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【完結】婚約破棄した悪役令嬢を、王太子殿下が追いかけてきます  作者: ましろゆきな


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2/8

第2話 婚約破棄と、最後の夜

 結論から言うと、私はその日のうちに婚約破棄を切り出した。


 理由は単純だ。断罪イベントの時期が分からない以上、悠長に構えている時間はない。だったら先に、こちらから関係を清算してしまえばいい。婚約者でなくなれば、少なくとも「婚約者への横暴」という罪状は成立しなくなるはずだ。


 ――というのが、私が一晩かけてひねり出した、我ながら会心の作戦だった。


「アルベルト殿下」


 執務室に押しかけられて、殿下は書類から顔を上げると、億劫そうに私を見た。整いすぎた顔立ちは、不機嫌そうにしていてもなお目の保養で、こんな状況でなければ普通に見惚れていたと思う。


「なんだ」


「私との婚約を、破棄していただきたいのです」


 部屋の空気が、一瞬止まった気がした。


 私は続ける。


「殿下には、もっとふさわしい方がいらっしゃるはずです。私は――」


 私は、あなたと結婚するはずのゲームのヒロインではなく、あなたの婚約者の座を奪ってしまった悪役令嬢です。とは、さすがに言えなかったので、


「私は、殿下にふさわしい女ではありません」


 と、いかにもそれらしい台詞でまとめておいた。


 アルベルト殿下は、しばらく私を見つめていた。値踏みするような、それでいてどこか興味を失ったような目だった。


「面白いことを言う」


「え?」


「俺の立場が欲しくて擦り寄ってくる令嬢はいくらでもいるが、手放したがる令嬢は、初めて見た」


 殿下はそう言って、わずかに目を細めた。皮肉というより、純粋に興味を惹かれたような響きだった。


「……そうか」


 それだけだった。


 驚くほどあっさりと。


 引き止めもなく、理由を問い詰められることもなく。


(え)


(本当にそれだけ?)


 拍子抜けした私に、殿下は淡々と続けた。


「手続きは追って進める。今日のところは下がっていい」


「は、はい」


 部屋を辞しながら、私はどこか複雑な気持ちになっていた。作戦は成功だ。命拾いした、はずだ。


 なのに、胸の奥がちくりと痛んだのは、なぜだろう。


(そりゃそうだよね。殿下からしたら、私、ただの政略の駒だもんね)


 分かっていたことだ。分かっていたことなのに。


 推しに、こんなにあっさり見限られるとは思わなかった。


 婚約破棄の手続きが正式に進むまでには、まだ数日かかるという。


 その間のことだった。


 夜、私の部屋を、アルベルト殿下が一人で訪ねてきた。


「殿下……?」


「最後に、少し話したいことがある」


 夜中に、未婚の男女が二人きり。本来ならためらうべき状況のはずだった。けれど、もう婚約は破棄される。今さら取り繕う意味もないと思い直して、私は殿下を部屋に招き入れた。


 何を話すのか、正直まったく予想がつかなかった。淡々と婚約破棄を受け入れた人が、今さら何を。


 けれど、殿下が話したのは、政治的な話でも、婚約破棄の事務手続きの話でもなかった。


「お前と、こうして二人で話すのは、案外初めてかもしれないな」


 その一言に、私は思わず殿下の顔を見上げた。


「殿下?」


「幼い頃から、婚約者として顔を合わせてはいたが。……お前が何を考えているのか、俺はほとんど知らない」


 どこか静かな声だった。


「王太子として、人と話すことには慣れている。だが、そのほとんどは、俺に何かを求める言葉だ」


 少し間を置いて、殿下は続けた。


「お前は、違うようだ」


 いつもの、人を試すような目とは少し違う。


「知る必要も、なかったんだろうな。政略の相手だ。それで十分だと、そう思っていた」


 その言葉に、私は何も言えなかった。


 思っていた通りだ。予想通りだ。だから傷つく必要なんて、ないはずなのに。


 なぜか、目の奥が熱くなった。


「殿下」


「なんだ」


「――私も、殿下のことを、ほとんど知りません」


 嘘だった。ゲームの知識としては、殿下のことなら誕生日から好きな食べ物まで全部知っている。


 でも、それは「アルベルト殿下」というキャラクターの話であって、目の前でこうして静かに話す、この人のことじゃない。


 殿下は少しだけ、笑ったような気がした。


「そうか。……なら、お互い様だな」


 その夜、私たちは、これが最後だからと、いつもよりずっと長く言葉を交わした。


 政治のことも、剣術の稽古のことも、殿下が意外と甘いものを好むことも。


 そして、夜が更けて。


 どちらから、というわけでもなかった。


 ただ、殿下は最後まで私を急かさなかった。私が迷えば待ち、私が近づけば、それを受け入れた。


 もう二度と会わないかもしれない相手だから――そんな言い訳が、私の中で都合よく組み上がっていく。


 その先のことは、多くを語らないでおこうと思う。


 ただ一つだけ言えるのは。


 翌朝、目を覚ました私は、隣で眠る殿下の、驚くほど穏やかな寝顔を見て、猛烈な後悔に襲われた、ということだった。

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