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『異世界マーケティング ~剣も魔法も使えない俺は、勝てる仕組みで仲間を最強にする~』  作者: ポチ
黄金獅子編

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第十九話 その先の強さへ


 朝の《白樫の枝》。


 まだ依頼へ出る冒険者も少ない時間帯に、リゼットは裏手の訓練場で何度も同じ動きを繰り返していた。


 一歩、踏み込む。


 剣を振る。


 止まる。


 そして、また元の位置へ戻る。



「さっきから何やってるんだ?」


 少し離れたところで見ていたノアが声をかけると、リゼットは剣を下ろした。


「神速のことを考えてた」


「神速?」


「うん」


 リゼットは自分の身体へ目を落とす。


「あれは速い。でも、防具を外さないと使えない」


 ザハークとの戦いで、神速は確かに大きな力になった。


 だがその代償として、リゼットは自分を守る鎧を捨てなければならなかった。



「速くなるために守りを捨てるのは、やっぱり違うと思う」


「なるほどな」


 ノアは少し考える。


「リゼットって、剣には魔力を流してるんだよな?」


「流してるけど?」


「じゃあ、脚は?」


 リゼットが瞬きをする。


「脚?」


「踏み込む瞬間だけ、剣と同じように魔力を流せないのかなって」


 リゼットは黙った。


 その視線が、自分の足へ落ちる。



「……やってみる」


 剣を構える。


 呼吸を整え、今度は足元へ意識を集中させる。


 次の瞬間――。



 ドンッ!



