してくれって頼まれてね」


「スキル鑑定士……? 何で?」


「さあてねえ。野菜泥棒でもとっ捕まえたんなら、鑑定士様に突き出して王兵でも呼んでもらうとこだがねえ」


 給仕さんの言葉に嫌な予感がして、俺はすぐに屋敷を後にした。ここから村民館まで大した距離じゃない。すぐに着く! 風のように動く自分の足が、遅く感じる。何をする気なんだ。バンゾさん……!

※ ※ ※


村民館の周りは人だかりができていた。それがいかにも悪いように思えて、心臓が弾けそうになった。俺は中心に向かって勢いよく飛び越した。そこにはスキル鑑定士とバンゾさん、それにフェミルが不安そうな顔で立っていた。


「ノ、ノレム!?」


 フェミルや村人がざわざわと驚く中、まるで死んだかのような目をしているバンゾさんはぴくりとも動かなかった。


「バンゾさん……何を……しようとしているんですか……?」


 その言葉に、ようやく目をはっきりと開いて俺を見た。ほんの少し笑うかのような表情を見せて、鑑定士に向き直り両手を差し出した。


「火事の犯人は、私です」


その場にいた全員が、耳を疑った。


「みんな、すまなかった。ここにいる人全員が、私の告白の証人だ」


バンゾさんの罪の告白に、村人たちはざわめいた。


「い、いやいや! 村長! 何を言ってんだ? 噓だろ?」

「あれまあ、村長。……酔ってるのかしら?」

「いやァ、参ったな。村長もそろそろモウロクしてきたのかい」


 皆が口々に否定する。当たり前だ。ずっと村の為に頑張ってきた人が、こんな事をするはずがない。


「バンゾさん、何でそんな嘘をつくんですか!?」


 俺の言葉に、バンゾさんは反応しない。


「鑑定士様。私に裁きをお与えください」


「待ってってば! 違うだろ! バンゾさん! あ、そ、そうか! 誰かに脅されているんですね!? ふ、不良どもとか! あとは……ええっと……」


 鑑定士が右手をバンゾさんにかざした。指輪が青色に光る。


「……村長の言っている事は、真実です」


 鑑定士の無慈悲な言葉が、突き刺さる。


「お、叔父さん……!?」


「フェミル……すまない。私は、育ての親失格だ」


「嘘だって!!」


 俺の大声が、空気を揺らした。周りの村人も俺の異変を察知したのか、静かになった。


「バンゾさん……どうして……俺……おれ……」


 バンゾさんはようやく俺の方へ体を向き直し、近づいてきた。その目は、一切の光も無い闇だ。動揺していると、おもむろに懐から布に包まれた物を取り出し、俺に手渡してきた。


「十年前になる」


「……え?」


「雨の強い日だった。あの日、一組の男女が村に訪れた。着の身着のままと言った感じだった。その男女は、一人の幼児を連れていた。それが……ノレムだ」


 淡々と話すバンゾさんは、まるで魂の無い人形から声が発せられているようだった。


「ノレムが成人を迎えたら、渡してほしいと頼まれ、これを預かった。中身は……父親からの手紙だそうだ」


 その言葉に、心臓が一瞬だけ脈打った。


「王都へ向かいたいと申し出ていたが、異常に怯えていたので私の妻と息子が同行した。王都は妻の故郷でもあるし、ちょうどいいかと思った。……しかし。その道中、夜盗に襲われて……全員死んだ」


 バンゾさんの言葉に、俺は立ち尽くす以外の何もできなかった。


「その日から、私は失くした息子の分まで愛そうと思った。しかし、どうしてもある考えが頭にこびりつく。あの時に妻と息子を王都へ送り出さなければ生きていたのでは、と。あの雨の日、ノレムさえ来なければ、妻と息子は幸せに暮らしていたのでは、と」


バンゾさんの目は、変わらず死んだかのように生気を感じない。


「叔父さんどうして! ノレムは悪くないよ!」


フェミルは目に涙をためて、泣き崩れそうになりながらも叫んだ。


「ああ。ノレムが悪い訳ではない。それは解っている。だが、どうしても。どうしても……割り切れなかった。日々成長していくノレムと、亡き息子を重ねてしまう。そうしていつも考える。どうして息子は死に、ノレムは生きているのだと。激情に飲まれそうになるたび、すまないノレム。……嫌がらせも、私がやった」


「……それで火も……点けたって言うんですか……?」


 俺の言葉に、バンゾさんの顔が初めて苦しそうに歪んだ。


「成人の儀の、あの日。ノレムに言われたんだ。本当の父親だと思っていると。私はあの時……嬉しく思ってしまった。もういない我が子より、血のつながりの無い、生きている他人の子を優先してしまった。その事実に、気が狂いそうになった……あとは、気がつけば……」


