41 新王
ようやく山の頂上まで着いた。途中でドラゴンを見て興奮したが、気を引き締めよう。
「新王がお出でになるぞ……!」
籠が地面に降ろされて中から新王が現れた。お城でも見たけど本当に若い。どう見ても、フェミルと同じかそれより年下だ。本当にこんな子供が新王なのか?
「マリアテレス様……!」
周りの兵士が両手を組んで祈る中、青い髪をなびかせて祠に向かう新王は、薄い布地の服を纏っていた。肌色がちらちらと見えて思わず集中してしまう。
『駄目ですマスター』
「うわ! びっくりした!」
お布団の声に驚いた。そういえば、万が一に備えてお布団を召喚していたんだった。
「お布団、勘弁してくれよ。前にも言ったじゃないか。俺はお布団スキルで感覚が鋭くなって、無意識に見ちゃう癖があるんだってば……」
『それでも駄目です』
珍しくお布団が拒絶してきた。今までもこういう事はあったけど、マスターはししゅんき? ですからと許してくれていたのに。
『今回は駄目です。自分の妹をそういう目で見るのは倫理的に駄目です』
「ん?」
今、何て言った? え? いや、聞き間違いだろう。
『マリアテレスは、マスターの妹です』
「えええええええええええええええええええええ!?」
思わず叫んでしまった。父親の手紙には生き別れた俺の兄妹は全部で四人だと書かれていた。長男アル、次男ダリア、双子の俺と、エルド。そして、妹のマリア。マリアは……新王のマリアテレス様……? い、いやいやいや!
「い、妹……!?」
自分の呟きに我に返り、周りを見た。警備兵もアンネさんもいつの間にか目の前にいるドラゴンもこっちを見ている。
「あ……いや、その」
アンネさんが凄まじい形相で俺を睨んでいた。ごめん! 後で真剣に謝ろう。て言うか、どうしよう、この空気。皆が注目している。困惑していると、妙な熱気を感じた。ドラゴンの口から、炎が今にも溢れようとしてる。
「ま、不味い! お布団! 最終戦闘外装! ドラゴンを倒すぞ!」
『お布団は戦闘の停止を推奨します』
「よし! これでお布団砲をお見舞い……え?」
『マスター。目の前にいる対象には敵意がありません』
敵意が無い!? 俺はドラゴンをよく見たが、大きく開かれた目からは脅威しか感じ取れない。その証拠に口から次々と炎が零れ、すぐ下の大地を焦がし続けている。
「ノ、ノレムリア!」
アンネさんの顔が、さっきとは変わって不安そうだった。不味い! もしこの距離で炎でも吐かれたら、アンネさん達まで被害を食らう! 目の前にいるドラゴンは今にもやりかねない。現状を理解して少し冷静になったのか、ドラゴンのすぐ側に新王マリアテレス様が棒立ちしているのが見えた。
「あ、危ない!」
俺は慌てて新王の近くまで走ったが、それと同時にドラゴンの口が光って周りに熱波が広がった。それに思わず目を瞑ってしまい、行動が遅れてしまった。焦った時にはもう遅く、目の前には炎の壁が現れていた。それは俺と新王をぐるりと囲んでいて、さながら脱出不可能な炎の牢獄に囚われたようだった。炎の奥をよく見ると、アンネさん達が見えた。どうやら無事みたいだ。
「はあっ……はあっ……」
マリアテレス様の乱れた呼吸音がすぐ側で聞こえた。ふらふらしつつも気丈にドラゴンを睨んでいる。良かった。この子も無事だ。しかしあんなに大きな炎で一人も火傷を負ってないなんて、これはただの炎じゃないのか?
「お布団! この炎は何だ!? あのドラゴンは本当に敵じゃないのか!?」
『マスターには虫刺されほどの傷もありません。お布団が解る確かな事は、あのドラゴンからは敵意が全く感じられないという事です』
「……よし、解った。全部信じる!」
『マスターの男気溢れる言葉に、お布団は惚れ直します』
「い、いや! 今はそういうのいいから! でもありがと!」
「……あ……」
マリアテレス様がドラゴンではなく、その下の地面を見ていた。そこはさっきまで零れていた炎が地面を焼き、えぐられ、ついには炎の川となっていた。横一直線に流れるそれは、まるで地獄の風景だ。
「……王の彼岸【キングリバー】……」
か細い声が震えていた。キングリバー? どういう事だ?