「っ!?」


 リゼットの身体が、本人の予想以上の勢いで前へ飛び出した。


 ほんの数歩。


 だが着地が追いつかず、そのまま身体が傾く。



「危ない!」


 ノアが咄嗟に腕を伸ばした。


 リゼットの身体を受け止める。


 リゼットも反射的にノアの胸元へ手をついた。



「……ご、ごめん」


「いや。大丈夫か?」


「うん……ありがとう」


 二人の距離が近い。


 そこで。



「朝からお熱いことで」


 楽しそうな声が飛んできた。


 二人が同時に振り向く。


 そこにはセラが立っていた。



「なっ……!」


 リゼットの顔が一気に赤くなる。


「いや、転びそうだったから支えただけだろ!」


 ノアまで慌てて離れる。


 セラは口元を押さえながら笑った。


「私は何も言ってないけど?」


「言っただろ!」


「お熱いことで、とは言ったわね」


「それが言ってるんだよ!」


 少し離れた場所で、フィーネもくすくす笑っている。


 ガルドだけは弓を手にしたまま、いつもの表情だった。



「続けないのか」


「……続ける!」


 まだ頬の赤いリゼットが、逃げるように元の位置へ戻っていった。


 もう一度、足へ魔力を流す。


 今度は先ほどより慎重に。



「さっきより速かったな」


「うん。でも、全然制御できてない」


「それなら練習すればいい」


 リゼットは少し嬉しそうに頷いた。



「私も、ちょっと試してみたいことがあるんです」


 今度はフィーネが手を上げる。


「フィーネも?」


「はい」


 フィーネは小さな結界を作り出した。



「最近、攻撃を跳ね返せるようになりました。でも……あれって、相手が強く攻撃してくれないと、強く返せないんですよね」


「確かに」


「だから、自分から何かできないかなって」


 ノアは宙に浮かぶ結界を見る。


 受け止める。


 包む。


 流す。


 跳ね返す。


 フィーネの結界は、戦うたびに少しずつ使い方を増やしてきた。



「その結界自体を動かすことはできないのか?」


「結界を……?」


「今まではそこに作って、そこで受け止めてただろ?」


 フィーネが小さな結界へ手を伸ばす。


「動かす……」


 集中する。


 しばらく何も起こらない。


 だが――。



 すっ。



 ほんの僅かに、結界が横へ動いた。



「……あ」


 フィーネが目を見開く。


「動きました!」


「ちょっとだけね」


 セラが笑う。


「今すごく嬉しかったのに!」


「でも動いたじゃない。大進歩よ」


「……それなら最初からそう言ってください」


 フィーネが頬を膨らませる。


 セラはますます楽しそうだった。



「形を作ったあとに動かす、か……」


 そのセラが、今度は何かを考え始める。


「セラも何かあるのか?」


「あるわよ」


 即答だった。


「マティアスと戦った時、魔法って撃ったあとでも結構いじれるんだって分かったの」


「それで?」


「大きな魔法って、一発だから避けられるのよね」


 ノアは嫌な予感がした。


「……まさか」


「途中で十個くらいに分かれたら、もっと派手じゃない?」


「そっちか」


「当然でしょ」


 セラは胸を張る。


「しかも、一個一個ちゃんと強いやつ」


「欲張りだな」


「大きい魔法を小さくするなんて面白くないもの」


 指先に小さな火球を作る。


 それを前へ飛ばし、途中で二つに分けようとする。


 一瞬、火球が歪んだ。



 ボフッ。



 一つは消えた。


 もう一つは妙な方向へ飛んだ。


 ガルドが無言で身体を傾ける。


 火球がその横を通り過ぎた。



「おい」


「ごめん」


「今の顔、ごめんと思ってないだろ」


「でも二つになりかけたわよ?」


「人に飛ばすな」


 フィーネがまた笑った。



「ガルドは?」


 ノアが尋ねる。


「ある」


「あるなら話しなさいよ」


 セラが言う。


「今考えてる」


「本当にみんな喋らないわね」


「お前が喋りすぎなんだ」


 ガルドはそう返してから、少しだけ考えた。



「あの時は、何も考えてなかった」


「シドと戦った時か?」


「ああ」


 ベルナードでシドと戦った時。


 ガルドは無数の情報の中から、必要なものだけを拾い上げるような感覚に入っていた。



「何も聞こえなくなったわけじゃない。逆だ」


 ガルドは自分の耳へ触れる。


「全部聞こえてた。でも、必要なものしか入ってこなかった」


「身体は?」


「考える前に動いた」


 ノアは少し考えた。


 元の世界にも、それに近い言葉があった。



「俺がいたところじゃ、それに近い状態を『ゾーン』って呼ぶことがあった」


「ゾーン?」


「余計なことが消えて、必要なことだけに集中できる状態だ。考えるより先に身体が動くようなこともある」


 ガルドが頷く。


「なら、それだ」


「でも問題がある」


「あれに、自分から入れない」


 それなら、まだ完成した力ではない。


 呼吸なのか。


 狙いなのか。


 何か別のきっかけなのか。


 それを見つけるのは、これからだった。



「それで?」


 セラがノアを見る。


「何が?」


「私たちばっかりじゃない」


 腰に手を当てる。


「ノアは?」


「俺?」


「何かないの?」


 突然振られ、ノアは考える。


 自分自身に新しい剣技も魔法もない。


 だが、最近の戦いを思い返す。


 特に――グリュオン。



「……あれ?」


 ノアが呟く。


「どうしたの?」


