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『異世界マーケティング ~剣も魔法も使えない俺は、勝てる仕組みで仲間を最強にする~』  作者: ポチ
黄金獅子編

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第二十七話 街を繋ぐ石橋


 翌朝。


 ノアたちがラグナートの東門へ向かうと、昨日声をかけておいた者たちが待っていた。


 石工の親方。長く街道補修に携わってきた職人。そして、ラグナートと王都方面を行き来している運送業者。


 同行するのは、それだけだった。


「本当に三人だけなのね」


 リゼットが人数を見て言う。


「今日は道を決めるだけだからな。最初から大勢連れていっても仕方ないだろ」


「昨日あれだけ街中を歩き回ってたから、もっと連れてくるのかと思ってたわ」


 セラも同じことを考えていたらしい。


 石工の親方が鼻を鳴らした。


「こっちだって、まだ仕事を引き受けたわけじゃねえぞ。日当が出るっていうから山を見るだけだ」


「それで十分です」


 ノアはそう答えた。


 運送業者も肩をすくめる。


「今の迂回路より本当に短くなるなら、俺たちにも悪い話じゃない。まあ、使える道が見つかればだけどな」


 まだ彼らにとって、これは少し条件のいい仕事でしかない。


 それでいい。


 ノアたちはその三人とともに山へ入った。



 ◇



 歩いてみれば、地図の上では分からないことばかりだった。


「ここは駄目だな」


 最初に止めたのは運送業者だった。


 目の前の坂は、歩く分にはそれほど険しく見えない。


「登れませんか?」


 フィーネが尋ねる。


「空荷ならな。荷を満載して下る時が怖い。雨でも降ったら止まらんぞ」


「歩ける道と、荷車が通れる道は違うんですね……」


「全然違う」


 別の場所では、街道補修の職人が地面を掘った。


「ここも長く使うならやめた方がいい。水が集まる」


 石工の親方も露出した岩を確かめる。


「下も弱いな。道にすることはできるが、大雨のたびに直す羽目になるぞ」


「じゃあ、なしですね」


 ノアが地図へ印をつける。


 距離が短くても、勾配が厳しい。


 地盤が良くても、魔物の痕跡が多い。


 道幅を取れそうでも、大規模な伐採が必要になる。


 少し進んでは止まり、別の道を探す。


 それを何度も繰り返した。


「ノア」


 先を見ていたセラが振り返る。


「こっちは?」


 本道から少し外れるが、木々の間隔が広い。


 運送業者が自分の足で傾斜を確かめた。


「……悪くない。多少整地すりゃ、荷を積んでも通せる」


 ガルドも周囲へ目を走らせる。


「大型の痕跡も少ない」


「なら、候補ね」


 リゼットが地図を覗く。


 そこからさらに山を進むにつれ、一本の線が形になっていった。


 最短ではない。


 だが、今使われている大迂回路よりは遥かに短く、毎日荷車を走らせる現実性もある。


 問題は、その先だった。



 木々が途切れたところで、谷が現れた。


 大きく迂回すれば向こう側へ回れる。


 だが、それではせっかく縮めた距離をかなり失ってしまう。


 ノアが地図を広げている横で、石工の親方は崖際まで進んだ。


 足元を確かめ、対岸を見る。


 少し場所を変えて、また岩を叩く。


 しばらくして、親方が口を開いた。


「橋は架けられる」


 ノアが顔を上げる。


「荷車が通れるものを?」


「ああ。ただし楽な仕事じゃねえぞ。九十日って期限まで考えたら、あまり欲張らない方がいい」


「大型荷車が二台、すれ違える幅が欲しいです」


 親方がゆっくり振り返った。


「……坊主。今の話、聞いてたか?」


「聞いてました」


「なら分かるだろ。広げりゃ石が増える。重くなる。基礎も太くする。人も時間も食う」


「それでもお願いします」


「簡単に言いやがる」