「マリアテレス様! 大丈夫ですか!?」
俺を見る藍色の瞳は、恐怖の色に染まっているように見えた。
「越えなきゃ……」
青い顔でふらふらと炎の川へ近づいていく。
「待ってください! 危ないです!」
「王の彼岸【キングリバー】を越えないと……王だと認められないから……」
「ここを越えようとしているのですか!? 無謀ですよ!」
新王は俺の言葉に顔を曇らせてしまった。その姿は今にも泣き崩れそうなほど儚いものに見えた。
「私がやらなきゃ……駄目だから……」
「し、しかし……」
「私は……ゴーウェンシュタッドの……娘だから……」
その名前は初めて聞くはずなのに、何故だかとても懐かしく感じる。しかし今はそんな場合じゃない。ふらふらと灼熱の川に近づくマリアテレス様を放っておく訳にいかないが、どうやらこの川を越えなければならないらしい。どうする……?
「マリアテレス様、これは貴女の御力でこの川を越えなければならないのですか?」
「……はい」
一層青い顔をした新王は、今にも炎の川に飛び込んでしまいそうだった。自力でこの川を越えなければならないって言うのか? どう考えも無理だ。ただの女の子にこの距離は越えられない。俺ならともかく……ん?
「マリアテレス様! 重ねてお聞きしますが、貴女が貴女の御力でこの川を越えれば問題ないのですね!?」
「そ、そうです……」
それなら俺が今からやろうとしている事は、アリなんじゃないか? それでも念の為にマリアテレス様の後ろを向いて、懐のお布団に話しかけた。
「お布団、どう思う?」
『マスターの考えで大丈夫かと思います』
「ドラゴンが解ってくれるのか?」
『もし不都合が起きたのなら、必死に弁解するしかありません』
「言葉が通じればの話だよな……でも、現状はこれしか方法が無い」
俺はマリアテレス様の前に向き直ると跪いた。
「ご命令下さい! 川を飛び越えろと! 新王様の命令ならば、俺は手足となります!」
「え……?」
マリアテレス様はぽかんとしてしまったが、すぐに俺の言った事を汲み取ったらしく顔に凛々しさが現れた。少し間を置いて深呼吸したマリアテレス様は、年相応とは思えない程に力強く透き通る声を発した。
「ノレムリア殿、王として命令します。私を向こう岸まで通しなさい」
「ははっ!」
俺はマリアテレス様を抱っこして川を越えた。マリアテレス様は突然の出来事に目をぱちぱちさせていたが、すぐにドラゴンへと向き直った。
「我はマリアテレス・ゴーウェンシュタッド。この国の王である我に王鱗を授けよ」
マリアテレス様の宣言にドラゴンは応えたようで、右腕を伸ばしてきた。
「オォォォォ……」
ドラゴンは手の平にある光る鱗のようなものを差し出してきた。これが王の証なのだろうか? マリアテレス様はそれを注意深く両手で掬い、天へと掲げた。光る鱗を見た上空のドラゴン達がそれぞれ火を吐き始めた。それはまるで城下町で挙がっていた花火を思い出させたような光景だった。
「我が王だ」
その声はとても綺麗だった。覚悟と、興奮と、怯えと、後悔がない交ぜになったものに感じた。後ろから湧いた歓声が、新王の誕生を予感させていた。
※ ※ ※
「面を上げてください」
「はっ……」
玉座にいるマリアテレス様はさらに神聖に感じた。胸元には光る鱗が佇んでいる。
「貴方の働きはこの国に平穏と豊穣をもたらすでしょう」
立ち上がったマリアテレス様は、山で見た儚い少女の影を吹き飛ばしていた。一歩一歩が神々しくて、ただ歩いているだけだと言うのに自然と涙がこみ上げてくる。
「アンデッドハンター、ノレムリア殿。貴方は我が国の剣です」