「叔父……さん……」


「すぐにノレムを探したが、何度呼び掛けても家から出てこなかった。いよいよ中へ入ろうとした時

に……ノレムの無事を確認して、心の底から感謝し、自分のした事を後悔した。これが……私の告白の全てだ」


バンゾさんは鑑定士に向き直り、両手を出す。


「……そ、それなら……お、俺が、悪いんです。バンゾさんは、俺のせいで……」


バンゾさんは大きくため息をついた。


「一つだけ、明確にしたい。私の声は、失き息子に届かない。しかし、ノレムには成人を祝う親の声が届く。その事実が、十年、私を蝕んだ。それが……憎い」


 バンゾさんが少しだけ俺を見て、涙をながした。


「悪は、私なんだよ」


「う……ぐうう……あああああああああああああ!」


 俺は地面を渾身の力で殴りつけた。土の道はひび割れ、轟音が響く。すぐに俺はその場から離れた。後ろから聞こえるフェミルの呼びかけも無視して走った。

※ ※ ※


炭の塊と化した我が家に戻り、土台があった地面を力いっぱい殴りつける。何度も何度も何度も何度も。何度目かの拳で、急に辺りが真っ暗になったと感じた。しかしそれは、俺の拳で大地に深い穴ができた事によるものだった。今の俺はさながら井戸の底にいるかのようだ。


「ノレムさん」


上から澄んだ声がした。この声は、聞いた覚えがある。


「……鑑定士さん」


「手紙を落としました」


鑑定士さんを夕日が照らしたせいで、俺からはその輪郭しか見えなかった。


「いらないです。そんなもの」


「そうですか。では、私が貰います。所有権は私にありますのでさっそく開封します」


鑑定士さんの意外な言葉に俺は焦り、慌てて這い出して手紙を奪った。


「なっ! 何をしているんですか!?」


「泥棒」


「ど!? いや、誰が! 何なんですか! あなたは!」


「今、開封しないのなら、泥棒として王兵に引き渡しますよ」


 な、なんだこいつ……!?


「どろぼー」


「わ! わかりました! 開けますよ!」


 俺は手紙を開けようとして、そういえば最初は布にくるまれた箱だった事を思い出した。まさか、この人。勝手に手紙を取り出したのか? 何て人だ……。

手紙は確かに古かったが、日焼けや湿気も無く、綺麗だった。こんなにいい状態で保管してくれていたなんて。


「バンゾさん……」


 慎重に封を切り、手紙を読む。鑑定士さんも隣に来て覗き込んできた。もはや止めまい。


『よう、ノレムリア。俺はお前の親父だ。あ、今はノレムか。走り書きだから思いついた順に書いてる。許せよ。何せ時間がねえ。簡単に伝えるぜ。お前には四人の兄妹がいる。長男アル、次男ダリア、お前の双子の兄エルドに、妹のマリアだ。そいつらを探して、仲良く家族団らんで過ごしてくれ。それじゃ。追伸・俺はもう死んでるだろーから探さなくていいぞ。風邪ひくなよ。親父より』


 何というか……ただの覚え書きのような手紙だった。これが父親の手紙か……? しかし、俺に兄妹がいるだって?


「遺書のようにも見えます」


「ああ……確かに」


「兄妹を探しますか?」


「え……いや、いきなりなので何とも……」


「私の従者になれば、家族を探しながらお金を稼げますよ。お得ですね」


なんだこいつ。この人と話していると、ちょっと前までの深刻な問題がかすんでくるようだ。


「今晩あのような事があった訳ですし、行く宛ても無いのでは? 従者になれば、私の宿泊施設も利用できますが」


「う……」


 ご神木まで戻ってやり過ごすのも考えたが、バンゾさんの処遇が気になった。本当に王兵を呼ぶ気なのだろうか。もしそうなら……止めたい。


「……解りました。とりあえず、従者になります」


「契約成立ですね」


 そう言うと、鑑定士は黒いトンガリ帽子を脱ぎ、顔を晒した。サラリと銀髪が広がり、緑色の目で俺を見つめてきた。一見するだけで整った顔だと解る。よく見ると耳がとがっていた。……エルフ族!?


「初めまして。私はヨナ・アキュラム。これから私の従者として成長してください。ちなみに、契約違反は死です」


「あ、ああ。初めまして。ノレム・ゴーシュ……ん? 死!?」


「それでは、戻りましょう」


 さらりと衝撃的な言葉を聞いた。俺はこれからどうなるんだ?


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