 親方の声が少し低くなった。


「九十日後に一回荷車が渡れりゃいいって橋なら、まだ話は分かる。だが、お前が欲しがってるのはそういうもんじゃねえぞ」


「分かってます」


 ノアは谷ではなく、その向こうにあるラグナートの方角へ目を向けた。


「昨日、一日街を歩きました」


 親方たちが黙る。


「薬が高くても買うしかない人がいた。売れるものが倉庫に積まれてるのに、運ぶ便が足りなくて出せない。もっと作れるのに、運べないから仕事を増やせない人もいた」


 運送業者の表情から軽さが消えた。


「ラグナートはちゃんと生きてるんです。人も働いてる。物もある。欲しい人だっている」


 ノアは地図を握り直した。


「なのに、運べないってだけで諦めてるものが多すぎる」


 谷を風が抜けた。


「だから、ただ向こう側へ渡れる橋じゃ足りない」


 親方がノアを見る。


「荷物が増えても詰まらない。大型の荷車が毎日通れる。今回の仕事が終わった後も、ずっと使える橋が欲しいんです」


「……無茶言いやがる」


「はい」


「そこは否定しろ」


 親方が呆れたように息を吐く。


 ノアは少し笑ったが、すぐに続けた。


「でも、俺には造れません」


「何?」


「橋のことも石のことも、俺よりあんたたちの方がずっと詳しい。今日だって、俺には分からないことを何度も見抜いた」


 昨日見た工房。


 ラグナートの街に残る石造り。


 そして、山に入ってからの判断。


「俺が見た限り、あんたたちは一流です」


 親方の眉が動いた。


「……当たり前だろ」


 街道職人も鼻を鳴らす。


「俺たちを誰だと思ってやがる」


「だから頼んでるんです」


 少しの沈黙。


 やがて親方たちは、ノアを置いて谷を見始めた。


「この幅なら橋脚は一本じゃ厳しいな」


「谷底の岩、使えないか?」


「足場を先に組まねえと話にならん」


「石はこの近くで取れるだろ」


「問題は運搬だな。橋の前に道を作る必要がある」


 もう誰も、やるかやらないかを話していなかった。


 どうやって造るかを話している。


 運送業者も地図を覗き込み、指を走らせた。


「……待てよ」


「どうした?」


「ここを真っすぐ抜けたら、本当にかなり縮むぞ」


 親方が見る。


「そんなにか?」


「ああ。しかも荷車二台が止まらず通れるなら……今まで後回しにしてた重い荷も動かせる」


「石もか?」


「石も、木材も、鉱石もだ。仕事のやり方そのものが変わる」


 親方は再び谷を見る。


 向こう岸。


 その先に続く、まだ存在しない道。


 しばらくして、口元が上がった。


「……面白えじゃねえか」


 隣の職人も笑う。


「久しぶりに腕が鳴る仕事ですね」


「言ったな。途中で泣き言言うなよ」


「親方こそ」


「うるせえ」


 親方がノアへ向き直った。


「やってやる。荷車二台分だ」


「お願いします」


「ただし覚えとけよ」


 親方の目にも、もう朝までの気だるさはなかった。


「無茶振りしたのはお前だ。最後まで付き合え」


「もちろんです」



 ◇



 翌日、親方は腕の立つ石工を何人か連れてきた。


 数日後には運送側の人間も増え、最初の整地が始まった。


 木を切り、根を抜き、荷車が通れる幅まで斜面を削る。


 谷には測量の杭が立ち、足場を組むための木材が運び込まれた。


 まだ橋らしいものは何もない。


 それでも、一日ごとに山の景色が変わっていった。


 やがて、整地された最初の区間を空の荷車が走った。


 車輪が坂を下り、曲がり角を抜け、問題なく次の平場へ出る。


 作業していた何人かが手を止め、その様子を見送った。


 誰も歓声を上げなかった。


 ただ、荷車が向こうへ消えた後、槌の音が少しだけ早くなった。



 橋脚の最初の石積みが姿を現した頃には、工事の話がラグナートでも聞かれるようになっていた。


 酒場では、山の中に馬鹿みたいに大きな橋を造っているらしいと笑い話になった。


