39 アンネが見る世界
洗礼式当日、あたし達は城の門で待機していた。その周りには人が密集し、今か今かと新王を待っていた。遠くからは太鼓や笛の音が聞こえ、ときおり花火のような音が響いている。
「異国のお祭りって感じね。……いや、異世界のお祭りか」
そうこうしていると、歓声が沸いた。城の門が開き、中からド派手な籠が現れる。すぐ側にいたお爺さんがあたし達を確認すると、ほんの少し眺めた後に黙って頷いた。それを受けたノレムリアも笑顔で頷いている。今更だけど、こいつに警護とか出来るのかしら?
※ ※ ※
城下町から出るだけで相当の時間を食った。信じられないけど、パレードみたいな状態で目的地の山まで街の人達は一緒に着いてきてしまった。幸運な事に、魔物もこの大騒ぎに警戒したらしく全く出てこなかった。
……余談だけど、魔物の存在って意味不明だわ。何でこいつらって人を襲うのかしら?そもそも、魔物の生態系が成立してる感じがしないのよね。木の魔物は何を食べるの? 獣人の社会はどうやって成立してるの? アンデッドって何で動けるの? それらをひっくるめてバランスよく存在してるようには見えないのに、何故だか均衡が取れている。魔法や規格外のスキルが本来は成立しない世界を確立させているのかもしれないわね……とか、考えだしたらキリが無い。そういう世界なんですで片付けたくなる。
山の入口まで着くとさすがに街の人達は待機しているようで、誰一人として山を登ろうとはしなかった。ここで待っているのが筋らしい。
「何もかも、日本とは違い過ぎるわ……」
異世界に生まれ変わって十年経ったけど、毎日のように発見がある。最近思ったのは、この世界の人達は理解できなくても納得する人が多い。ネットで簡単に検索できる現代と違って、この世界では調べるという行為がとても難しいみたいだからかな? 本もあんまり流通していないし、集落ごとの社会になっているらしいので世界が狭い。そのせいなのか、自分の理解できないものはスルーする能力が長けている。それこそ女神の奇跡だなんだと結論付けて。
「いや……違うか」
知らないくせに決めつけて納得するなんて、現代の人間がほとんどやっている事よね。この世界も前の世界も、実はほとんど大差ないのかもしれない。
「アンネさん、大丈夫?」
ノレムリアが真っすぐな目を向けて話しかけて来た。こいつも本当に何と言うか、不思議な奴だ。前の世界では出会わなかったタイプだと思う。
「別に大丈夫っちゃ大丈夫だけど、たまに価値観が合わな過ぎて辛いわね」
「ん? 価値観?」
「はいはい。独り言。歩いておばか」
ノレムリアはあたしの悪口にもキレずに、少し笑って前を向いた。本当に奇妙だ。あれだけの力を持っても傲慢にならず、我が侭に行動せず、誰かを気遣い、まっすぐに生きている。あたしが同じ力を持ったら、同じように振舞えただろうか? いや、きっと無理だ。転生前の記憶があるし、そうはいかなかっただろう。
「アンネさん、抱っこしようか?」
「は、はあ!? ちょ、何言ってんのよ!?」
「アンネさんて小さいから、山道は辛いかなって」
「ババア扱いするんじゃないわよ! まだ二十五だから! あ、体は十歳だけど」
「うん? 良く解らないけど、無理ならすぐ言ってね」
スルー力マジでたけぇー。
※ ※ ※
山の中腹に辿り着いた頃、地面に一瞬だけ影が落ちた。上を向くと、ドラゴンがうようよと飛んでいる。
「彼岸竜……!」
駕の周りにいる警備兵が青ざめながら眺めていた。
「ど、ドラゴンだ……!」
ノレムリアもヨロヨロしながら上を見ている。あんたはアレとタイマン張れるんじゃないの?
「アンネさん! ドラゴン初めて見た! うわあ! ほんとにドラゴンだ! この世界にはドラゴンを手懐けて使役する、ドラゴンライダーってのがいるって噂を聞いたことない!? お、 俺! それ信じててさ! 一回でいいから見たいんだよね! ドラゴンに跨って大空を駆ける、ドラゴンライダーって奴を……!」
眩しそうにドラゴンを見るノレムリアは、終始楽しそうだった。
「あんたってさあ」
「え? 何?」
「本っ当~に小市民だよね」
「ん? しょうしみん?」
「何でもないから」
下らない時間を消費しながら、とうとう山の頂上までたどり着いた。
しばらくすると、籠の扉が開き、中から一人の女の子が現れた。
「おお……! マリアテレス様……!」
周りの冒険者が口々に感嘆の声を上げる。お城でも見たけど、新王はずいぶん若くて綺麗な女の子だ。今回に限っては服もスケスケで随分とエロいわね。その子が祠らしき大岩の前に両膝をつき、祈りを捧げている。それに呼応したかのように、一匹のドラゴンが空中から落ちて来た。直前で祠の岩に着地して、黒い目を覗かせている。その光景に周りも、あたしも息を呑んだ。
「えええええええええええええええええええええ!?」
突然の大声に、腰が抜けそうになった。声のする方を見ると、ノレムリアが新王を見て固まっていた。ドラゴンはその声に気を悪くしたのか、口元から赤い炎が零れた。とりあえず、ノレムリアを一発ぶん殴りたい。