マリアテレス様はそう言って、俺の胸に勲章を授けてくれた。
「貴方はこの国の一部となりました。その行動に恥じないよう、励んでください」
「勿体ないお言葉です」
こうして、俺は晴れて西方諸国コールドグランドのお抱え騎士となった。
※ ※ ※
「……て言うか~。自分が兄だって言わないのぉ?」
「あ~。今はちょっとそれどころじゃないっていうかぁ……ひっく」
俺とアンネさんは露店で酔っぱらっていた。お酒は今まで飲んだ事が無かったが、一年前に成人したわけだし、せっかくなので祝杯を挙げようという話になった。
「お布団は確信してるんですけどぉ。よく考えたら証明のしようがないんですよね~」
「確かにねぇ。王様の生き別れた兄だ! ……なんて言ったらヤバい奴だと思われそうだもんねぇ」
「それに、今の俺にはやる事があって……兄妹探しは後回しですよぉ。ひっく」
「ふーん。大変ねえ」
最初はただ苦いだけの飲み物だと思ったお酒が、飲み進めるたびに気持ちが軽くなっていって凄く楽しい。
『本来ならお布団スキルでマスターはアルコールの影響など受けませんが、祝い事なのでオフにしています。存分に酔っぱらってください』
「ぅえ? ありがと~? お布団~!」
「またお布団? ホントに会話してんのぉ? つーか何で布団の形なんだって話よ! ぶははは!」
美味しい料理に美味しいお酒を楽しんだ。下らない話を肴にしつつ、夜が更けていく。
「でもさぁ、なんかさぁ~。ふざけんなーっ……てくらいご都合主義よねぇ~」
「ひっく。はえぇ?」
「たまたま新王の警護に呼ばれてぇ? その新王が実は妹でぇ? 何とか助けたらお礼をされてぇ? 公式の騎士になりました~……ハイ! 今ココ!」
どう見ても子供のアンネさんがお酒を飲んでいいのか解らないが、俺よりもずっと年上らしいので何とも言えない。
「すっごい陳腐だわぁ~。なんか、こう、さあ。グッとくるのが欲しいぁ~」
相変わらず良く解らない事を言っている。
「なんかさぁ~。尊い成分ほしいわぁ~。ノレムリア! ノレ男! ノレちゃんさぁ。そういうエピソード無いわけ? 信じてた人に裏切られたとか、二股かけられたとか。男に鬼畜攻めされたとかさぁ」
「ん? えぁ? ……あるよぉ。あいつ! 俺の生き別れの兄なんだけどさぁ。ややこしいんだけど、本当はエルドって名前なんだよね。こいつが酷い奴でさあ!」
俺はアルに出会ってどれだけ彼に心を許したのか、そうしてどれだけ傷ついたのかを説明した。
「……はー。じゃあ、すっごい気が合って信じてたのに、実はそれは演技で本当はぜーんぶ嘘で、ぼろぼろにされちゃったのに、そいつは実の双子の兄だったってわけ?」
「そうだよ! アルの奴ぅ~! あ、エルドか。ややっこしいなあもぉ!」
「やっべ萌える。何それ? 双子の兄に鬼責めとかあたしを殺す気ですかぶほほ」
下品に笑うアンネさんの頭に、一枚の紙きれが落ちた。取ってあげようと手を伸ばすと、視界の端に白い物が見えた。周りを確認すると、どこかで見た記憶がある白い服を着た大男が紙をばら撒いていた。おお? 何だ?
「なぁに、これ。んんん? ……うた、れい、まつり……あ、歌礼祭【かれいさい】……?」
「へえ~~、歌祭りですかぁ。いいですねぇー。誰の歌なんですかぁ?」
「えー……と。ヨナ嬢? って……」
俺は返答を聞き終わる前に紙を奪い取った。
「あぇ?」
そこには、ヨナ嬢の凱旋歌礼祭が開かれると書いてあった。場所は……王都セントリア。さっきまでのほろ酔い気分が吹き飛び、決戦の予感がして俺は緊張に包まれた。