 工房では、本当に王都との道が戻ったら次に何を作るかという話が出るようになった。


 市場では、薬や紙が今より早く入るようになるのかもしれない、と噂された。


 工事に参加した者が街へ帰る。


 その日の進み具合を話す。


 次の日には、昨日までいなかった顔が現場に増えている。


 それだけのことだった。


 だが、人数が増えるほど工事は進み、工事が進むほど、さらに人が増えた。



 足場が谷へ伸びた。


 石材が運び込まれた。


 道には少しずつ荷車の轍が刻まれていった。


 壊れた車輪を直しに来た職人が、次には予備の部品まで持ってくる。


 工具を届けに来た者が、帰り際にしばらく作業を手伝っていく。


 昼時になれば、注文した覚えのない料理が増えるようになった。


 最初は仕事だった。


 日当をもらい、朝に山へ入り、夕方には帰る。


 それだけだったはずなのに、いつしか職人たちは、前日よりどれだけ橋が伸びたかを競うように見るようになっていた。



 石橋の工事が本格化すると、ノアがその場にいる必要も減っていった。


 石積みも足場組みも、始まってしまえば職人たちの領分だ。


「親方、ここはお願いしてもいいですか?」


「ああ。今度はどこだ?」


「街道の他のところを見てきます。橋だけ完成しても、そこまで荷車が来られなきゃ意味がないので」


「そりゃそうだ。こっちは任せろ」


 ノアは何人かの職人たちを連れ、そのまま別の作業場へ向かっていった。



 ◇



 動いているのは《白樫の枝》だけではない。


 《黄金獅子》が選んだ旧街道では、ユリウス、グレン、レティシアの三人が先頭に立ち、魔物の生息域を次々に奪い返していた。


 九牙が魔物を掃討すれば、その後ろからギルドの支援部隊が入る。


 倒木を除去し、崩れた路面を補修し、残された石橋を点検する。


 使える宿場跡には物資が運び込まれた。


 人が捨てて六年。


 魔物の領域になっていた道が、驚くほどの速度で街道へ戻っていく。



 《翠嶺の砦》も負けてはいなかった。


 ローディンたちが見つけた新しい経路は、傾斜が緩く、道として整えやすい。


 伐採と整地は予定以上の速度で進み、谷では吊り橋の建設も始まっていた。


 細い索が対岸へ渡り、それを伝って太い綱が張られていく。


 巨大な支柱が組まれ、何もなかった空間に橋の骨格が現れ始めた。



 そして《風穿ちの鷹》。


 放棄されていた未完成トンネルには、再び人の声と槌音が戻った。


 古い補強材を取り替え、その先を掘る。


 砕いた岩を台車で運び出す。


 地下での仕事に慣れた彼らの進みは速く、坑道は日ごとに伸びていった。


「このペースならいける!」


 測量結果を見たイリーナが笑う。


 仲間たちも同じ顔をしていた。


 この時点では、四つの攻略法すべてが順調だった。



 ◇



 工事開始から一か月が過ぎた頃。


 ラグナートから石橋の現場へ向かう荷車は、もう珍しいものではなくなっていた。


 資材。


 食料。


 水。


 道具。


 そして、人。


 工事とは直接関係のない住人が、休みの日だけ荷運びを手伝いに来るようになった。


 市場の商人が果物を置いていく。


 食堂からは大鍋が届く。


 専門の作業には手を出せなくても、自分にできることくらいならある。


 そんな人間が一人、また一人と増えていった。



 最初の頃は、ノアたちが街へ人を探しに行っていた。


 いつしか、その必要もなくなっていた。


 誰かが誰かを連れてくる。


 山で聞いた話を、街で話す。


 それを聞いた別の誰かが、次の日に現場を覗きに来る。


 そして、一度この場所を見れば、多くの者がもう一度来た。



 巨大な石橋が、昨日より少しだけ伸びている。


 昨日まで木しかなかった場所に、荷車の通る道ができている。


 何もなかった山に、自分たちの手で未来が形になっていく。


 その変化は、言葉で説明されるよりずっと分かりやすかった。



 ◇



