第8話(最終話) 今度は、逃げないでくれよ
夜、ようやく二人きりになれた部屋で、アルベルトは長椅子に座る私の隣に腰を下ろした。式の疲れからか、少し気の抜けた顔をしている。
「疲れました……」
「俺もだ。……お前が思っている以上に、緊張していた」
「知っています。指、震えていましたから」
「気づいていたのか」
「もちろんです」
アルベルトは、少し悔しそうな顔をしてから、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、セリーナ」
「はい?」
「君は、俺の顔が好きだったな?」
「……もう、それは忘れてください」
「無理だな。俺は気に入っている」
からかうような笑みに、私は思わず頬を膨らませた。
「意地悪です」
「そうか? これでも、随分と我慢していたつもりだが」
「どこがですか」
「本当は、もっと早くこうしたかった」
そう言って、アルベルトは私を引き寄せる。
「では、セリーナ。今度は逃げないでくれよ?」
その言葉に、私は今までのことを思い出して、少しだけ笑ってしまった。
婚約破棄を切り出したこと。
最後の夜のつもりで、彼と過ごしたこと。
翌朝、後悔しながら逃げ出したこと。
追いつかれて、泣いたこと。
それでも彼が、離さないでくれたこと。
「逃げません」
私は、はっきりとそう答えた。
「ずっと、あなたの隣にいます」
アルベルトは満足そうに目を細めると、私に口づけた。
悪役令嬢として断罪されるはずだった私は、こうして、誰よりも大切な人の隣に、自分の意思で立っていた。
――めでたし、めでたし。
……と、締めくくりたいところだったが。
「そういえば」
アルベルトが、思い出したように言った。
「これから毎日、俺のこの顔を、好きなだけ見られるわけだが」
「え」
「それはそれで、退屈しないだろうな」
「ちょ、殿下、また意地悪な顔を……」
「殿下ではなく、夫だ。呼び方くらい、覚えてくれ」
「うっ……ア、アルベルト、様……」
「様も、そろそろいらないだろう」
結局、この人は、こういう人だった。
優しくて、誠実で、たまに意地悪で。
そしてどこまでも、私だけを見ている。
その事実に、私はまた、頬が熱くなるのを感じながら、それでも幸せそうに笑っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
転生悪役令嬢のセリーナとちょっと意地悪王子アルベルトとの追いかけっこな恋物語楽しんで頂けましたでしょうか?
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