40 みんなのヨナ
薄暗い部屋の中で、私は祈りを捧げていた。彼と、彼女たちに幸あらんことを。この祈りが、どうか届くことを。女神がいるなら、どうか、どうかこの願いを……。
「ヨナ様、そろそろお時間です」
私の祈りは、仕切り布の奥から聞こえる声でかき消された。
「……解りました」
祈りも満足にできないほど、状況は切羽詰まっていた。どれだけやっても、まるで足りない。まるで砂上に水滴を落として水たまりに変えようとしているかのようだ。
「……お体は大丈夫でしょうか?」
白いローブを着た男は、私に決して目線を合わせることなく、地面を見つめ続けている。彼なりの敬意なのだろう。
「問題ありません」
「ですが……。その」
彼の言いたいことは解る。
「大丈夫、と言いたい所ですが、ほんの少し疲れています」
「! で、では! 今回は中止致しましょう! ヨナ様の御身体が一番……」
私は白いローブの男の頭を撫でた。
「それでも、私はやらなければなりません」
「ヨナ……様……!」
男は、声を殺して泣いていた。
「貴方達には感謝しかありません。それに報いたい気持ちがあります」
「勿体なきお言葉……!」
外から音がする。そろそろ出なければならない。
「皆が待っております。貴女様を。貴女様が作り出す全てを」
「ええ。解っています。でも……」
何度やっても慣れない。本当に彼らはこんな事を望んでいるのだろうか? 私はエルフだから、人間族の事は最後まで理解出来ないだけなのだろうか。……いや、それはただの思考停止だ。きっとあるはず。私が私だけの中で理解できるはず。今はその時じゃない。それだけなのだろう。
「戦場へ行きます」
「ご武運を!」
私は仕切り布を出て少しの階段を上がり、壇上へと上がった。その途端に、怒号が広がる。眼前の人々の目は血走り、口々に何かを呟き、興奮のるつぼになったこの場は、異常なほど盛り上がっていた。
覚悟を決めなければ。私は、上着を大袈裟なほど脱ぎ捨てた。ひらひらと舞いながら、それは後ろへ落ちた。後に残ったのは、胸が強調された衣装に、下着が見えそうなほど短くてふりふりしたスカートのみだ。音楽に合わせて、彼らは雄叫びを上げる。それは規則的で、まるで大きな音を鳴らしながら呼吸をしているかのようだ。私は構わず全力で歌い踊った。私と彼等は同調したかのように歌を奏でる。二曲、三曲と歌うたびに場はさらに盛り上がり、良い感じで体が温まった頃に、声を拡大する魔法を込めた道具を手に取り彼らに向かった。
「ありがとうございまーす!」
感謝の言葉を述べると、彼らは私以上に感謝の言葉を投げかけてくる。
「こちらこそおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「はい! ローファットの町の皆さん! こんばんはー!」
「こんばんわああああああああああああああああああああああ!」
彼らは私の声の倍で返してくれた。
「フォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
深々と頭を垂れると、周りから歓声と拍手喝采が起きた。
「自己紹介をしたいと思います! が、まずはその辺にいる白いローブの援護隊をご紹介させてください!」
「聞きたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」
「彼らは、ヨナ嬢援護隊です! 私の援護をしてくれる優しい殿方です!」
白いローブを着た彼らは、各々ポーズを取って周りにアピールしていた。
「あははは!」「最高!」「いいよねえ! 彼ら!」
「彼らのおかげで歌礼祭ができます! ホントにありがとー!」
「ありがとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「そして、最後は、えー。自分の事を言っちゃいますが」
「聞きたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」
「えー。私は、ヨナ・アキュラムでーす!」
「ヨナ嬢ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
大爆発のような歓声が広がる。
「公演をする度に、皆さんにお聞きしている事があるんです」
「なーーーーーーーに!?」
「私……」
「なーーーーーーーーーーーーーにーーーーーーーーーーーー!?」
「私、賢者辞めちゃってもいいですか?」
私の突拍子もない問いかけにも、彼らは即座に対応してくれる。
「いいよーーーーー!」
「みんなのヨナになっても、いいですか!?」
「いい、よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「みんなの歌姫になってもいいんですか!?」
「いい、よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ありがとぉ! それでは次の曲に行きましょー!」
満天の星の下、今日も歌礼祭が始まる。ふと、ノレムや他の仲間に今の私の姿を見られる想像をしてしまった。
「みんな! もし死にたくなるほど辛くなったら、唄って踊ればいいよっ!」
「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」




