42 剣聖の芽生え
ゆったりとソファにくつろぐアメリアとは対照的に、私の顔は脂汗にまみれていた。何もかもが静かで、ただ燃えているだけの薪が大音量に感じる。北方諸国に来て約一年。アメリアの師事で稽古の日々を過ごした。しかし何をやってもアメリアに刃は届かず、いなされているだけだった。まだまだと思っていたのに、その日は突然やってきた。
「どうした?」
「……ッ」
「もう、五分を切っているぞ」
いきなり最終試練を宣告された。内容は簡単。一太刀浴びせれば私の勝ち。修行完了だ。今のアメリアは、後姿でソファに深々と座っている。手元には剣さえない。打ち込むなら今なのに、どうしても体が動かない。
「もう一度、確認しておこうか?」
後姿のアメリアは、足を組み直して呟いた。
「十分以内に、おれに一太刀を通せ。でなければ……フェミル。お前の右親指の健を斬る」
一年も一緒に住んでいたから解る。アメリアは冗談を言わない。
「戦う者の輪から外れ、女として生きてもらう。……お前に剣聖は似合わない」
私の持って生まれたスキル、剣聖。私は自分のスキルが剣聖だと宣告されてからずっと考えている事がある。
「お前は幸せになるべきだ」
それは、このスキルをどう使えば私は強くなる? だ。
「お前は戦いに向いてない」
だと言うのに、何故だかみんな私を戦いから遠ざけようとしている。どうしてだろう?そんなに哀れに見えるのだろうか? 可哀そうだと思うのだろうか? 無力な少女に見えるのだろうか?
「すぅっ……ふぅー……」
私は目を閉じて、アメリアにどの角度で打ち込めばいいのかを予測した。しかし、その全てが届かない予感がする。この想像は私の気のせいじゃない。それだけ、私とアメリアの間には戦力差があった。
「あと、三分」
無情に時が刻まれる。この状況で、一つだけ確信があった。私が剣を抜いたら、その瞬間に斬られる。闇雲でも攻撃できなかったのは、この予感があったからだ。
「……ちゃんと治療する。生活が不便なら、おれを自分の右手だと思って使ってくれていい。……何でもやる」
アメリアを一言で表すなら〈不器用な子〉だ。もし、彼女の行動が私を助けようとしてのものなら、それは大きな勘違いだ。私は強くなりたい。誰よりも、どんなものよりも。だって、それくらい強くなったら……。
「あと、二分」
ノレムがどれだけ困っていても、きっと助けられるから。あの時だってそれが出来たはずだから。
「ふぅぅぅ……」
息を吐いて、自分の中から空気を絞り尽くした。私がどれだけ力を込めようと意味が無い。初太刀を抜く前に切られる。それより早く相手に当てるには、初太刀の前の太刀を当てなければならない。そんな事、不可能だ。
「……あと……一分……」
アメリアの声が悲痛を帯びていた。本当はそんな事をしたくないくせに、どうしてこう自分を傷つけてでも相手を救おうとするのか。力を持っている人達はずいぶんと大袈裟だ。そこでふと、ヨナさんの事を思い出した。彼女が以前に言っていた事も。
〈剣聖スキルの中に神通力というスキルがあり、それは魔法と同じような効果を得られると記述されています〉
それを思い出した途端に、アメリアと初めて会った時の事が思い浮かんだ。メイプルの事とか、アメリアはバツが悪そうだったとかそれは全部置いておいて、二人が激突する間に割って入ったあの風だ。あれは何だったんだろう? 風のように見えただけ? いや、二人とも動きが止まっていた。何かに警戒していた。見えない何かを。
「三十秒……」
確信も無いし、決定打にはならない。でも、私の中で引っ掛かっていた。
「十五秒……」
あの時の感覚はありありと覚えている。アメリアとメイプルに戦ってほしくなかった。意見の食い違いで立ち向かうならともかく、ただの八つ当たりだったから。どうしても止めたかった。そう思っていたら、あれが出て来た。あれは……確かに私の中から現れたものだった。
「五……四……三……」
そっか。あれって、これなんだ。この感じなんだ。それなら……。
「二、一……フェミル、済まない」
アメリアの姿が消え、部屋を震わせる金属の音が広がった。
「……な!?」
アメリアが隠し持っていた小さなナイフは、私に当たる前に透明な何かに当たって砕けていた。当たる瞬間に私はこれを操って、狙われていた自分の右腕に纏っていた。
「……」
アメリアは目を丸くしている。その隙を付けば良かったのかもしれないけれど、私は私で、あまりにも唐突に認識した感覚に戸惑っていた。どう表現すればいいのだろう。例えるなら、背中から見えない腕が生えた感じというか、昔からあった三本目の腕に今さら気がついたと言うか、そんな奇妙な感覚だ。アメリアを見るとまだ驚いている。私は自身の変化に混乱していたけれど、アメリアを見てようやく冷静になった。私はこんな事にも気がつかなったのか。
「アメリア、本気でお願い」
「……!」