「グリュオンの時」


 巨大な獅蛇獣は、最も危険だと判断した相手を優先して狙った。


 だからノアたちは、セラに派手な魔法を見せた。


 そしてグリュオンは、狙い通りセラを選んだ。



「俺、あいつがセラを狙うって読んだと思ってた」


「違うの?」


「いや……少し違う」


 ノアは考えながら言葉にする。


「セラを狙うように、こっちから仕向けてたんだ」


 四人がノアを見る。



「相手が何を選ぶか読むんじゃなくて――」


 そこで一度言葉を止める。


「相手が選びたくなるものを、こっちから置く」


「動きを誘うってこと?」


 リゼットが尋ねる。


「たぶん」


 まだ形になってはいない。


 でも、今までとは少し違う。


 相手の選択を予測するだけではない。


 選択肢そのものを、こちらから作る。



「次に戦う時、少し試してみたい」


「じゃあ決まりね」


 セラが満足そうに言った。


「何が?」


「全員、まだ強くなれるってことでしょ」


 フィーネも笑う。


「はい!」


 リゼットが剣を握り直す。


 ガルドも静かに頷いた。


 ノアは四人を見回す。



「そうだな」


 ベルナードを奪還した。


 グリュオンにも勝った。


 けれど――まだ先がある。



「ノア!」


 その時、ギルドの建物から声が飛んできた。


「オルセンさんが呼んでるぞ!」


「ギルド長が?」


 五人は顔を見合わせた。



     ◇ ◇ ◇



 ギルド長室へ入ると、オルセンは机の前に座っていた。


 その手元には、見慣れない封書が置かれている。


 厚手の紙。


 赤い封蝋には、王国の紋章。



「王都からだ」


 オルセンが言った。


「王都?」


「ああ」


 封書をノアへ差し出す。


「公募案件だ」


「……公募?」


 ノアが受け取る。


 セラとフィーネも横から覗き込んだ。



「王都が管理している旧砦を使った案件だ。複数の参加者が同時に砦へ入り、中央にある指揮塔を目指す」


 オルセンはすでに内容を確認しているらしい。


「塔の最上部に置かれた証票。それを最初に確保した者が達成者だ」


「参加者同士で競争するのか」


「ああ。妨害も認められている。ただし殺傷は禁止。王都側の監視も入る」


 リゼットが封書を見る。


「かなり大きな案件ね」


「だから俺も何度か読み直した」


 オルセンが苦笑した。



「まさか《白樫の枝》に、こんなものが届くとは思ってなかったからな」


 少しだけ、声の調子が変わる。


「前なら、王都からこんな封書がここまで来ることすらなかった」


 ノアは黙って聞く。


「ベルナードの件が効いてる。《白樫の枝》にも、公募へ参加できる実績があると判断されたらしい」


「つまり――」


「お前たちだよ」


 オルセンが《灰色の翼》を見る。



「参加するかどうかは任せる。ただ、俺は出してもいいと思ってる」


 その言葉に、ノアは少しだけ胸が熱くなった。


 かつて、このギルドの先行きを本気で心配していた男だ。


 そのオルセンが今は、自分たちを王都の案件へ送り出そうとしている。



「報酬も悪くない。それに結果を残せれば、《白樫の枝》の名前も王都に残る」


「いいじゃない」


 セラがすぐに反応した。


「王都の強い冒険者も来るんでしょ?」


「来るだろうな。《黄金獅子》も参加する可能性は高い」


 セラの目がさらに輝く。


「行きましょう」


「即答だな」


「だって面白そうじゃない」


「遊びじゃないぞ」


 ノアが言う。


「分かってるわよ」


 まったくそうは見えなかった。



「フィーネは?」


「少し緊張しますけど……行きたいです」


 フィーネはそう言ってから、笑った。


「今の私たちがどこまで通用するのか、知ってみたいです」


 リゼットも頷く。


「私も同じ」


 先ほどまで試していた踏み込み。


 まだその先は見えていない。


「強くなったからこそ、その先がどこにあるのか見てみたい」


 ガルドは短く答えた。


「行けばいい」


 セラが横を見る。


「それだけ?」


「強い奴がいるなら、今の自分がどこまで通じるか分かる」


「ほら、ちゃんとやる気あるじゃない」


「お前ほど騒いでないだけだ」


「そこ、一言余計よ」


 フィーネが小さく笑った。



 最後に、四人がノアを見る。


 ノアはもう一度、王都から届いた書面へ目を落とした。


 報酬。


 王都での実績。


 《白樫の枝》の評価。


 どれも大きい。



 それに――。


 自分たちは確かに強くなった。


 だからこそ、その強さがどこまで通用するのか知りたい。



「俺も参加したい」


 ノアは顔を上げた。


「せっかく王都が、俺たちを候補に入れてくれたんだ」


 オルセンを見る。


「ここで結果を出せれば、《白樫の枝》にとっても大きいだろ?」


「ああ」


 オルセンは頷く。


「だからお前たちを呼んだ」


 少し笑う。


「まったく。お前たちのせいで、こっちまで忙しくなった」


「悪いことみたいに言うなよ」


「嬉しい悲鳴ってやつだ」


 セラが立ち上がった。


「じゃあ決まりね」


 ノアも頷く。



「行こう。王都へ」



     ◇ ◇ ◇



 王都から少し離れた丘陵地。


 古い街道を登った先に、巨大な旧砦がそびえていた。


 幾重にも重なる石壁。


 外郭、中郭、そのさらに奥へと土地そのものが高くなっている。


 そして中央には、空へ突き出すように細長い塔が立っていた。


挿絵(By みてみん)


