第二十五話 王都指定案件――四ギルド競争、開幕
九人の姿が、廊下の向こうへ消えていく。
ノアはしばらく、その先を見ていた。
《剣聖》アルベルト・クロイツ。
《神槍》ユリウス・ハーゼン。
《氷華》ノエル・アルディア。
《拳王》グレン・ローデン。
《舞姫》レティシア・ヴァルナ。
《星砕》コレット・フェルゼン。
《天弓》セリス・クロネル。
《聖女》クラリス・レイフォード。
そして――《英雄》エリアス・オルディス。
ほんの少し前まで、名前すら知らなかった者もいる。
だが今は違う。
世界最高峰と呼ばれる場所に、どんな人間たちが立っているのか。
その輪郭だけは、確かに見えた。
「……遠いわね」
隣でリゼットが小さく呟いた。
視線の先には、もうアルベルトの姿はない。
「そうだな」
ノアは否定しなかった。
リゼットも、慰めてほしくて言ったわけではないだろう。
少しだけ沈黙したあと、彼女はふっと息を吐く。
「でも、前よりはちゃんと見えた気がする」
「何が?」
「あの人が立ってる場所」
リゼットは自分の脚へ一度視線を落とし、それから前を向いた。
「次は、傷をつけただけじゃ終わらせないわ」
「もう次のこと考えてるの?」
セラがすぐ横から顔を出す。
「まだまともに走れない人が?」
「今すぐとは言ってないわよ」
「よかった。明日の朝、宿から消えてたらどうしようかと思ったわ」
「そこまではしないわよ!」
「リゼットさん、本当に無理しないでくださいね……?」
フィーネまで心配そうに加わる。
「フィーネまで!?」
ガルドが鼻で笑った。
「信用がないな」
「あなたにだけは言われたくないわ!」
さっきまで世界最高峰を前に張り詰めていた空気が、少しだけほどけた。
その様子を見ていたマリエルが、小さく笑う。
「見学は楽しんでいただけたようですね」
「ええ。予想以上に」
ノアが答える。
「それなら何よりです」
マリエルは手元の資料を整えたあと、何か思い出したように顔を上げた。
「そうでした。皆さんに一つ、お渡しするものがあります」
「私たちに?」
リゼットが振り返る。
マリエルは近くの机から、一通の封書を取った。
白い封筒。
赤い封蝋には、王国の紋章が押されている。
「今朝、こちらへ届きました」
ノアが受け取る。
差出人は――王都交易管理局。
「交易管理局?」
セラがノアの手元を覗き込む。
「冒険者の仕事にしては、ずいぶん商売臭いところから来たわね」
「王都指定案件の正式な招集状です」
マリエルの一言で、五人の表情が変わった。
数日前。
王都から来た評価官に告げられた言葉を思い出す。
今回の公開競争で、《灰色の翼》には王都指定案件への参加資格が認められた。
次の案件も近い。
ただし、その内容についてはまだ明かせない。
あれが来たのだ。
「もう?」
フィーネが驚いたように目を丸くする。
「は、早いですね……」
「王都は仕事を寝かせておく趣味がないみたいね」
セラが笑う。
ノアは封を開いた。
中に入っていたのは、翌朝の集合場所と時刻。
そして、案件の形式についての簡単な記載だけだった。
「……競争形式」
リゼットがノアの横から文字を読む。
「ああ」
「また競争?」
「らしいな」
前回は、冒険者同士で証票を奪い合った。
だが今回は、王都交易管理局。
同じ競争でも、内容がまるで違うことだけは分かる。
「参加者は?」
ガルドが聞く。
「書いてない」
「じゃあ明日までのお楽しみね」
セラが楽しそうに言った。
「世界最高峰を見学した帰りに、次の仕事を渡されるなんて。観光客扱いは今日までってことかしら」
ノアはもう一度、封書を見る。
王都指定案件。
少し前の《灰色の翼》なら、その言葉だけで縁のない世界だった。
今は違う。
「行こう」
ノアが封書を畳む。
「せっかく参加資格をもらったんだ」
リゼットが笑う。
「そうね」
五人は《黄金獅子》の本部をあとにした。
昨日まで知らなかった世界を見たその日に。
もう、次の扉が開き始めていた。
◆
翌朝。
王都交易管理局。
建物へ入った瞬間、ノアは昨日との違いを感じた。
《黄金獅子》本部では、行き交う人間の多くが冒険者だった。
武器。
