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『なり損ないの人形』 水瀬旭

【設定】

水瀬(みなせ) (あさひ)

不思議な空気を漂わせる美少年。

家庭事情が複雑で、中学のある日を境に義姉の人形となった。それをヒロインに悟られまいと行動した結果、何かが壊れたようにいろんな女性の人形として生きるようになる。

ヒロインは旭の幼なじみで、おとなしい女の子。男子に人気があり、警戒した旭が公前で無理やりえっぐいキスをしたことがある。


 誰かの縫い目をたどって生きるのは、とても楽だ。

 誰かが描いたストーリー通りに演じていれば、間違いはない。

 結末は約束されているから。

 たとえそれがバッドエンドだとしても、それを理解して進めば怖くはない。

 怖いのは、先が見えないこと。

 その縫い目がどこへ行きつくのか、考えるのすら億劫で、辿りたいとも思わない。

 僕はきっと、そこに立ち尽くす。

 進むことも、引き返すこともできずに。


 そんなふうに考えるようになったのはいつからだったっけ。なんて、ちゃんと覚えてる。

 おぞましいほどに汚れてしまった体を愛しくてたまらない人に、見られたくなかった。

 1針縫ってしまえば痛みなど忘れて、楽を覚えた。

 君から繕うための縫い目は、どんどん僕自身を繕ってもらうための縫い目に変わって。

  

 事あるごとに繕われたこの体は、もう自分で繕うことはできなくなった。縫い目がありすぎて分からないから。

 誰かが教えてくれなきゃどの縫い目を辿ればいいのか、もうわからない。

 いつからか、僕から『僕』がいなくなって。

 僕は誰かの都合のいい『人形』になった。

 だから、僕の周りはいつだって笑顔。みんな幸せ。

 そうなるように僕の体が繕われてるから。



―――



「どうして、泣いてるの」

 こんなことはありえない。僕が他人を泣かせるなんて、ありえてはいけない。

 僕が選ぶ道はいつだって誰かを幸せにするために繕われているはずなのに。

 どうして、君は僕を繕ってくれないの。

 君の自由に僕を繕ってくれたら、僕は君を幸せにできるのに。

「なんで……旭くんは自分を大切にしないの」

「何を言ってるの? 僕は大切にされてるじゃない」

 笑顔で、自信もって答えられる。だって僕はいろんな誰かに、大切に繕われてるから。

「誰かの言いなりになって、自分を汚してるだけじゃん……」

「汚れてる……? 僕が?」

 心外だよ。僕は僕を繕われた通りに動いただけ。それがたとえどんな行為でも、綺麗な縫い目に汚れは残らない。

 でも君の目には、僕が汚れて見えるの?

「じゃあ君の望む僕を教えてよ。その通りの僕になってあげるから」

「違う。そうじゃない……」

「どう繕えばいい? 抱きしめる? キスする?」

 女の人はそうするように僕を繕う。繕っては喜んでくれる。

 君も、喜んでくれるでしょ。

「やだ、離して」

「どうして?」

「……旭くんは私のこと、好きじゃないでしょ」

「好きだよ」

 そう言葉を紡げば、誰もが頬を緩ませるはずなのに。

 どうして、君は表情を歪ませてしまうの。どうして、笑顔を見せてくれないんだ。

「最、低……」

「嫌だった? ねえ、お願いだから泣かないで」

「もう、旭くんとは会わない」

 心が揺れる――不快な感覚が僕を支配する。

 人形の僕に感情はいらない。それなのに、僕は反射的に彼女の腕をつかんでいた。

 繕わなきゃ、ダメなのに。

「お願いだよ。……君も僕を繕って」

 縫い目だらけの僕はもう、繕っていなきゃ、誰のことも幸せにはできないから。

「他の人が、してくれるんでしょ。だったら私はいらないでしょ」

 どうしてそんなことを言うの。

 言わせてるのは、僕? 誰か教えて。

 誰か、彼女を喜ばせられるように僕を繕って。

 ほらやっぱり、僕は自分で繕ったら、泣かせることしかできないから。

 ダメなんだ。

「君が、いらないわけ……ないだろ」

 荒い縫い目が顔を出す。

 どうして君は僕をなり損ないの人形にしようとするの。

 もうどうしたって僕は綺麗な人間には戻れない。

 君は人間の僕を愛せない。だって人間と考えて取り扱えば僕は汚すぎるから。

 だったら繕って愛してもらえる人形でいさせてよ。

「僕を、嫌わないで」

 失いたくない。君を。

 その一心で1針目を縫った。その事実を君が知ったら、どんな顔をするのかな。

 おかしいよね。汚れてしまった体を隠すために繕ったはずが、今はもう汚れを浮き彫りにするだけの縫い目だなんて。

 笑えるよ、泣きたくなるくらい。

 でも涙なんて出ないんだ。僕はもう人形だから。

 でも人形のくせに、君への感情だけが消えない。

 消したいけど、消したくはない。

 君を想う気持ちだけが、僕が『なり損ないの人形』としてでも、この汚れた世界に留まる理由だから。

「僕を捨てるなら、いっそ燃やして……殺して」

 君がそうしてくれたら、僕はきっとそれを喜ばしいとすら思えるから。

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