「あそこがゴール?」


 セラが見上げる。


「みたいだな」


 最上部には王国旗が翻っていた。


 砦の正門前には、すでに多くの冒険者が集まっている。


 ほとんどが四人から六人程度のパーティー。


 王国兵と役人が設けた受付で、それぞれ身分と実績を確認されていた。



「《白樫の枝》、《灰色の翼》ですね」


 役人が書類を見る。


「ノア、リゼット、セラ、フィーネ、ガルド。五名。参加資格に問題ありません」


 淡々と印が押される。


 ノアはそれを見ながら、少しだけ不思議な気持ちになった。


 王都の役人が、《白樫の枝》と《灰色の翼》の名を当然のように確認している。



「ちゃんと載ってるんだな」


「今さら何言ってるのよ」


 セラが笑った。


「ここまで来て『間違いでした』って追い返されたら、それはそれで面白いけど」


「全然面白くない」


 受付を済ませ、待機場所へ向かう。


 その途中で、リゼットが足を止めた。



「ノア。あれ」


 胸元や肩当てに刻まれた、黄金の獅子。


 同じ紋章を身につけた冒険者が何人もいる。


 一か所ではない。


 離れた場所にも別の一団がいた。



「《黄金獅子》か」


「一組じゃないわね」


 セラが周囲を見る。


「向こうにもいる。少なくとも二、三組は参加してるみたい」


 《白樫の枝》から、この場に立っているのは《灰色の翼》だけ。


 対して《黄金獅子》は、この水準の案件へ複数のパーティーを送り込んでいる。



「さすが王都最大手ってところか」


「いいじゃない」


 セラは楽しそうだった。


「どれくらい強いのか、一度見てみたかったのよね」


「お前、本当に強そうな相手が好きだな」


「弱い相手と戦って何が楽しいのよ」


「遊びじゃない」


 ガルドが言う。


「分かってるわよ」


 セラはまったく気にしていない。



 ノアが周囲を見渡す。


 どの参加者も仲間と一緒にいた。


 当然だ。


 冒険者は基本的に複数人でパーティーを組む。


 前衛、後衛、治療役。互いの弱点を補いながら依頼へ挑む。


 一人ですべてをこなす冒険者など、ほとんど存在しない。



 ――なのに。


 一人だけいた。


 青灰色の髪。


 軽装の背には、身体ほどもありそうな巨大な大剣。


 誰かを待っている様子もなく、壁際に一人で立っている。



「あの人……」


 フィーネも気づいた。


「一人なんでしょうか?」


「まさか」


 ノアがそう言った直後。


 近くの受付から声が聞こえた。



「レオン・ヴァレイン。参加資格、確認済みです」


「ああ」


「登録は単独参加で間違いありませんね?」


「問題ない」


 役人は何事もなかったように書類へ印を押した。


「では、受付完了です」


 ノアは思わずレオンを見る。


 本当に一人だ。


 しかも無茶を言って参加しているわけではない。


 王都側が実績を確認した上で、正式に資格を認めている。



 ノアは少し迷ってから近づいた。


「なあ」


 レオンがこちらを見る。


「一人で参加するのか?」


「ああ」


 それだけだった。



 フィーネが少し心配そうに尋ねる。


「その……一人で大丈夫なんですか?」


「問題ない」


 リゼットもレオンを見る。


「随分、自信があるのね」


「別に」


 レオンは中央塔へ目を向ける。


「参加すると決めたから来ただけだ」


 また会話が終わった。



 フィーネが何度か瞬きをした。


 それから隣を見る。


「なんだか、ガルドさんみたいですね」


 ガルドが眉を寄せた。


「みんながセラみたいに話すのが好きなわけじゃない」


「ちょっと。それどういう意味よ」


 すぐにセラが反応する。


 ガルドは気にせず、今度はフィーネを見る。



「それと、フィーネ。お前もセラみたいなこと言うようになったのか?」