防具。
依頼書。
魔物の素材。
ここには、それらがほとんどない。
代わりに壁を埋めているのは、王国各地へ伸びる街道図。
河川図。
都市ごとの交易量を書き込んだ表。
廊下を歩く官吏たちは大量の帳簿を抱え、窓口では商人らしき男が何かを訴えている。
中庭には、荷台いっぱいに木箱を積んだ馬車まで止まっていた。
「昨日と全然違いますね」
フィーネが辺りを見回す。
「冒険者ギルドっていうより、大きな商会みたい」
セラも珍しそうに掲示された地図を見る。
「私は嫌いじゃないわよ。何がどこから来て、どこへ行くのか見てるだけでも結構面白いもの」
「お前、こういうの興味あるのか?」
ガルドが聞く。
「知らなかった?」
「初めて聞いた」
「今知ったなら問題ないわ」
案内されたのは、三階の第三会議室だった。
扉を開ける。
最初に目に入ったのは、壁一面を覆う巨大な地図。
その前に、四つの長机が並んでいる。
うち二つには、すでに人がいた。
一組は深緑を基調とした装備で統一されている。
人数は十人ほど。
中央に座る男は、三十代半ばほど。
派手な装飾はなく、使い込まれた鎧と大盾が壁際に置かれている。
ノアたちが入ってくると、その男が資料から顔を上げた。
「……《灰色の翼》か」
低い声だった。
男が立ち上がる。
「ローディン・カシュナー。《翠嶺の砦》を預かっている」
ノアも名前は聞いたことがあった。
《翠嶺の砦》。
南部の城塞都市が大規模な魔物の襲撃を受けた際、複数の冒険者部隊をまとめ、救援到着まで都市を守り切ったギルド。
派手な個人の武勇より、大人数を動かす案件で高い評価を受けている。
「ノア。《灰色の翼》です」
「ああ。知っている」
ローディンの視線が、ノアから四人へ移る。
「ベルナードの件は聞いた」
リゼットが少しだけ姿勢を正した。
「大したものだったそうだな」
「ありがとうございます」
「ただ――」
ローディンは一度言葉を切った。
「今回の参加者名簿でお前たちの名前を見た時は、少し驚いた」
リゼットの眉がわずかに動く。
「どういう意味?」
「悪く取るな」
ローディンの声は変わらない。
「ベルナードの功績を疑っているわけじゃない。ただ、今回は都市奪還とはまるで違う案件だと聞いている」
遠回しではある。
だが言いたいことは分かる。
――本当に、この場に並ぶほどの実績があるのか。
「相変わらず初対面から硬いわね、ローディン」
もう一つの机から女性の声が飛んできた。
こちらの集団は装備もばらばらだった。
軽装の斥候。
魔術師。
戦士。
役割の違う冒険者が集まっている。
その中央にいる女性が、椅子の背へ片腕を掛けたままこちらを見ていた。
「イリーナ・セヴァル。《風穿ちの鷹》よ」
こちらも有名な名前だった。
地下魔獣によって孤立した鉱山都市へ入り、生存者救出と巣の破壊を同時に成功させた攻略型ギルド。
「王都が呼んだんでしょう?」
イリーナがローディンを見る。
「なら、それなりの理由があるんじゃない?」
「だから、その理由が分からんと言っている」
「だったら今日から見ればいいじゃない」
イリーナは軽く肩をすくめた。
灰色の翼を信用しているわけではない。
ただ、見る前から結論を出すつもりもない。
「それにしても……」
セラが会議室を見回した。
「随分立派な顔ぶれね」
ベルナードに近い規模の案件を成功させたギルドが二つ。
そこに自分たち。
そして――。
まだ一つ、机が空いている。
「あと一組いるみたいですね」
フィーネが空席を見る。
「誰でしょう……?」
答えが返ってくるより先に、扉が開いた。
三人が入ってくる。
ノアは一瞬、言葉を失った。
昨日見たばかりだった。
《神槍》ユリウス・ハーゼン。
《拳王》グレン・ローデン。
《舞姫》レティシア・ヴァルナ。
九牙。
それも三人。
昨日は世界最高峰の象徴として、九人並んだ姿を遠くから見ていた。
今日は違う。
同じ会議室。
同じ参加者席。
ユリウスがノアたちに気づく。
「おはよう、ノア」
「……おはよう」
「昨日ぶりだな」
口元が少し笑う。
「まさか、こんなに早くまた会うとは思わなかった」
「こっちもだよ」
