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【完結】婚約破棄した悪役令嬢を、王太子殿下が追いかけてきます  作者: ましろゆきな


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3/8

第3話 逃げる令嬢、追う王太子

(終わった)


(私、終わった)


 薄明るい部屋の中、私は音を立てないよう慎重にベッドを抜け出しながら、頭を抱えていた。


(一番やっちゃいけないやつじゃん! 最後の思い出とか言っといて、これもう完全にフラグ立ててるやつじゃん!!)


 昨夜の自分を、全力で殴りたい。


 でも後悔している時間はなかった。婚約破棄の手続きはまだ途中。今のうちに、少しでも殿下から距離を置いておいたほうがいい。


 そう自分に言い聞かせながら、私は気怠い身体に鞭打って、最低限の荷物だけをまとめ、朝日の中、こっそりと屋敷を抜け出した。


(大丈夫。婚約破棄は進んでる。あとは、なるべく殿下と顔を合わせないようにして、ほとぼりが冷めるのを待てばいい)


(うん、完璧な計画……?)


 我ながら、まったく完璧ではない計画だと、自分でも薄々気づいていた。


 ◇◇◇


 完璧ではない計画は、案の定、半日と持たなかった。


「セリーナ」


 街道沿いの木立の中、馬を休めていると背後から掛けられた声に、私は飛び上がりそうになった。


 振り返らなくても分かる。この美声は。


「な――なんで殿下がここに!?」


 馬を降りて歩み寄ってくるアルベルト殿下は、いつもの完璧な王子然とした装いではなく、簡素な外套姿だった。護衛らしき姿もない。


(噓でしょ、自分で追ってきたの!?)


(普通、こういうのって部下にやらせるものじゃないの!?)


 混乱する私をよそに、殿下は真っ直ぐにこちらへ向かってくる。


「屋敷から、お前が消えたと聞いた」


「そ、それは、その」


「理由を聞かせてもらおうか」


 逃げなければ、と思った瞬間には、もう体が動いていた。


(無理無理無理、絶対無理! 断罪される前にこれ以上ボロを出すわけには!)


「――っ、ごめんなさい!」


 私は殿下に背を向けて、全力で走り出した。


 我ながら、令嬢らしからぬ全力疾走だったと思う。けれど、そんなことを気にしている余裕はなかった。


(なんで、なんでーっ!!)


(なんで殿下が私を追いかけてくるのよー!!)


 もっとも、貴族令嬢の全力疾走と、王太子の本気の追跡では、そもそも勝負にならなかった。


 あっという間に追いつかれ、腕を摑まれる。


「セリーナ」


 息も切らさず、ただ困惑したような殿下の声が降ってくる。


「なぜ逃げる」


「だ、だって……!」


 もう限界だった。


 これまでの緊張、混乱、そして自分でもよく分からない罪悪感が、一気にせり上がってくる。


「だって、私が、逃げなきゃ……逃げないと、私……!」


「セリーナ」


「ヒロインが……いえ、その、じゃなくて……私、断罪、されるかもしれなくて……!」


 自分でも、何を言っているのか分からなくなってきた。


 殿下は、眉をひそめた。


「断罪? 誰に、何を糾弾されるというんだ」


「だから、ヒロインに……! 平民出身で、光属性の魔法が使えて、すごく可愛い子で……!」


「……誰の話をしている?」


 殿下の反応は、本気で分からないという顔だった。


「知らんな、そんな人物」


「そんなはずないです! だって、ゲームでは……!」


 言いかけて、私は口をつぐんだ。


 ゲーム、なんて言葉、この世界の人間に伝わるはずがない。


 でも、それより気になったのは。


(殿下が、本気で知らない顔をしてる)


(噓をついてる感じじゃない……)


(もしかして、本当に……この世界に、ヒロインは)


 その先を考えかけたところで、こらえていたものが、一気に決壊した。


「うっ……うぅ……」


「セリーナ?」


「全然、大丈夫じゃ、ありませんーーーっ!!」


 人目もはばからず、私はその場で大泣きした。


 王太子に腕を摑まれたまま泣きじゃくる令嬢という、控えめに言って相当みっともない絵面だっただろうと思う。


 でも、もう限界だった。


 異世界に来たことも、悪役令嬢だったことも、断罪の恐怖も、思い出せないヒロインの名前も、そして昨夜の失態も――全部、全部、一度に押し寄せてきて、私はただ、子どものように泣くことしかできなかった。


 殿下は、しばらく何も言わなかった。


 ただ、逃げようとする私の腕を、離さなかった。

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