 フィーネは少し照れながら笑った。


「えへへ。ちょっと影響受けてるかもですね」


「良い傾向ね」


「どこがだ」


 そんな四人を、レオンは黙って見ていた。



 セラが今度はレオンへ向き直る。


「あなたも、もう少し喋ったら?」


「……何で?」


「さっきから全部、一言か二言で終わってるじゃない」


「聞かれたことには答えてる」


 セラがニヤリとする。


「あ。ちゃんと喋れるじゃない」


 レオンの眉が僅かに寄った。


「お前……面倒だな」


「ほら。また長くなった」


「……」


「黙ったら私の勝ちね」


「何の勝負だよ」


 セラが楽しそうに笑う。



 ノアは二人を見ながら、少しだけ不思議に思った。


 自分たちが普通に話しかけても、ほとんど会話にならない。


 なのにセラが絡むと、この男はなぜかちゃんと返す。



 その時。


 砦の前で大きな鐘が鳴った。



 ゴォォン――。



 参加者たちの空気が変わる。


 王国兵の一人が前へ出た。



「これより、公募案件の最終説明を行う!」


 ざわめきが止まった。


「目的はただ一つ! 砦中央にある指揮塔、その最上部に設置された《証票》を確保すること!」


 兵士が中央塔を指す。


「参加者は指定された外門から砦へ入り、各自の判断で中央塔を目指してもらう!」


 複数の外門から入り、外郭、中郭、内郭へ。


 上へ進むほど経路は合流し、最後には中央塔へ集約される。



「参加者同士の競争、進路妨害は認める! ただし故意の殺傷、および重大な負傷を目的とした攻撃は禁止!」


 砦内部には、王都側が用意した障害もあるらしい。


 内容までは明かされなかった。



「証票を確保した者が現れた時点で、公募は終了とする!」


「分かりやすくていいじゃない」


 セラが笑う。


「先に取ればいい」


 ガルドも中央塔を見る。


「そういうことだな」


 やがて参加者ごとに進入口が割り振られた。


《灰色の翼》は東側。


《黄金獅子》のパーティーも、それぞれ別の外門へ散っていく。


 レオンも一人で別の入口へ向かい始めた。



「ねえ!」


 セラがその背中へ声を投げる。


 レオンが振り返った。


「中央塔で会えたらいいわね」


 少しだけ間があった。


「ああ」


 そして。


「先に着くけどな」


 セラの眉がぴくりと動いた。



「……言うじゃない」


 レオンはそのまま歩いていく。


 ノアは小さく笑った。


 さっきまで一言しか返さなかった男が、セラには自分から一言余計に返している。



 各門の前で、参加者たちが構える。


 王国兵が旗を掲げた。


 丘の上を風が抜け、中央塔の旗が大きくはためく。



「公募開始!」



 旗が振り下ろされた。


 一斉に、冒険者たちが旧砦へ駆け込んだ。



     ◇ ◇ ◇



 公募開始からしばらく。


 五人は石段と回廊を抜けながら、砦の外郭を順調に登っていた。


 外郭を抜けた先。


 石造りの広場へ足を踏み入れた瞬間、低い振動が地面を伝った。



「来ます!」


 フィーネが声を上げる。


 奥の巨大な扉が開いた。


 姿を現したのは、石と金属で組み上げられた巨大な人型。


 三人分以上の高さ。


 分厚い両腕と脚。


 胸部には赤い光を放つ魔導核が埋め込まれている。



「これが、王都側の用意した障害ってわけね」


 セラが楽しそうに杖を構えた。


 ゴーレムが踏み込む。


 巨大な拳が振り下ろされた。



 フィーネの結界が、その軌道へ滑り込む。


 真正面から止めない。


 僅かに角度をつけて受け流す。


 拳が石床へ叩きつけられた。



 その瞬間には、ガルドの矢が飛んでいた。


 膝の継ぎ目へ突き刺さる。


 ゴーレムの右脚が僅かに沈んだ。



 ノアは腰の小袋から、小さな金属球を取り出した。


 反対側の壁へ投げる。



 カンッ!