ユリウスは空いていた最後の机へ向かう。
途中で振り返った。
「昨日は見学だったけど――」
その視線が、《灰色の翼》の五人を順番に見る。
「今日は競争相手だな」
リゼットの表情が引き締まる。
セラは逆に、少し楽しそうに笑った。
ローディンとイリーナも、ノアたちとユリウスを見比べている。
ほんの数日前まで。
《灰色の翼》は、王都から評価される側だった。
昨日は、世界最高峰を見上げる側だった。
そして今日。
その世界最高峰と、同じ仕事を争う席に座っている。
「全員お揃いですね」
王都側の担当官たちが入室した。
会議室の扉が閉じる。
中央に立った男が、四つのギルドを見渡した。
「それでは――」
壁一面に掛けられていた布が外される。
王都から山岳地帯を越え、一つの交易都市へと続く巨大な地図が姿を現した。
「今回の王都指定案件について説明します」
担当官は、壁一面に広げられた地図の前へ立った。
「それでは、今回の王都指定案件について説明します」
指示棒の先が、山岳地帯を挟んだ二つの地域を結ぶ。
「対象となるのは、王都圏と交易都市を結ぶ物流です」
山を抜ける一本の太い線。
その途中には、大きく斜線が引かれていた。
「こちらが、かつて主要交易路として使用されていた旧街道です。大型荷車の往来を前提に整備され、複数の宿場を備えた、この地域最大の交易路でした」
担当官の指示棒が、今度は山岳地帯を大きく回り込む細い線をなぞる。
「現在はこちらの迂回路が使われています。積荷や天候によって差はありますが、片道十四日から十八日。旧街道が機能していた頃に比べ、輸送に必要な日数、費用ともに大幅に増加しています」
机の上には、交易量の推移や輸送費に関する資料も置かれていた。
だが、それを詳しく説明することなく、担当官は話を先へ進める。
「今回、皆さんにお願いするのは、旧街道の復旧ではありません」
何人かが顔を上げた。
「ラグナートと王都圏の間に、継続して運用可能な物流網を構築すること。それが今回の達成条件です」
ノアも改めて資料を見る。
街道ではない。
物流網。
「競争期間は九十日。期間終了後、王都側が指定した貨物を使用し、実際に輸送試験を行います」
続いて条件が説明されていく。
使用する経路に指定はない。
旧街道を復旧してもいい。
新たな道を開いてもいい。
橋梁、トンネル、既存施設の再利用。手段そのものは自由。
さらに――。
「外部人材の使用にも制限は設けません。職人、商人、運送業者、魔術師、冒険者、現地住民。各ギルドの責任で合意を得られるのであれば、自由に協力を求めて構いません」
設備についても同様だった。
購入でも借用でもいい。
人数にも上限はない。
そこで担当官は一拍置いた。
「ただし、案件に必要となる費用は、すべて各参加ギルドに負担していただきます。王都からの途中補助はありません」
ページを一枚めくる。
「そして、規定の報奨金が支払われるのは――最終評価一位のギルドのみです」
室内の空気がわずかに変わった。
人を集めればいい。
金をかければいい。
そう単純な話ではない。
どれだけ大規模な工事を行おうと、負ければ費用はそのまま損失になる。
「参加者同士への直接的な妨害は禁止します。他ギルドの人員に対する攻撃、資材や設備の破壊、脅迫、契約済み人材の強制的な引き抜きなどが確認された場合、失格となります」
そこまでは分かりやすい。
担当官は続けて、もう一つの条件を示した。
「なお、複数のギルドが同一の経路を選択した場合、その経路に対する評価は、各ギルドの貢献度に応じて按分します」
ノアが資料から顔を上げた。
「例えば旧街道の復旧へ複数のギルドが参加した場合、一方が橋梁を修復し、もう一方が魔物を排除したのであれば、それぞれの実績を王都側で記録します」
つまり、他の誰かが開いた道へ最後だけ乗ればいいわけではない。
同じ経路を選ぶなら、その中で何を成し遂げたのかまで比較される。
旧街道のような、誰もが最初に候補へ入れる道だからこその規定なのだろう。
「最終評価では、輸送時間、輸送可能量、安全性、運用に必要な費用と人員、継続運用性を総合的に審査します」