 競争開始から四十五日。


 九十日の、ちょうど折り返し。


 谷の景色は、最初に訪れた日とはまるで違っていた。


 石橋は既に大きな輪郭を見せ、そこへ続く山道には何本もの轍が残っている。


 槌の音。


 荷車の車輪。


 人の声。


 そして、その中にはもう職人ではない者たちの姿も当たり前に混じっていた。


 水を運ぶ者。


 昼食を配る者。


 資材を運ぶのを手伝う者。


 仕事が休みの日だけ顔を出す者もいる。



「……最初の日と、全然違いますね」


 フィーネが呟いた。


 隣にいたのは、最初に山へ同行した運送業者だった。


「ああ」


 男も現場を見る。


 初日は、ノアたちと親方たちが数人いただけだった。


 今では誰が《白樫の枝》に雇われ、誰が自分から手伝いに来ているのか、一目では分からない。


「最初はさ」


 男が言った。


「ちょっと割のいい仕事だと思ってたんだ」


 その視線が橋へ向く。


「でも毎日ここへ来るたびに、昨日なかったものができてる」


 山道を荷車が走っていく。


「昨日通れなかったところを、今日は荷車が通る」


 石工たちが声を合わせ、巨大な石材を持ち上げる。


「昨日より、橋が伸びてる」


 男は少し笑った。


「そんなの見てたら、途中でやめられねえだろ」


 フィーネも橋を見る。


「完成したところ、見たいですね」


「ああ」


 答えは短かった。


 それで十分だった。



 その日、王都から来た監督官たちも四ギルドの進捗を確認して回った。


 《黄金獅子》は旧街道のかなりの区間を奪還。


 後方の補修も順調。


 《翠嶺の砦》は新街道を伸ばし、吊り橋も形になっている。


 《風穿ちの鷹》のトンネルも予定に近い距離まで掘り進められていた。


 そして《白樫の枝》も、新ルートと石橋の建設を着実に進めている。


「現時点では、いずれのギルドにも案件達成の可能性があります」


 監督官はそれ以上を口にしなかった。


 途中順位もない。


 まだ誰が勝つのかは分からない。


 残り四十五日。


 競争は、後半へ入った。



 そして。


 それまで順調だった四つの計画に、少しずつ歪みが現れ始める。



 ◇



 旧街道。


 グレンの拳が大型魔獣を真正面から吹き飛ばした。


 巨体が地面を転がる。


 その横を抜けようとした魔物をユリウスの槍が貫き、空から迫った翼獣はレティシアの羽衣に絡め取られて地面へ叩き落とされた。


 戦闘そのものは、今回も圧倒的だった。


「いやあ……久々に腹いっぱい戦ってんな!」


 グレンが大きく息を吐く。


 レティシアも羽衣を整えながら笑う。


「まだ楽しそうなのは尊敬するわ。私はそろそろ、静かな仕事が恋しいけど」


「お前も楽しんでるだろ」


「楽しいのと、毎日やりたいのは別よ」


 二人が話す横で、ユリウスは街道の先を見ていた。


「……思ったより減らないな」


 昨日まではなかった新しい足跡。


 倒した魔物の縄張りへ、周囲から別の個体が入り始めていた。


 《黄金獅子》からは既に増援が来ている。


 前線要員、治癒術師、補給部隊、確保した区域を守る巡回班。


 それでも旧街道は長く、九牙でなければ短時間で抜けられない区域もまだ残っている。


「倒せないわけじゃないのよね」


 レティシアも先を見る。


「でも、期限までに全部となると話は別」


 グレンが肩を回した。


「なら、もっと倒せばいい」


「本当に分かりやすいわね」


 ユリウスは槍を持ち直した。


「グレンの言う通りだ」


「ほらな」


「少しペースを上げよう」


 グレンの表情がわずかに止まる。


「まだ上げんのか?」


 レティシアが吹き出した。


 まだ余裕はある。


 だが三人とも、それまでより長く街道の先を見るようになっていた。



 ◇



 《翠嶺の砦》では、新街道そのものは順調だった。


 問題は谷に架けている吊り橋だった。