 甲高い音。


 ゴーレムの頭部が反射的にそちらへ向く。


 胸部の核が、一瞬だけセラたちへ正面を晒した。



「なるほどね」


 セラの杖の先に魔力が集まる。


 爆発。


 胸部の装甲が大きく剥がれた。



 そして。


 すでにリゼットが走っていた。


 露出した核へ、一閃。



 ゴーレムの巨体が止まる。


 一拍遅れて、胸部から光が消えた。



 轟音とともに、その巨体が地面へ崩れ落ちる。



「……終わり?」


 フィーネが瞬きをする。


「思ったよりあっさりだったわね」


 セラが杖を肩へ乗せた。


「油断はしない方がいい」


 リゼットは剣を収めながら、上へ続く通路を見る。


「ここはまだ最初の関門だから」


 ガルドもすでに次の道を見ていた。


 誰かが誰かの指示を待つことはなかった。


 必要な場所へ、それぞれが勝手に動いた。


 ノアが作った一瞬の隙を、四人が自分の判断で拾う。


 それだけで戦いが終わった。



「……強くなったな」


 ノアが小さく笑う。


「今さら?」


 セラが先へ歩き出す。


「ほら。まだ塔はずっと上よ」


 五人は、さらに高い区画へ向かって走り出した。



     ◇ ◇ ◇



 同じ頃。


 別の外郭区画では、一つのパーティーが地面に倒れていた。



「くそ……!」


 槍を持った男が、片膝をつく。


 その前には、《灰色の翼》が倒したものとほぼ同型の城塞ゴーレム。


 装甲にはいくつもの傷がある。


 だが、まだ動いている。



「魔法が……通らない……」


 後衛の女が荒い息を吐く。


 前衛の盾は大きく歪み、もう一人の仲間も壁際で肩を押さえていた。


 彼らも公募へ参加できるだけの実績を持つ冒険者だ。


 決して弱くはない。


 それでも――勝てなかった。



 ゴーレムが再び動く。


「下がれ!」


 リーダーが仲間を庇おうとした、その時だった。



「そこ、通るぞ」


 背後から声がした。


 振り返る。


 青灰色の髪。


 巨大な大剣。


 受付で見かけた、単独参加の青年だった。



「おい……!」


 リーダーが目を見開く。


「一人でやる気か?」


「ああ」


「無理だ!」


 思わず声を荒らげる。


「こいつはかなり強いぞ! 俺たちでも――」


「問題ない」


 レオンはそれだけ言った。


 背中の大剣を抜く。



 ゴーレムの拳が落ちる。


 レオンは避けた。


 ほんの僅かに。



 そのまま懐へ入る。


 一閃。



 分厚い胴部装甲へ、深い亀裂が走った。



「な……」


 冒険者たちの目が見開かれる。


 ゴーレムが腕を振り回す。


 レオンは大剣を盾のように使って弾き、その反動のまま身体を回転させた。



 二撃目。



 亀裂がさらに広がる。


 そして三撃目。



 轟音。


 ゴーレムの上半身が、大きく傾いた。


 胸部の核が砕ける。



 巨体が崩れ落ちた。


 静寂。



「……嘘だろ」


 誰かが呟いた。


「俺たちが……あれだけやって……」


 レオンは大剣を背負い直す。


 特に誇る様子もない。



「怪我してるなら、そこで休んでろ」


 それだけ残して。


 一人で、上へ続く道へ消えていった。



     ◇ ◇ ◇



 さらに別の経路。


 黄金の獅子を刻んだ装備を身につけた一団が、城塞ゴーレムと対峙していた。


 こちらの戦いも長くは続かなかった。



 前衛が一撃を受け止める。


 横へ回った仲間が脚部を崩す。


 魔術が装甲を割り、その隙へ別の剣士が一撃を叩き込む。



 無駄がない。


 誰か一人が突出しているようには見えない。


 だが、全員が自分の役割を理解している。



 やがてゴーレムが崩れ落ちた。


 彼らは歓声すら上げず、そのまま次の区画へ向かう。


 胸元の黄金の獅子だけが、静かに光を反射していた。



     ◇ ◇ ◇



 旧砦の一角。


 今回の公募を管理する臨時指揮所には、大きな砦の見取り図が広げられていた。


 その周囲に座っているのは三人。


 王国側の公募責任者。


 旧砦を管理する王国軍の上級士官。


 そして、王都冒険者組合の上層部の男だった。



「報告!」


 伝令が駆け込んでくる。


「東側第三経路、第一関門突破! 《白樫の枝》所属、《灰色の翼》です!」


 冒険者組合の男が資料へ目を落とす。


「ベルナードを奪還した連中か」


「突破までの時間は?」


 軍人が尋ねる。


「かなり早いです。五人とも目立った消耗はありません」


「ほう」


 軍人が少しだけ眉を上げる。


「噂だけではなさそうだな」



 すぐに次の伝令が入る。


「西側第一経路、《黄金獅子》所属パーティーが第一関門突破!」


 続けて。


「北西経路の《黄金獅子》所属パーティーも突破しています!」


 公募責任者が頷いた。


「そこはさすがに安定しているか」


「層が違うからな」


 組合の男が言う。


「この水準の案件へ、平然と複数組送り込めるギルドはそう多くない」


 軍人が地図へ目を向ける。