説明はそれで終わらなかった。
担当官の合図で、別の資料が各机へ配られる。
「続いて、旧街道について現在確認されている情報です」
ノアたちは資料へ目を落とした。
旧街道そのものは、かなり良い状態で残っている。
長く使われていない区間は荒れているが、道幅そのものは十分。
大型荷車を通すことができる。
主要な石橋も残っており、宿場跡も複数存在する。
もし再利用できるなら、一から新しい道を作るより遥かに早い。
ローディンが黙って地図を見る。
イリーナも同じだった。
声に出す必要などない。
この場にいる誰もが、最初に同じことを考えている。
――旧街道を使えないか。
一流の冒険者であれば、なおさらだった。
既に存在する道を捨て、新しい道を探す理由はない。
使えるのであれば。
「問題はこちらです」
さらに資料が配られた。
リゼットが最初の一枚を読み、表情を変える。
隣のガルドも、無言のまま視線を走らせた。
「……多いな」
低く呟く。
そこに記されていたのは、旧街道周辺で確認された魔物の一覧だった。
一体出現しただけでも、高難度の討伐依頼として扱われる大型魔獣。
重い外殻を持つ種。
荷車を正面から吹き飛ばすほどの突進力を持つ種。
群れで獲物を追い詰める肉食種。
上空から街道へ襲いかかる飛行種。
しかも、それらは一か所に固まっているわけではない。
長い街道の各所に、別々の縄張りを形成している。
「こちらは、すべて確認済みの情報です」
担当官が告げる。
「人の往来が長く途絶えている区間もあります。未確認の個体、あるいは新たに定着した種が存在する可能性もあります」
室内が静かになった。
《翠嶺の砦》では、ローディンが仲間と資料を寄せ合っている。
低い声で何かを確認しているが、内容までは聞こえない。
《風穿ちの鷹》も同じだった。
イリーナは何度か地図と資料を見比べ、隣の仲間へ何かを囁いている。
誰も、自分たちがどう動くのかを口にはしない。
当然だ。
これは競争なのだから。
ノアも黙って資料を見る。
旧街道が最有力であることは変わらない。
だが、そこを使うということは、この生息域をどうにかしなければならないということでもある。
しかも、一度討伐すれば終わるとは限らない。
長年、人間が消えたことで生まれた環境だ。
魔物は、そこに住んでいる。
そんな中。
「俺たちは旧街道をやる」
ユリウスの声が、静かな会議室に響いた。
何人もの視線が《黄金獅子》へ向く。
ローディンも資料から顔を上げた。
「……ここで言うのか?」
「ああ」
ユリウスは平然としている。
「どうせ始まればすぐ分かるからな」
机の上に広げられた地図へ手を伸ばし、旧街道を指した。
「一番短い。荷車も通る。橋も宿場も残ってる」
その指が、今度は魔物の一覧へ移る。
「なら、こいつらを片づける」
グレンが口元をわずかに上げた。
「話が早くていい」
レティシアは資料を眺めたまま、小さく笑う。
「随分たくさん歓迎してくれそうだけど?」
「退屈はしないだろ」
ローディンの目が細くなる。
イリーナも何も言わない。
だが、二人とも意味は分かっている。
同じ旧街道を選ぶことはできる。
禁止されていない。
けれどその場合、評価は貢献度で分けられる。
そして旧街道で必要になる最大の仕事は――魔物の排除だ。
九牙三人と、同じ土俵に立つことになる。
ユリウスは周囲の反応を見てから、少し笑った。
「もちろん、来るなら歓迎するよ」
柔らかな言い方だった。
だが、挑発に近い。
――俺たちと、ここで競うなら。
そう言われているようなものだった。
「以上で事前説明を終了します」
担当官が資料を閉じた。
「競争開始は本日正午。以降の調査、交渉、契約、施工、討伐については、各ギルドの責任で行ってください」
◆
正午。
開始が告げられた直後から、空気が変わった。
《黄金獅子》が最も早かった。
「行こう」
ユリウスの一言で、グレンとレティシアが動く。
向かう先は聞くまでもない。
旧街道。
三人は迷う様子もなく庁舎を出ていった。
それを見送ったローディンの顔から、先ほどまでの落ち着きが消える。
「急ぐぞ」
《翠嶺の砦》の仲間たちが一斉に動いた。