いつでも私に追撃できたアメリアは、ずっと驚いたフリをしていた。しかし、私の言葉にさっきまでの悲観的なアメリアは消え、本来の彼女が戻ってきた。いつの間にかその手には剣が握られ、音もなく消えた。アメリアの動きはメイプルより早く、私なんかじゃとても捉えきれない。
「……!」
部屋中に響く金属の音。ありとあらゆる死角からアメリアの剣が私の右腕に向かっていたけど、その全てが弾き飛ばされた。
「その力は……!?」
姿を現したアメリアは、本当に驚愕していた。その隙に私は見えない腕をアメリアに伸ばし、形を刃に変えて振るった。さすがのアメリアも、見えない攻撃には勘で防御するしか無く、どうしても行動が一歩遅くなった。そこを私は付いた。
「……」
アメリアのお腹に、私の剣が添えられていた。
「ははは。負けた」
力なく笑うアメリアは、決して私の目を見ない。しばらく笑った後に向き直り寂しそうに話してくれた。
「無刀【しらずがたな】。それは、剣聖の祖父がそう呼んでいた技だ」
今にも泣き崩れそうなアメリアは、目の前にいる私じゃない誰かを見ているかのようだった。あまりに隙だらけだったので、私はお尻にぷすりと剣を刺した。
「やっ!? 痛っ! な、なっ!?」
「一太刀入れたよ」
「……負けたって、言ったじゃないか」
「でも、アメリアが言った事だし。守らないと」
アメリアは苦笑いでその場にへたり込んだ。しばらくして、彼女がぽつりと呟く。
「済まない、結婚だとか言って。……辛かったんだ。おれの意志とは関係なく、祖父に小さいころから剣術を叩きこまれ、挙句には勝手に死んで。後に残ったのは剣聖の才能が無いおれ一人。剣聖として生きられず……今更女としても生きられず、中途半端だった。そんな時にフェミル達が来たんだ」
「……」
「真っすぐに強くなりたいだなんて言ってくる女の子に嫉妬した。祖父に近い感じがして……本当に辛かった」
「ごめん」
「い、いや。そんなつもりで言ってない。ただ……フェミル。キミは自由だ。結婚だなんて言って本当に済まなかった。おれが本当は女だって知ってびっくりしたろう? こんなものは最初から成立していない。無かった事にしてくれ」
最初から女の子だって解っていた事は言わないでおこう。アメリアは左手の薬指から指輪を外した。私は自分の左手薬指を見て、アメリアの顔を見る。
「これ、つけてていいかな?」
「え?」
「アメリアから、本当に実力で勝った時に外すよ」
「……」
「ごめんね。私ってアメリアが本気を出せるほど強くないんだね」
「……はは」
アメリアはちっとも本気じゃなかった。それは、一年間一緒にいた私だから解る。
「そうだ、フェミル。まだまだキミは……弱いよ」
「そっか残念。一年で強くなったものと思ったんだけど」
「どれだけ天才でも、たったの一年で高みに達するなんてあり得ないよ」
私はアメリアの言葉を聞いて、疑問が浮かんだ。
「じゃあなんで最終試練なんてやったの? 私はまだ弱いんでしょ?」
一瞬だけ困った顔をしたアメリアは、懐から一枚の紙きれを渡してきた。
「悩んだよ。渡すべきかどうか。でも、結果から考えるにやっぱりフェミルは見るべきだったんだな」
私は四つ折りの紙を開いて内容を確認した。そこには歌姫の歌礼祭が王都で開かれるという宣伝が記載されていた。
「歌? これが何で……」
そう言いながら、目が止まった。そこには、ヨナ嬢が王都セントリアに凱旋すると書かれていた。
「フェミルの事情を聞いていたから、これは只事じゃないと思った。恐らく厳しい戦闘になるだろうって」
「も、戻らなきゃ! 王都に行かなきゃ!」
私はいてもたってもいられなくなり、慌ててスカートの裾を直した。何故そんな事をしたのか自分でも解らない。
「フェミル、落ち着いて。これは今朝にばら撒かれていた紙だ。まだ時間はある」
「そ、そっか」
数十分後に何とか準備を済ませ、出発の時を迎えた。
「フェミル、色々と済まなかった」
「もう良いってば! 大丈夫だよっ!」
家の扉を開けると雪が静かに降っていた。珍しく風が吹いていない。これなら出発できる。
「最後に剣聖の極意を伝える。祖父がよく言っていた言葉で、剣聖のスキルを持つフェミルならもしかして理解できるかもしれない」
一拍置いてアメリアは空を向いた。
「無刀【しらずがたな】は刀に非ず」
刀じゃない? ああ、確かにそうだ。
「無刀【しらずがたな】は刀じゃなくて腕って事かな? 私はそう感じたんだけど」
初めて可愛らしく呆けたアメリアは、少し笑った。
「本当に剣聖なんだな。おれには理解できない感覚だ」
「でも、弱いんでしょ?」
「おれよりは、な。でも安心しろ。おれはかなり強いぞ?」
「アメリア、今までありがとう。私たち友達だよね?」
「……ああ。少なくとも夫婦じゃない」
二人でちょっとだけ笑った。
「じゃあ、行くね。また戻ってくるから、その時は……」
「ああ、手加減して叩き潰すよ。いってらっしゃい」
お互いの拳をごつんとぶつけて、私は王都セントリアへと向かった。