「今回は随分本気らしいじゃないか」


「ああ」


 組合の男が薄く笑う。


「《九牙》まで一人混ざっているらしい」


 軍人が僅かに笑った。


「そこまで出してきたか」



「報告!」


 三人が再び顔を上げる。


「南側第二経路、城塞守護兵撃破!」


「どこのパーティーだ?」


 軍人が尋ねる。


 伝令が一瞬だけ言葉に詰まった。



「……パーティーではありません」


「何?」


「単独参加者です」


 机の上に、一枚の記録票が置かれる。



「レオン・ヴァレイン。一名で城塞守護兵を撃破しました」


「一人で?」


「はい」


 今度は公募責任者も資料を手に取った。


 組合の男がレオンの記録へ視線を落とす。



「参加資格に問題はない。実績も十分だ」


「この若さで?」


「ああ」


 軍人が腕を組む。


「面白いのが混ざってるな」


 公募責任者は、砦の見取り図を見る。


 すでにいくつもの札が、外郭から一つ上の区画へ移され始めていた。



《黄金獅子》。


《灰色の翼》。


 そして――レオン・ヴァレイン。



「今回、特に目を引くのは三者か」


 軍人は《黄金獅子》の札を見る。


「《九牙》までいるんだ。普通に考えれば、黄金獅子が有利だろう」


 冒険者組合の男が少しだけ笑う。


「さてな」


「何だ?」


「こういう案件は――」


 男は、遥か上へ続く中央塔を窓越しに見上げた。



「強い奴が、そのまま勝つとは限らん」



 風を受け、塔の頂上で王国旗が翻る。



「面白くなってきたな」



     ◇ ◇ ◇



 人里から遠く離れた山中。


 切り立った岩壁の奥に、古びた石造りの遺跡が口を開けていた。苔むした壁面と崩れかけた石柱。そのさらに奥には、長い年月を経てもなお形を保っている巨大な石扉がある。


 扉には見慣れない文字と、剣や槍を思わせる紋様が刻まれていた。



「ここが、古代の武器が眠ってるとかって場所か?」


 ライルが扉を見上げる。


 ゼノは壁に刻まれた紋様を眺めながら、軽く笑った。


「らしいな」


「ずいぶんあっさり言うな」


「見つけたんだから、あとは入れば分かるだろ」


 その横で、ミレイアは静かに周囲を見回していた。


 以前とは違う黒と紫を基調とした装備。その瞳は、ゼノを見る時だけ柔らかくなる。



 ライルが急に顔を上げた。


「……待った」


「何?」


 ミレイアが振り返る。


 ライルは耳を澄ませるように目を細めた。


「中にいる。何かは分からねえけど、何匹か気配を感じるぜ」


 少し間を置く。


「三……いや、四体だな」


 ミレイアが剣へ手をかける。


「ゼノ様。私が先に――」


「いい」


 ゼノが前へ出た。


「俺様がやる」


「ですが……」


 ミレイアが心配そうに見る。


 ゼノは振り返りもしなかった。


「見てろ」


 それだけ言って、石扉へ手をかけた。



 重い音を立てながら、巨大な扉がゆっくりと開いていく。


 暗闇の奥から、低い唸り声が響いた。


「来るぞ」


 ライルが言った瞬間、黒い影が飛び出した。



 獣に似た巨大な魔物。


 身体の一部には金属のような硬質な甲殻が生え、四肢には古い魔術文字が刻まれている。その奥から、同じような魔物がさらに三体姿を現した。



「四体……」


 ミレイアが剣を抜く。


「ゼノ様、やはり私も――」


「必要ねえ」


 ゼノが片手を上げた。



 一体目が飛びかかる。


 巨大な顎がゼノへ迫った瞬間、赤黒い光がその手の中で弾けた。


 轟音とともに魔物の巨体が後方へ吹き飛び、壁へ叩きつけられる。



「……!」


 ミレイアの目が見開かれる。


 二体目と三体目が左右から迫るが、ゼノは一歩も退かない。両手を広げると、黒い霧が地面を這い、その中を赤い光が脈打った。



「遅えよ」



 赤黒い光が左右へ走る。


 二体の魔物はほぼ同時に弾き飛ばされ、一体は床を転がり、もう一体は石柱を巻き込みながら壁へ激突した。


 残った一体が咆哮する。



 口元に青白い魔力が膨れ上がり、一気に放たれた。


「ゼノ様!」


 ミレイアが思わず叫ぶ。


 しかしゼノは避けなかった。



 片手を正面へ突き出す。


 赤黒い力が青白い奔流へぶつかり、一瞬だけ拮抗する。


「な……」


 ライルが目を見開いた。



 次の瞬間、ゼノの力が真正面から押し返した。


 青白い魔力ごと飲み込み、そのまま最後の魔物へ直撃する。


 轟音が遺跡内を揺らし、巨体が床を滑って動かなくなった。



 静寂が戻る。


 四体の守護獣は、誰一人ゼノへ触れることすらできなかった。



「……相変わらず、とんでもねえな」


 ライルが呆れたように笑う。


 その横から、ミレイアがゼノへ駆け寄った。



「ゼノ様……!」


 その瞳は完全に輝いていた。


「やっぱり、ゼノ様は凄いです! あれほどの魔物を四体も、たったお一人で……それも、ほとんど何もさせずに!」


 ゼノは当然だと言わんばかりに笑う。



「当然だろ」


「……!」


「この程度で驚いてんじゃねえよ」