 大型荷車を想定した荷重試験。


 重りを載せるにつれ、太い綱が軋み、橋床が想定以上に沈んだ。


「止めろ!」


 職人の声で試験が止まる。


 ローディンが橋へ近づいた。


「何が問題だ?」


「人と軽い荷なら問題ありません。ただ、大型荷車を何台も通すとなると、このままでは厳しい」


「強度か?」


「それだけじゃありません。荷重が片側へ寄った時の揺れと、谷を抜ける風です。毎日使う物流橋なら、もっと詰める必要がある」


 完成へ近づいていたはずの吊り橋を、ローディンは黙って見上げた。


「橋に詳しい人間を追加で呼ぼう」


 仲間が振り返る。


「今から?」


「ああ」


「時間も金もかかる」


「分かっている」


 ローディンは迷わなかった。


「ここまで来て、最後の橋だけ妥協する気はない」


 新街道を見つけるところまでは早かった。


 だが、それを本当に物流路へ変えるには、もう一段高い技術が必要だった。



 ◇



 《風穿ちの鷹》の坑道でも、槌の音が変わった。


 鋼が岩へ当たり、甲高い音を立てて弾かれる。


「止めろ」


 地下に詳しい男が壁を調べた。


「イリーナ。岩質が変わった」


「硬い?」


「かなり。今までと同じやり方じゃ、進みは半分以下になる」


「爆破は?」


「弱けりゃ割れない。強けりゃ天井まで割れるかもしれん」


 イリーナが岩壁を睨む。


「……嫌なところで本気出してくるわね、この山」


 仲間が地図を広げた。


「掘削幅を狭めて、補強しながら抜く手はある」


「時間は?」


「食う」


「なら急ぐ」


 即答だった。


「博打を選んだのは私たちよ。ここまで来て帰る気はないわ」


 まだ終わってはいない。


 だが、それまでのような速度では進めなくなった。



 ◇



 一方。


 《白樫の枝》の石橋は、着実に完成へ近づいていた。


 両岸から伸びた石積み。


 谷に組まれた足場。


 大型荷車が二台すれ違える幅も、今では見れば分かる。


「……本当に橋になったわね」


 リゼットが谷を見下ろす。


「まだ完成してねえ」


 親方がすぐに返した。


「分かってるわよ」


 石工たちは笑いながらも手を止めない。


 その周りでは、運送業者だけでなくラグナートの住民たちも働いている。


 水を配る者。


 昼食を置いていく者。


 資材を運ぶ者。


 いつから来るようになったのか、ノアにも分からない顔が増えていた。


 親方が橋を見回し、ノアへ言う。


「今のままなら予定には間に合う」


「本当ですか?」


「ああ。ただし――」


 セラが嫌な顔をした。


「その続き、言わなくていいわよ」


「何だよ」


「こういう時に余計なこと言うと、本当に何か起きるの」


「山で工事してりゃ何か起きる方が普通だ」


「ほら、もっと嫌なこと言った」


 ノアも苦笑した。



 競争開始から六十日。


 残り、三十日。



 その日の午後。


 作業が終わりに近づいた頃だった。



 ガルドが、不意に森へ顔を向けた。


「……」


 リゼットが気づく。


「ガルド?」


 返事はない。


 次の瞬間、森から鳥の群れが一斉に飛び立った。


 何十もの羽音が空へ広がる。


「何?」


 セラも杖へ手を伸ばした。


「来る」


 ガルドが短く答える。


「何が?」


「まだ分からん」


 少し間を置く。


「だが、でかい」


 ドン――。


 遠くで何かが地面を踏み鳴らした。


 工事の音ではない。


 ドン――。


 今度は、はっきりと地面が揺れた。


 職人たちも次々と手を止める。


 その時、山道の向こうから周辺警戒に出ていた冒険者が走ってきた。


「魔物だ!」


 息を切らしながら叫ぶ。


「かなりの数が、こっちへ来る!」


 ノアが駆け寄る。


「どっちから?」


「旧街道だ! 《黄金獅子》が掃討してる方角から流れてきてる!」


 リゼットの表情が変わった。


