第7話 悪役令嬢、選ばれる
結婚式は、国中が祝うほどの盛大なものになった。
式の直前、控えの間で最後の身支度を終えた私のもとへ、アルベルトが迎えに来た。
いつもの正装よりもさらに華やかな礼装に身を包んだ彼を見た瞬間、私は思わず言葉を失った。
(かっこよすぎる……)
推し活の血が騒ぐ。今日ばかりは、悪役令嬢としての自制心も何もあったものではなかった。
ぽーっと見惚れる私の顔を見て、アルベルトは片眉を上げる。
「そんなに見惚れるほど、俺の顔が好きなんだな」
「――っ!」
図星すぎて、言葉が出ない。相変わらず、意地悪な人だ。
何か言い返そうとした私を遮るように、アルベルトはふと目を細めて続けた。
「今日は、一段と綺麗だな」
不意打ちの一言に、今度は私が固まる番だった。からかいのつもりだと思っていたのに、その声に冗談めかした響きがなくて、余計に恥ずかしい。
「そ、それは……ありがとうございます」
「照れているのか? 珍しいな」
「意地悪です」
「褒めているんだが」
結局いつも通り、言い負かされてしまう。それでも、悪い気は少しもしなかった。
◇◇◇
白いドレスに身を包み、大聖堂の長い道のりを歩きながら、私はふと、こんなことを思い出していた。
(そういえば私、断罪される予定だったんだよね……)
目覚めた朝、天蓋付きのベッドに戸惑い、推し王子の名前にはしゃぎ、断罪イベントに怯えて震えていた自分。あの頃の私に、今のこの光景を見せたら、きっと信じないだろう。
祭壇の前で待つアルベルトは、いつもよりずっと緊張した顔をしていた。完璧な王子然とした佇まいの下で、指先がわずかに強張っているのに、私は気づいてしまった。
(こんな顔もするんだ)
嬉しくなって、思わず小さく笑ってしまう。
「何を笑っている」
「いいえ、何も」
誓いの言葉を交わし、指輪を交換する。
最後に、アルベルトが私のベールをそっと持ち上げた。
「セリーナ」
「はい」
「これから先も、よろしく頼む」
シンプルな、けれど誰よりもまっすぐな言葉だった。
私は、精一杯の笑顔で頷いた。
「はい。よろしくお願いします、アルベルト様」
誓いのキスに、大聖堂中から祝福の拍手が沸き起こった。
◇◇◇
式の後には、恒例の祝賀パレードが待っていた。
開かれた馬車の窓から見える王都の大通りは、色とりどりの花びらと旗で埋め尽くされていた。沿道に詰めかけた人々が、口々に祝福の声を上げている。
子どもたちが手を振り、老人たちが目を潤ませ、若い娘たちが憧れの眼差しでこちらを見つめる。
その光景を眺めながら、私はふと、妙な感慨に襲われた。
(ここが、私の生きる世界なんだ)
目が覚めた朝、天蓋付きのベッドに戸惑っていたときは、ここがどこかのゲームの中みたいに感じていた。設定資料集のページをめくっているような、どこか他人事の感覚。
でも今は違う。
この歓声も、この風も、隣に座るアルベルトの体温も、全部、紛れもない私の現実だった。
「どうした」
隣で私の様子に気づいたアルベルトが、そっと尋ねてくる。
「いいえ。……ただ、ここが私の居場所なんだなって、実感していました」
アルベルトは少し驚いたような顔をしてから、ふっと目を細めた。
「今さらか」
「今さらです」
私たちは、どちらからともなく笑い合った。