 ゼノは倒れた魔物たちへ一度だけ視線を向ける。


「俺様はまだ半分の力も出してねえ」


 ミレイアの頬が一気に赤くなった。



「半分も……?」


 ゼノが楽しそうに口角を上げる。


「こんな雑魚相手に本気出す方が面倒だろ」


「ゼノ様……!」


 ミレイアは完全に見惚れていた。



「本当に……本当に素敵です」


「だろ?」


「はい!」


 ゼノが笑うたび、ミレイアの表情まで嬉しそうに緩む。


「私を救ってくださった方が、こんなにもお強くて……私、ゼノ様についてきて本当によかったです」


 ミレイアはゼノを見上げた。


「ゼノ様のお役に立てるなら、私、何だってします」


「いい心がけだ」


 ゼノはミレイアの頭へ手を置く。


「これからも俺について来い」


「はい、ゼノ様♡」


 即答だった。



 少し離れたところで、ライルがその様子を眺めている。


「……お前、本当にゼノの前だと別人だな」


 ミレイアが振り返った。


「何か問題でも?」


「いや。幸せそうだからいいけどさ」


「当然です」


 ミレイアは迷いなく答える。


「ゼノ様は、私の全てを救ってくださった方ですから」


 ライルは少し笑った。



「まあ、俺もこいつについていけばいいと思ってるけどな」


「ん?」


 ゼノが見る。


「俺を拾って、力までくれた。だったら俺は、俺にできることを全部やる。それでいい」


「いいじゃねえか」


 ゼノは満足そうに笑った。


「その調子で俺の役に立て」


「ああ。任せろ」



 三人はさらに遺跡の奥へ進んだ。


 やがて、先ほどとは比べものにならないほど重厚な扉へ辿り着く。表面いっぱいに古代の魔術紋様が刻まれ、中央には交差する剣と槍が描かれていた。



「これが本命か」


 ゼノが扉へ手を置く。


 低い音とともに、長い年月誰にも開かれなかった扉がゆっくりと動き始める。


 隙間から差し込んだ光が、暗闇の中を少しずつ照らしていった。



「……マジかよ」


 ライルが思わず声を漏らした。


 広大な空間には無数の剣や槍、杖、弓が整然と並び、そのさらに奥には用途すら分からない魔導具や宝珠、巨大な兵装まで保管されていた。


 どれも長い年月を経ているとは思えないほど、その力を残している。



 古代の魔大戦。


 その時代に実際に使用されたとされる兵器たち。


 人類がまだ発見していないはずの武器庫が、三人の目の前に広がっていた。



「これだけの兵器が……」


 ミレイアが息を呑む。


 ライルも武器庫の奥まで見渡した。


「さすがに持って帰れる量じゃねえぞ」


「何言ってんだ?」


 ゼノが振り返る。


 その顔には、当然のように笑みが浮かんでいた。



「全部持っていくぞ」


「……全部?」


「ああ」


 ゼノは広大な武器庫を見渡す。


「一つ残らず俺たちのもんだ」


 ライルが思わず笑った。


「欲張るなあ」


「これくらいで何言ってんだよ」


 ゼノは楽しそうに両腕を広げる。



「俺たちはこれから、まだまだ仲間も手下も増やしていく」


 並ぶ古代兵器を見渡しながら、さらに笑みを深くする。


「こんな量じゃ足りねえくらいにな!」



 ミレイアが、その横顔をうっとりと見つめた。


「ゼノ様なら、きっとそうなります」


「きっとじゃねえ」


 ゼノが即座に返す。



「なるんだよ」


 自信に満ちた声が、古代の武器庫に響く。



「人も集める。力も集める。使えるもんは全部俺様のものにする」


 そして、眠っていた兵器の数々へ視線を巡らせた。


「ここにあるのは、その最初の一歩だ」



「ゼノ様……」


 ミレイアの表情には、もう一片の疑いもなかった。


 自分を絶望の底から救い出した男なら、本当に何だって成し遂げる。


 そう信じている。



 ライルも武器庫を眺めながら笑った。


「だったら、忙しくなりそうだな」


「ああ」


 ゼノは満足そうに頷く。



「面白くなるのは、これからだ」



 人類がまだその存在すら知らない、古代魔大戦の兵器庫。


 そこに眠っていたすべての力を、ゼノは自分たちのものにすると決めた。

今回の異世界マーケティングは、**「コア・コンピタンス」**です。


コア・コンピタンスとは、企業が持つ「他社には簡単に真似できない、中核となる強み」のことです。弱点をすべて平均点まで引き上げるより、自分たちがすでに持っている強みをさらに伸ばした方が、強い競争優位につながることがあります。


今回の《灰色の翼》も同じです。


リゼットは速度と剣技。

フィーネは結界。

セラは圧倒的な火力。

ガルドは感覚と狙撃。


新しい能力を一から身につけるのではなく、今まで培ってきた強みの延長線上に、次の成長を見つけ始めました。


ビジネスでも、自社の強みを見極める際には「VRIO分析」や「選択と集中」といった考え方が役立ちます。


何でもできることより、

「これなら誰にも負けない」を持つこと。


それが、大きな武器になることがあります。


次回、公募案件はいよいよ本格化します。


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