「追い出されたのね」


 ガルドが頷く。


「縄張りを失ったか」


 旧街道から魔物を追い出せば、残った個体は周囲へ流れる。


 その一部が、こちらへ向かっていた。


「数は?」


「十や二十じゃない。それに――」


 男が一度、息を呑んだ。


「一体、とんでもなくでかいのが混じってる」


 ドン――。


 地響きが近づく。


 森の奥で、太い木が一本倒れた。


 ざわめきが工事現場に広がる。


 その進路には、石橋がある。


 六十日かけて造った橋。


 ラグナートから毎日人が上がってきて、少しずつ積み上げてきたもの。


「作業中止!」


 ノアの声が響く。


「戦えない人は全員、橋の向こうへ!」


 フィーネがすぐ動いた。


「皆さん、こちらです! 慌てずに移動してください!」


 人々が道具を置き、避難を始める。


 リゼットは剣を抜いた。


 目の前の橋を一度だけ見てから、森へ向き直る。


「……せっかく、みんなでここまで作ったのに」


 低い咆哮が山を震わせた。


「壊させるわけないでしょ」


 セラも杖を構える。


「同感」


 ガルドは弓を手に高所へ上がっていく。


 ノアは迫る森だけではなく、周囲を見た。


 積まれた石材。


 荷車。


 足場。


 縄。


 戦うための場所ではない。


 だが、使えるものはある。


 木々の奥に、巨大な影が見えた。


 その後ろにも、いくつもの獣影。


 避難を終えたフィーネが戻ってくる。


「ノアさん!」


「ああ」


 リゼットが剣を構える。


 セラの周囲に魔力が集まる。


 ガルドが矢を番える。


 ノアは完成へ近づいた石橋を一度だけ振り返った。


「橋は壊させない」


 そして、迫る魔物の群れへ向き直る。


「ここで全部倒すぞ」

お読みいただきありがとうございます。


今回の異世界マーケティングは、『共創(コ・クリエーション)』です。


ノアが石橋を造るために集めたのは、単なる作業員ではありません。


石工には石工の技術がある。

運送業者には、実際に荷車を走らせてきた経験がある。

そして彼ら自身も、物流が戻れば仕事が増え、ラグナートがもっと豊かになる立場にいます。


だからノアは、一方的に「この通りに造ってください」と命令するのではなく、


「この街の問題を解決するには、どんな道が必要なのか」


を彼らと一緒に考えました。


大型荷車が二台すれ違える石橋という無茶な要求も、単に勝負に勝ちたいからではありません。


ラグナートで実際に暮らす人々を見て、


もっと荷物を運べるようにしたい。

仕事を増やせるようにしたい。

今だけではなく、これからも使える道にしたい。


ノア自身が本気でそう考えたからこそ、職人たちの心にも火がつきました。


そして、面白いのはその先です。


最初は「ちょっと割のいい仕事」として参加していた人たちも、道や橋が少しずつ形になっていくうちに、


「本当に街が変わるかもしれない」


と感じ始めます。


その熱は職人から職人へ、運送業者へ、商人へ、そして普通の住民へと広がっていきました。


マーケティングでは、企業だけが商品やサービスを作り、顧客へ一方的に提供するのではなく、顧客や取引先、地域の人々などと一緒に価値を作っていく考え方があります。


それが「共創」です。


人は、自分が関わったものに対して強い愛着を持ちます。


「誰かが作ったもの」ではなく、


「自分たちも一緒に作ったもの」


になるからです。


今回、ノアが作り始めたのは石橋でした。


でも、いつの間にかそれは《白樫の枝》だけの仕事ではなくなっていました。


街の人々が少しずつ参加し、自分たちの未来を自分たちで作り始めています。


そして、ようやく完成が見えてきたその時――。


旧街道から、大量の魔物が迫ってきました。


次回、《灰色の翼》の橋防衛戦です。


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