「まず現地を広く見る。使える場所を一つでも多く拾え」
「了解!」
装備をまとめ、地図を手に次々と部屋を出ていく。
イリーナもすでに立ち上がっていた。
「私たちも出るわよ」
「旧街道から?」
仲間の一人が小声で聞く。
イリーナは一瞬だけ、黄金獅子が出ていった扉を見る。
「まず自分たちの目で地形を見る。考えるのはその後」
「分かった」
《風穿ちの鷹》もすぐに動き始めた。
ほんの数分で、会議室は急速に静かになっていく。
黄金獅子は旧街道へ。
残る二つの有力ギルドも、山岳地帯へ向かっている。
九牙三人が最有力の旧街道を押さえにいった以上、時間を無駄にはできない。
別の可能性があるのなら、一刻も早く見つける必要がある。
「ノア」
リゼットがこちらを見る。
「私たちは?」
ノアは開いたままの地図と、窓の外へ消えていく参加者たちを見た。
少しだけ考える。
そして顔を上げた。
「二手に分かれよう」
四人の視線が集まる。
「リゼットとガルドは旧街道へ」
リゼットがすぐに頷く。
「黄金獅子を見るのね」
「ああ」
ノアは二人を見る。
「旧街道が本当に使えないのか、自分たちの目で確かめてきてほしい。それと――」
一度言葉を切る。
「あの三人が、どこまでやれるのかも見ておきたい」
「分かったわ」
リゼットの目が少し鋭くなる。
数日前、九牙の一人に敗れたばかりだ。
今度は敵としてではなく、その実戦を外から見ることになる。
「戦い方まで見てくる」
ガルドも短く頷いた。
「魔物の強さもな」
「頼む」
二人なら、単に強いか弱いかで終わらない。
どう動くのか。
どこで相手を崩しているのか。
何が普通の冒険者と違うのか。
それを持ち帰ってくれる。
「じゃあ、行くわよ」
リゼットがガルドへ声をかける。
数歩進んだところで、一度だけ振り返った。
「そっちも遅れないでね」
「ああ」
リゼットとガルドも会議室を出ていった。
残ったのは、ノア、セラ、フィーネの三人。
フィーネが窓の外を見る。
遠ざかっていく冒険者たち。
そのほとんどが、同じ方向へ向かっている。
「え、えっと……」
少し焦ったように、ノアを見る。
「私たちも急いだ方がいいですよね? 別の道を探すなら、早く山を見ないと……」
「そうね」
セラも窓辺へ寄った。
遠くに《翠嶺の砦》の一団が見える。
そのさらに先には、《風穿ちの鷹》。
「旧街道は、かなり美味しい道だけど」
セラは肩をすくめた。
「九牙三人と同じ獲物を取り合うところから始めるなんて、随分ぜいたくな罰ゲームよね」
フィーネが不安そうにノアを見る。
「じゃあ、やっぱり私たちも別の経路を探しに……」
他のギルドはもう動き始めている。
山へ。
森へ。
旧街道へ。
少しでも早く、自分たちの道を見つけるために。
ノアは手元の資料を閉じた。
「俺たちはまず、ラグナートへ行こう」
お読みいただきありがとうございます。
今回の異世界マーケティングは、『マーケットイン』です。
マーケットインとは、「自分たちに何ができるか」から考えるのではなく、「相手は何を必要としているのか」「市場では何が求められているのか」から、商品や仕組みを考えていく発想です。
今回の案件で、冒険者たちがまず山や旧街道へ向かうのは非常に合理的です。
彼らは道を見て、地形を調べ、魔物を排除し、「どうすれば荷車を通せるか」を考えます。
一方、ノアは旧街道の確認をリゼットとガルドに任せ、自分は交易都市ラグナートへ向かいました。
物流網を作るなら、まず「どんな道を作れるか」ではなく、その先で「誰が、何を、どれだけ必要としているのか」を知らなければならない。
現実のビジネスでも、作れる商品や持っている技術から考え始めると、顧客が本当に必要としているものとズレることがあります。
先に市場や顧客を知り、そこから必要な商品・サービス・仕組みを逆算する。
ノアが他の冒険者たちと違う方向へ歩き始めたのは、そのためでした。
果たして、山ではなく街へ向かったことが、どんな答えにつながるのか。
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