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38 招集

 この状況をどう理解すればいいんだろう。俺は正座をしていたが、その両肩には少女の足が乗っかっていた。目と鼻の先には椅子があり、そこにピンク色の髪をした少女が深々と腰を落として座っていた。いや、もはや横になっていると言っていい。椅子に上半身を預け、俺の肩に下半身を投げ出している。そんな感じだ。つまり、俺の目の前には少女の股間が迫っていた。


「ねえ」


「はい」


「あんたって、あたしの従者になったんだよね?」


「……はい」


「従者って、主人を放り出していいの?」


「……だめです」


「なら、あんたのやった事ってそれなんじゃないの?」


「あ、アンネさん! 違うんだ! あれは……!」


 思わず顔を上げてしまったが、ギリギリで下着が見える前に全力で下を向いた。


「あれ? 今、見たわよね?」


「見てないです」


「ねえ、何色だった?」


「見てないんです本当に」


「あたしもさー。一応は女の子だからさー。ぱんつ見られたら恥ずかしいなー」


「な、なら、この格好を止めた方が……」


「あれ? また主人の言う事を聞かないの? ないがしろにするの?」


「……しません」


 アンネさんは相当に怒っていた。俺が勝手にコールドグランドの城下町に飛ばした事を凄まじく根に持っているようだ。


「恥ずかしくて死んじゃいそうだなー」


「だ、だったら、やっぱりこの格好を……」


「ん?」


「何でもありませんご主人様」


「言葉だけなら何とでもなるわよねー」


 まるで首を真綿で締められるかのような説教。新次元のおしおきを体感した。

※ ※ ※


「お世話になったでござるぅ! 報酬はギルドで受け取って欲しいですん」


「こちらこそ、最後は変な感じになってしまって、すみませんでした!」


「それじゃあね。あんたのおかげで、この世界の価値観が少し解ったわ」


「依頼を受けたのが勇者様じゃなくて、俺達ですみませんでした」


「否。十分有難いでござるぅ。それにあながち間違ってないような気がするのですん」


「へ?」


「預言者ソフ・トーンの神託は、〈勇者の力になれ〉ですん」


「え、じゃ、じゃあ、ますます俺達じゃない方が……」


 シェルファリさんは俺の言葉を遮って、ぎゅうっと抱きしめてきた。背中を何度もぽんぽんと叩いてしばらくすると、ようやく離れた。


「ほんに、この世は奇ッ怪に溢れているでござるなぁ。それでは拙者はお暇しますん。ご活躍しませい、ノレムリア殿!」


 そう言い残してゆっくりと歩いて行った。シェルファリさんは期待以上の成果を得たらしく、意気揚々とコールドグランドを後にした。しかし、最後の言葉が何だか妙だった。


「アンネさん、シェルファリさんは何を言ってたんだ?」


「あれだけ言われて何で察しれないのよ。あんたを勇者だって言ってんでしょ?」


「何だそれ? 勇者は勇者だろ。俺はただの村人だよ。はは、訳わかんないな」


「なんって残念な子なの……。それだけの力を持ってるのに……」


 アンネさんが落ち込んでしまった。良く解らないが、魔法使いは自分の世界に浸ることが多いような気がする。ヨナさんも独り言が凄かったし。ギルドへ行く道すがら、すれ違う人たちが浮足立っているような気がした。皆が笑顔で話をしている。どうしたんだろう? 俺はいつもの冒険者ギルドに着くと、一呼吸して中に入った。いつもの恰幅のいいおばさんが、いつも以上に目をキラキラさせて手を広げていた。


「ああ! あんたかい! 遅いんだよ! こちらとら待ちに待ってたよ!」


 おばさんの顔は終始デレデレで、早く来い来いと手招きした。


「あの、えーと。Dランクの依頼を達成……」


「見ておくれよ! これ!」


 えびす顔のおばさんは、俺の言葉を遮って一枚の紙を出してきた。そこには新王が即位するというお触れが書いてあった。


「何ていい報せだい! 見なよ! 文字さえも神々しいじゃないか!」


「お、おおー。すごいー」


 地元に根付いた人なら嬉しいのだろうが、俺にはさっぱりだった。どうやら、長らく不在だった王がとうとう即位するという話だった。


「だろう? 十年前くらいに王が亡くなった時はこの世の終わりかと思ったもんだよ。でも、ああ! 嬉しいねえ。王の忘れ形見が即位するなんて。こんなに嬉しい事は無いよ!」


 おばさんは大粒の涙を流しながら、お触れの紙を愛おしそうに眺めていた。その姿に目頭が痛くなり、思わずもらい泣きをしてしまった。


「ああ、あんたも喜んでくれるのかい。今日は何ていい日なんだい。こんなに幸せならあたしは死んでも構わないよ! あっはっはっは!」


 おばさんは上機嫌でくるくる回っていたが、急に神妙な顔をした。


「おっと、要件を忘れてたよ!」


 おばさんは服装を正すと、ひと際立派な紙を両手に持って深呼吸し、読み上げた。


「アンデッドハンター、ノレムリア殿。至急、コールドグランド城へ来られたし」


「……へ?」

 

