7.二人きりになって
「それにしても、本当に大丈夫なのね?」
王都を離れてしばらくしてから、私は改めて尋ねた。
目の前ではソフィアが小さな光の玉を指先の上で転がしている。どう見ても聖女の力は健在だ。
「大丈夫ですよ。神様も怒っていません」
「そこが一番納得できないのだけれど」
私が眉を寄せると、ソフィアは楽しそうに笑った。今回の計画で最大の問題となったのは、彼女が嘘をつけないことだった。
聖女が意図的に嘘を口にすると胸元の聖印が黒く濁り、それを繰り返せばやがて聖印そのものが失われる。王族や一部の高位貴族には知られている、聖女にまつわる重要な秘密だ。
(アルベルト殿下は知らないようでしたが……)
だからこそ、周囲の者たちはソフィアの発言に注目する事だろう。だからこそ、私たちはその隙をつく事にしたのだけれど。
「もう一度説明してもらえる?」
「何度聞いても同じですよ?」
「魔道具なら、仕組みを理解できないものをそのままにしておくのは気持ち悪いの」
「聖女の力は魔道具じゃありませんよ?」
もっともな返事だった。それでも教えてという私に、ソフィアは少し考えてから話始めてくれる。
「レティシア様は最初に、『これから私がする質問には、内容にかかわらず、すべてはいと答えてください』とおっしゃいましたよね」
「ええ」
「だから私は、そのお願いに対してずっと『はい』と答えていただけなんです」
ソフィアが言っている意味は分かる。分かるけれど、納得できるかと言われると別問題だ。
たとえば私が『私が教科書を破った証拠はありますか?』と尋ねる。普通ならその質問に『はい』と答えれば、教科書を破った証拠があることになる。
しかしソフィアの場合は違う。
その前に「どんな質問にも『はい』と答えてほしい」という指示が存在しているため、その後の『はい』は質問内容への肯定ではなく、指示に従った行為として扱われる。
「……神様、判定が雑すぎない?」
「便利でいいじゃないですか」
「便利って……そんなのでいいの?」
「神様がいいと言っているのですから、いいんです」
ソフィアは妙に堂々としている。
「……そういうことにしておきましょうか」
これ以上考えたところで、答えが出るとも思えない。
私は小さく息を吐くと、濡らした布を手に取った。ソフィアが襟元を少し開くのを待って、胸元に残っていた黒い色を拭き取っていく。
布には黒に近い紫色が移り、その下から本来の金色がすぐに姿を現した。傍らに置かれた小さな瓶には、同じ色の液体がわずかに残っている。
使ったのは、魔力に反応して色を変える特殊な塗料だ。私はそれを少量の魔力でも反応し、黒い濁りが少しずつ深まるように調整していた。
事実ではない質問の時だけソフィアが魔力を流し、あえて混ぜた本当の質問では何もしないことで、周囲の人間にソフィアの嘘によって聖印が黒く濁ると印象付けられた。
けれど——
「最後の結界、あれは何?」
「解除しました」
ソフィアはあまりにもあっさり答える。
「……解除できるの?」
「私が張ったものですから!」
「割れる音までしていたけれど」
「あれは演出です」
「演出……」
「その方が分かりやすいかなって」
私は両手で顔を覆った。結界そのものは目に見えるが、ただ消すだけでは何が起きたのか分かりにくい。そこでソフィアは解除すると同時に光を細かく散らし、わざわざ硝子が砕けるような音まで響かせた。演出としては百点だとは思う。
聖女として正しいかどうかは気にしないことにした。この国の未来が終わったとあの場にいた全員が絶望した瞬間、まさか聖女本人がちょっと派手な方がいいという理由で音まで付けていたとは誰が思うだろう。
「それにしても……よくここまで上手くいったものね」
「殿下が予想以上に協力的でしたから」
「本人は全くそのつもりはなかったでしょうけれどね」
二人で顔を見合わせると、どちらからともなく笑いが漏れた。
こうして二人で馬車に揺られていることを思うと、何とも不思議な気分になる。
考えてみれば、私とソフィアが初めて言葉を交わしたあの日も、きっかけになったのは「嘘」だった。