 呆然としていると、おばさんが俺の尻を叩いた。


「やったじゃないか! ついに王族へ認められたんだよ!」


「え?」


「すぐに行きな! 次期王様を待たしちゃ駄目だよ!」


 俺とアンネさんは訳も分からずコールドグランド城へ向かうと、すぐに中へと通された。


「うおぉ……」


 その中は、この世の物とは思えなかった。床、壁、天井に至るまで全てがピカピカに磨かれ、とにかく広い。綺麗に装飾された柱や階段、住めるんじゃないかと思える程に広い廊下、色鮮やかな花々が咲いている中庭、今まで見た建物の中でぶっちぎりで凄い。こんな貧相な感想しか出ない自分が情けないが、ただただ圧巻だった。


「それでは、ここでお待ちください」


 兵士にこれまた広い部屋に通された。ソファ、テーブル、絨毯、壁、装飾品の何もかもが俺には想像もできない程の値打ちなんだろうな。しばらく待つと、コンコンと扉を叩く音が聞こえ、扉から一人の女の子が現れた。


「……」


 その子は夏の空より濃い青色の髪を揺らして会釈をした。藍色の瞳があまりに綺麗で、つい見とれてしまった。


「ん、おっほん。これ、新王マリアテレス様の御前なるぞ、おっほん」


 すぐ側にいる痩せたお爺さんが明後日の方向を見ながら咳込んでいた。ん? 王⁉


「え⁉ お、王⁉ 王様⁉」


 俺はさっきの新王が即位するらしい話を思い出した。まさか、この子が新王⁉


「……あ! し、失礼しました! 新王様!」


 俺は慌てて片膝をついた。アンネさんもおずおずと俺の真似をする。ごめんアンネさん。俺はこれが本当に正しい礼儀なのか解らない! 何となくやってしまったよ!


「面を上げてください、ノレムリア殿」


 ゆっくりと顔を上げると、新王と呼ばれた少女が真正面にいた。……あれ? 何か……。どっかで見たような……いや、気のせいだろう。


「ノレムリア殿、貴方の噂は城まで轟いております。その御力を私にお貸しくださいませんか?」


「わ、わ、私の力は微々たるものです! 王様のお眼鏡に叶うものでは……ん⁉ お眼鏡に沿う⁉ あ、あわわ! お眼鏡に掛ける……!?」


 あまりの緊張に訳の分からない事を言ってしまった。


「……ふふっ」


 新王と呼ばれた少女は、年相応の笑顔を見せた。アンネさんよりほんの少し年上だろうか。それにしても若い。いや、もはや幼いと言っていいだろう。


「申し訳ありません。アンデッドハンターとは如何ほどの猛者かと思いきや、あまりに親しみやすく感じたのでつい笑ってしまいました」


「いえ! 私の修行が足りないようです!」


「おっほん! 新王の言葉を否定するのは……おっほん!」


「あわ! あわわわわ!」


「爺や、この方をあまり虐めないで」


「ぅおっほん! これはただの咳であり、老齢からくる独り言ですじゃ」


「もう……」


 くすくすと笑う青色の髪の少女は、気品と神々しさに溢れていた。王族って一発で解るんだな。俺達とは生きてる世界が違う。周りの従者が俺とアンネさんを席に着かせ、お茶を振舞ってくれた。このお茶も旨すぎる。と言うか、一体全体何がどうなってるんだ?


「ぅおっほん。単刀直入に言いますが、新王の警護をして頂きたい」


 爺と呼ばれたおじいさんが、やはり目線を合わせず言葉を発した。


「新王に認められる為には、洗礼式を行わなければならんのですじゃ。その式は彼岸竜の山で行われ、王と認められた者が印を得られる。その警護をお願いしたいのですじゃ」


「洗礼式の警護……? それは危険なんですか?」


「大人数の警備兵が付くので大丈夫ですじゃが、万が一の事を考えての警備ですじゃ」


 アンネさんが俺の袖を引っ張って耳打ちしてきた。 


「……ねえ、ノレムリア……これってチャンスじゃないの? ここで王族に恩を売ったら、有名どころか国公認になるんじゃないの? これ以上ない話だと思うけど」


「う、ううん。でも俺、こういう依頼って緊張するから断ってきたんだけど……」


「あんたの主として命令するわ。やりなさいよっ!」


 アンネさんの顔が怖い。確かにコールドグランド城のお抱えになったのなら、きっとアルの奴も簡単に手出し出来ないはず。……たぶん。


「では、引き受けさせて頂きます!」


「よろしくお願い致しますね」


 新王マリアテレス様は軽く頭を下げて向き直った。何故だろう。この子を見ていると、どういう訳か妙に懐かしい気持ちになってくる。まるで、昔から知っている子と話しているかのような感覚だった。


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